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少年は六年生になりました。少年は九番ででキャッチャーでした。たくさん練習してキャッチャーにな
れたのは嬉しいが、九番バッターは余り嬉しくありませんでした。けれど、代打よりはましだ、と少年は
思いました。ピッチャーは小林君でした。小林君はサードを守っていた頃から強肩だと先生に褒められて
いました。だから六年生になるとピッチャーに転向しました。キャッチャーは誰もやりたいという人がい
なかったし、キャッチャー用のグローブを持っているのも少年だけでした。小林君の球は速いと少年は思
いました。小林君の球は強肩だから、ブォー、と音がしました。少年はよく小林君の球をパスボールして
しまいました。小林君は下手くそ、と大声で怒鳴るときもあったし、大きな溜息を吐くだけの時もありま
した。少年は溜息の方が悲しく思えました。だから少年はレギュラーになってからも一生懸命に練習しま
した。小林君の球が捕れなければキャッチャーを止めなければならない。そうなったら鼻のない自分は解
雇される、と少年は必死に練習をしました。春。少年はキャッチャーで八番で初めての試合に出場しまし
た。小林君はエースで四番でした。試合は負けてしまいました。6対5でした。小林君は四打席、三ヒッ
ト、一ホーマー、三打点の活躍でした。少年は四打数一ヒットでした。それとエラーを三回してしまいま
した。少年のエラーのせいで、二点を失いました。少年は試合の後に小林君に謝ろうと考えました。けれ
ど小林君は少年が謝る前に五点も取られてごめん、と少年に言いました。少年は必死に首を振りました。
もう一度小林君がごめん、と言いました。少年はもっと練習しようと考えました。兄ちゃん競馬、興味あ
るか?実は俺は大の競馬ファンなんだ。けれど、全然当たらんのだ。どんなに本命を狙っても、全く当た
らんのだ。それで、偶に大穴を買うと大本命がきやがる。どうしても勝てねえから、毎週賭けるのを我慢
して、年に一度天皇賞しか馬券は買わんことにしてるんだ。去年と一昨年は見事に外れたが、今年は当た
りそうな気がするんだ。しかもどでかいのが。もうすぐ年に一度の楽しみが・・・・・・。兄ちゃんも買ってみ
たらどうだ?素人の方が当たるって言うし。
九月、少年は小学校最期の大会にキャッチャー、六番で出場しました。小林君はエースで四番。小林君
は野球をしていないときでも少年に話し掛けるようになっていました。少年は嬉しいと思いました。準決
勝、試合は2対1で負けてしまいました。少年は三打数、一安打。ツーベースを打ちました。一打点も記
録しました。エラーはゼロでした。小林君は試合が終わると少年にごめん、と言いました。小林君は泣い
ていました。少年も小林君が泣いているのを見ると、涙が溢れてきました。悔しい。ツーベースじゃなく
て、ホームランだったら勝っていたのに、と少年は悔しい気持ちになりました。もっと練習しようと思い
ました。もっと上手くなりたいと思いました。少年は少年野球チームを引退しました。引退しても練習は
続けました。小林君も少年と一緒に練習をしました。小林君は少年に中学に行っても一緒に野球をしよう
と言いました。少年は嬉しくなりました。うん、と頷きました。お前さんどこのファンだ?野球だよ、野
球。どこだ?俺は巨人が好きだ。分かるか?ジャイアンツだよ。
十二月、クリスマスの五日前。少年はクラスの男の子に鼻がないことをからかわれました。少年は悲し
い気持ちになりました。少年は何も言い返せずに下を向くと、小林君は少年をからかった男の子に殴りか
かりました。少年をからかった男の子は鼻血を出しました。小林君は駆け付けた先生に喧嘩の理由を聞か
れました。小林君は俯いて黙っていました。肩が震えていました。先生は少しだけ不機嫌な声で理由をも
う一度聞きました。小林君は答えませんでした。クラスの女の子の一人が小林君は悪くないと言いまし
た。少年は黙っていました。小林君も黙っていました。喧嘩の原因を女の子から聞いた先生は少年をから
かった男の子を叱りました。小林君を褒めました。みんなに見習うように、と言いました。人を虐めるの
はその人が弱いからだ、と言いました。少年は自分は弱い人よりも弱い、と悲しい気持ちになりました。
小林君は先生を睨んでいました。学校が終わると少年は小林君と一緒に帰りました。いつもは小林君は帰
り道、野球の話をしましたが、その日は何も喋りませんでした。少年も何も喋らずに小林君と並んで歩き
ました。商店街ではクリスマスソングが流れていました。クリスマスツリーも飾られていました。少年は
小林君にありがとう、と言いました。小林君は何が、と不機嫌な顔で答えました。少年は助けてくれてあ
りがとう、と言いました。小林君は少年の方ではなくツリーを見ていました。助けたんじゃない。ただ殴
りたかっただけだ、と言いました。ツリーを見ていた小林君は少年の方を向きました。にっこりと笑いま
した。悲しそうににっこりと笑いました。小林君は好きなプロ野球選手の話を始めました。大きな声で野
球の話を話しました。中学の話しもしました。小林君はがんばってキャッチャーのレギュラーになれ、と
少年に言いました。少年はうん、と頷きました。小林君はエースピッチャーになると言いました。少年は
うん、と頷きました。小林君はまたツリーの方に顔を向けてしまいました。小林君はピッチャーとキャッ
チャーは夫婦だ、とツリーに向かって言いました。それから、俺とお前は友達だ、とツリーに向かって言
いました。少年はそっぽを向いた小林君にうん、と答えました。小林君の後ろ姿はなんだか照れくさそう
に見えました。少年も友達という言葉が嬉しいけれど照れくさいような気がしました。小林君は突然走り
出しました。家までランニングだ、と少年の方を振り向かずに言いました。少年は頷き小林君の後を追い
ました。商店街にはクリスマスソングが流れていました。少年は楽しい気持ちでした。少年は小林君に追
い付き、横に並んで走りました。小林君は少年の顔を見て笑いました。少年も笑いました。ジングルベル
が遠くから聞こえました。少年は走りながら歌いました。小林君も一緒に歌いました。少年には、なんだ
かクリスマスが待ち遠しく思えました。ジングルベル、ジングルベル、鈴がー鳴るー。ってお前、俺の話
ちゃんと聞いてたのか?何とか言え!チェッ。無愛想な猫だよ。猫なんかと話しても何も面白くねえ。う
ぅ、さぶい、さぶい。今夜は冷えるなぁ。さっさと帰って寝ましょうか、ときたもんだ。き〜い〜よ〜し
〜、こ〜の〜よ〜る〜、月が〜出た、出った〜、月が〜あっ、よいっ、よいっ、って曇りじゃねえか。寒
い、寒い。
大きなクリスマスツリーは青や赤や黄色に光り、路地裏では猫がツリーを見上げていた。空からは雪が
キラキラと落ちて、コンクリートの道に小さな模様を付けて消える。
空き缶は北風に吹かれ、カラカラと音を立てて転がっていった。路地裏の猫はそれに驚き姿を消した。
ツリーはキラキラと輝いていた。
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