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高3の年に、学祭の「演奏コン」で、俺はバンドを組みました。 サッカー部3人と軽音1人の4人構成で、 hideの音に出会うきっかけになった思い出深い曲、「ROCKET DIVE」を演奏しました。 簡単に思えたギターソロがなかなか出来ず、滅茶苦茶苦労し、 メンバー同士で小競り合いも絶えず、 途中「ever free」に変更したけど、ドラムテクの問題等で挫折・・・ ギリギリで「ROCKET DIVE」に戻すも、時間が差し迫ってバタバタしまくり・・・ 本当どうなることかと思ったけど、何とか当日は演りきってギリで入賞も出来ました(泣) 俺にとって最初で最後のステージデビュー。 気の合う仲間と「バンド」で音を鳴らすのって、本当気持ちよかった。 俺のギター、hideのソレには遠く及ばない出来だったけど、 hideと同じようにステージ演奏を体感出来たことが何か嬉しかったし、 実際にやってみて、 X時代もソロ時代も、この学祭アリーナの100倍以上の会場をいつも一杯にしてたんだって感じて、 「トップミュージシャン」なんだと改めて尊敬したりもしました。 その後、俺は受験をして、浪人して、 一年後、晴れて大学生になって、今は3年坊。 100組近いたくさんのアーティストを知るようになって、 その中には当然、活動休止&桜井さんの小脳梗塞などの紆余曲折を経て復活したミスチルも含まれてるから、 中学の時のように「寝ても覚めてもhide」という事は無くなりました。 それでも、現在に至るまで、 「hideを聴かない」月日というのはありません。 例えその日CDを聴いていなくても、 毎日、頭の中で彼の音楽は鳴ってるような気がします。 ・・・hide。 ここまで書いてきたこの記事ですが、 タイトルの「赤い髪のエイリアン」、これはhideの事です。 彼の死から1年後にリリースされたトリビュートアルバム「SPIRITS」。 それに参加した布袋寅泰さんがセレクトした曲は、「ROCKET DIVE」。 前述の清春の「Beauty & Stupid」バリに、本当ハマりまくりなチョイスでした。 そのHOTEI版「ROCKET DIVE」のラスト・・・。 彼は、hideに向けて詩を付け足していたのです。 「さらば 赤い髪のエイリアン」 「君の作ったロケットに 愛を込めて アディオース」 「アディオース」 「アミーゴ」 「アディオース・・・」 短いながら、HOTEI流の「リスペクト」がひしひしと感じられて、 やっぱり泣きそうになった・・・。 ピンクの髪を逆立てて、 「エイリアン」みたいなヴィジュアルメイクをしていた、ギタリストhide。 死んで8年が経つ今も、彼が多くの人に愛され続けてるのはどうしてだろう。 もちろん、何年経ってもその時代の若い人に支持される、hideの音楽の良さがあるからだとは思う。 何より、俺もそれに魅かれた一人だから。 でも、それ以上に、 メロディーや、詩や、パフォーマンスや、 生前の彼の活動から滲み出てる人柄みたいなものも、きっとあるんだと思います。 A先輩やKが聞かせてくれたエピソードやビデオ、 それにPCを手に入れてから、ネットを介して知ったエピソード。 それらを通して、 hideの、ファンに対する優しい心を知りました。 「X」は、92年に初の紅白出場を果たしました。 「うるさいヴィジュアル系」というイメージを乗り越えて、 世間がXを評価してくれるようになった矢先のことです。 当時、メンバー内では紅白出場に賛否両論があったみたいです。 でも、HIDEは言った。 「紅白には出よう」 「紅白に出れば、Xもメジャーに評価してもらえる」 「そうすれば、何より俺たちのファンが、もう肩身の狭い思いをしなくてすむ」 ファンの方々の間ではとても有名な話だそうですが、こんなエピソードもあります。 これは高校の時に見た「知ってるつもり?!」つう番組と、 「がんばんだぞ。」という、ある本を読んで知りました。 世界に数十例しか症例の無い、難病に侵された女の子。 彼女の願いは「hideに会いたい!」というもの。 当時、トップアーティストの一員であったにも関わらず、hideはそれを快諾し、 彼女を大晦日のライヴに招待しました。 彼女とhideの交流は、その夜で終わることはありませんでした。 その後、二人はプライベートでメールのやり取りを初め、 一時、彼女が危篤に陥ったことを知ると、 予定を全てキャンセルして病院までタクシーを飛ばしたのだそうです。 