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翌日、ピノとバンヤは別れの挨拶を兼ねてルナの元を尋ねた。
ルナはピノとバンヤのセンタータウン行きの話に殆ど興味を示すような態度を見せなかった。ピノにはそのルナの態度が何とも素っ気なく感じられ、腹立たしいような、寂しいような複雑な気分になった。その後の会話の中でもルナは二人に対し素っ気ない態度を示した。ピノはそんなルナの態度に、一晩中彼女のことを案じ頭を悩ませていた自分が単なる間抜けに思えた。 殆どの会話はバンヤが一人で喋り、ルナは素っ気ない返事を返し続け、ピノは黙り込んでいた。 「お土産は何がいいですか?」 「何でもいいわ」 「・・・・」 「帰るのはいつになるか分かりませんが、何か困ったことがあれば僕の友人のヤナという男の住所をここに書いておきましたから、いつでも言ってください」 「ありがとう。でも大丈夫です」 「・・・・」 「遠慮はしないで下さい。彼にはちゃんと伝えてありますから」 「えぇ、そう言う意味じゃなくて、必要ないという意味です」 「・・・・」 「そうですか。生まれつき世話を焼くのが趣味みたいなもので」 「そうみたいですね」 「・・・・」 「何かの役に立てばと思って」 「・・・・」 「・・・・」 「・・・・」 バンヤが言葉を止めると、三人の間には沈黙が訪れた。ルナは相変わらず二人から視線を反らすように、素っ気ない振る舞いをし、バンヤはそんなルナの態度に苦笑いを浮かべ、ピノは怒りを堪え続けていた。 「まぁ、本当に困ったときには頼って下さい。何かと一人では困ることもあると思いますから」 バンヤの言葉に少しだけ間を置き、ルナは今まで堪えていたものを一気に吐き出すように言い放った。 「そんなこと私はいつ頼みました?私はあなたにそんな風にしてもらう覚えはありません。そもそもあなたは只の医者で、私にはそこまでしてもらう理由がありません。同情してそんな風に言っているのなら、はっきり言って迷惑です。それにあなた方がセンタータウンに行くことも私には関係のないことです」 その言葉にピノの怒りも堰を切ったように溢れ出した。 「何だよ、その言い方は?僕らはお前の為を思って言ってるんじゃないか?」 「だから迷惑だって言ってるの!」 ルナの言葉にピノは言葉を失い、目を合わせようとしないルナの横顔を睨み付けた。 「バンヤ、もう帰りましょう」 ピノの言葉にバンヤは小さな溜息を漏らし、家を出ようとするピノを呼び止めた。それを聞き流し、足を止めないピノにバンヤは普段の穏やかな姿が嘘であるように、声を荒げピノを呼び止めた。 「待ちなさい!」 ピノの体は一瞬で凍り付いたように固まり、足を止めた。 「君はこれでいいのか?」 ピノはバンヤの声に足を止め、冷静に物事を考えるためにゆっくりと息を吸い込んだ。そして、後ろを振り返った。 ピノは振り向くと同時に、吸い込んだ息を溜息に変え吐き出した。目に飛び込んだルナは顔を背け項垂れていたが、肩の小刻みな震えは彼女の涙を物語っていた。実際ピノには目の前の状況がどのような状況であるのかが分からなかった。 バンヤはそんなピノの肩を軽く叩き、外で待ってるよと言い残し、その場を離れてしまった。上機嫌で口笛を鳴らしながら外に出て行くバンヤの後ろ姿をピノは意味も分からず、縋り付くように見詰めていた。 バンヤが居なくなるとルナが泣いていることがあからさまに伝わってきて、ピノは居心地の悪さを誤魔化すように小さく咳払いをしたが、その後に取るべき行動が思いつかなかった。 ピノは部屋に立ち込める重苦しい空気に、小さく舌打ちをした。と、同時にピノはしまったと、以前無意識で舌打ちをしたことでルナが急に不機嫌に怒り出したことを思い出した。舌打ちがルナに聞こえていないことを願いながら、彼女に話しかけるための初めの一言を探した。 「泣いてるの?」 ピノは自分の言葉に我ながら情けなくなった。そんなことは見れば分かることで、もっと気の利いた台詞はいくらでもあったはずだ。ルナの反応を待たずに次に掛けるべき言葉を探した。 「今日もいい天気だね」 ピノはその言葉がこの場に相応しくないことは分かっていたが、まるで習いたての英会話の基本例文のような他人行儀な言葉しか思いつかなかった。 そんなピノの言葉にゆっくりとルナは振り返り、反らし続けていた視線をピノに向けた。 ルナの瞼は赤く腫れ上がり、頬には涙の跡を残していたが、それらを隠すために小さな笑顔を作っていた。 「元の世界であんまりもてなかったでしょう?」 突然のルナの問いに、ピノは咄嗟に言葉の意味を理解することが出来なかったが、その言葉の意味を理解すると反論に出た。 「だいぶ僕を誤解してるみたいだね。こう見えても僕は結構もてるんだよ」 ピノは自分の記憶を思い起こし、その記憶をねじ曲げながらルナに反論した。それでもルナは疑いの眼差しを向け、ピノの言葉を鼻で笑い飛ばした。 「君には分からないかもしれないけど、僕はこう見えてクールだったんだよ。密かに僕に思いを寄せる女の子はたくさんいたんだ」 ピノは言葉を付け加え、疑いの眼差しから逃れようと試みた。ピノの言っていることは全てが嘘ではなく、実際にピノに幼い恋心を寄せる異性は少なからず存在していた。ある意味、ピノは自分で言うように寡黙で影のある、クールといえば言えないこともない少年であった。そしてピノは他人に対して強い警戒心を持つ上で、他人の考えを把握する力を身につけていた。自分に寄せられる思いに気付きながら、ピノは更にその思いを避けるように距離を取り続けていたのである。 「クールじゃなくて、ネクラでしょ?」 ルナは少し前まで涙を流していたことを忘れさせるような明るい笑顔を見せた。 「そうやって自分の心の中とは真逆のことを言ってるんだろ?もしかして僕に惚れちゃった?」 ピノはからかうつもりで言ってみたが、ルナは何も言い返さずに黙り込んだ。 「よく分からないけど、好きだよ」 小さな沈黙を破るルナの言葉に今度はピノが言葉を失ってしまった。 掌に異常なほど吹き出してくる汗をルナに気付かれないよいにジーンズに擦り付け、ピノは殆ど正常には働かなくなってしまった脳で、今自分が言うべき言葉を探した。 そんなピノにルナは優しく微笑んだ。 「そう、その笑顔が僕は好きなんだ」 そう言おうとしたが、ピノは瞬間的に言葉の出し方を忘れてしまったように、言葉は喉の奥に支えてしまった。 「直ぐに出発するの?」 ルナの眼差しは次第に真剣な眼差しに変わり、ピノはそれに頭を横に振るだけで答えた。「色々と準備もあるから出発はもう少し後になると思う」 漸く正常に声を出すことが出来たが、すでに喉の奥に支えたままの言葉を口にする機会を失っていた。 「じゃぁ、明日もう一度尋ねてきて。明日までにちゃんと自分の考えを整理するから。今は色々なことが急に起こって、自分でもどうしていいか分からないの。だから、もう少しだけ時間を下さい」 ルナはそう言って、ピノのお気に入りの笑顔を向けた。しかし、その笑顔は悲しみや迷いを隠しきれずに小さく震えていた。 ピノはルナの言葉に小さく頷き、明日もう一度ここを訪れることを約束して、その場を跡にした。 |
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