彼女の名前の頭文字を取って「MISERY」という曲を作ったのも、その頃だとか。 音楽人hideが、一人間としてファンに書き記した、とてもいい曲です・・。 そんな折、 「俺一人でどうにか出切るとは思ってねえが、これがきっかけになれば・・」 と、hideは骨髄のドナー登録を行いました。 しかし、どこから嗅ぎ付けたのがマスコミが大挙して押し寄せ、 記者会見を行わざるを得ない状況になってしまった。 この時のhideは、凄く不機嫌だったそうです。 会見終了後、控え室に戻ったhideは 「・・これじゃ、まるで売名行為じゃねえか!」とマネージャーである弟さんをぶん殴り、暴れた。 そうまでして守ろうとしたファンの彼女との静かなやり取りは、彼の死の直前まで続きました。 (彼女は、今も元気に暮らしていると知りました。) 「Xのライヴに来られない地方のファンもいるだろう」と、 ソロ時代のhideは地方公演を積極的に行い、 「ライヴに来られない人たちのために」と、 決して出好きではないにもかかわらず、Mステなどの民放の音楽番組にも頻繁に出演しました。 ファンの出費を考え、 現在とは違い、ビデオともなると1万円近くにもなったアーティストグッズを常に低額に設定したり、 「開ける時にも楽しませたい」と考え、 CDやビデオに度々特典を封入したり、 俺が見聞きしたこのようなエピソードには、 もしかしたら幾分の誇張が含まれているのかもしれません。 けれど、生前の彼の活動や、ライヴパフォーマンスを見ていると、 きっと彼はそういう人だったのだと思います。 人として、とても温かい人なのに、 それを「凄い」と褒められるのが嫌いで、 こっそりと行っている彼なりの小さい優しさが讃えられたり、取り上げられたりすると、 ふてくされたり、暴れたり・・不器用な態度しか出来ないhide。 どんなに有名になっても、 ファンを楽しませ、愛する事を決して忘れなかったhide。 「カッコいいんだけど、かわいい」 いつかKが言った言葉ですが、今なら少し分かる気がします。 クールに笑みを浮かべて、曲を発表するたんびに 「ほらよ、スゲェだろ、聞きな」 っつう表情で歌ってる。 けど、合間にうつむいて笑いながら、 「こんなんですけど・・・もしよかったら、どうぞ」 っつうような表情をしてたりする。 自信たっぷりなはずなのに、どことなくシャイで、 そして温かいギタリスト、hide。 ファンの方の多くが、彼の事を 「hideさん」でも「hide」でもなく、 「hideちゃん」と呼ぶのは、そういう「人懐っこさ」によるものなんだと、俺は思います。 ・・・hideちゃん。 俺にとって、あなたは何でしょうか? 「アーティスト」? 「ギタリスト」? 「ミュージシャン」? どれも合ってるけど、どれもちょっと違う気がします。 そう思って、少し考えてたら、 すぐにピッタリな言葉が浮かびました。 あなたの事が書きたくて、3つも長々ダラダラと書いてきたけど、 自分の気持ちを半分も書ききれた気がしない。 巧く書けない自分が、本当にくやしいです・・。 願いが叶うんであれば、 もっと昔からファンになって、 あなたやXをライヴ会場で見てみたかった。 生前の活動やエピソードを知っても、 「〜だったそうです」としか書きようがないのが、凄いはがゆい・・。 でも、本当に「遅まきながら」だけど、 あなたの凄さ、優しさを知れただけでもよかった、って思うことにします。 あなたと同時代に生まれて、 その音楽や人柄にほんの少しでも触れられた事は、俺の幸せです。 あっちでもタバコ吸って、しこたま酒飲んで、 また暴れてやんちゃしてますか?? 今でも歌ってくれていますか?? あなたの様なギタリストになりたくて、曲を聞き始めました。 でも、少しずつ曲を聴いて、 少しずつ知っていくうちに、 あなたの様な人になりたいと思うようになりました。 人を愛して、そして人に愛される。 書くのは簡単だけど、とても難しい事。 でも、そんな人に、俺はなりたい。 こうやって静かに思い出してると、やっぱり泣きそうです・・ 何十回も、何千回も、何万回も、 これから先、「hideの音楽」を聴いていくと思う。 時には無性に寂しくなることもあるだろうけど、 「生きる」メッセージを発信し続けたhideに恥じないように、前に前に、進みますね。 hideちゃん。 いつまでも、これからもずっと、 あなたは、俺の「ヒーロー」です。 (おしまい)
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