久しぶりの、記事更新です。 
6ヶ月ぶりか・・・
仕事にかこつけて休んでいました。
3・11 以来いろいろありました  
震災から数日後携帯がつながり
一つ後輩の本部職員、宮本先生から安否の連絡をいただきました。
遠くても、ふと思い出してくれてありがたいことです。 
その後も静岡の先輩から支援物資を頂き、恐縮することしきりです。
30年ぶりの後輩たちからの連絡もあり、懐かしさで一杯でした。
私が住んでいる福島のここ(中通り)は、地震の大きな被害は少なかったのですが、原発の影響で安心出来ない状況です。
10年〜20年のスパンでの東電や国の支援が必要でしょう。
大変な事です。
少林寺の方も、武専の仲間が津波に合い行方不明の人が居るようですが
詳細の連絡も取れないようです。
浜通りのいくつかの支部は、練習再開どころではないようです。
特に原発のある双葉地方は・・・
うちの道院も練習場所の体育館が避難所になり、練習再開のめどは
たっていないです。
道院長は何かしら考えているのでしょうが・・・ 未定です。
宇和島に居る娘から、時折電話をもらいこちらの様子を話しています。
向うの親戚では福島は「放射能でだめらしい」ということで
だいぶ心配しているようですが、地域によっては全く問題ないのです。
気にかけてもらいありがたいのですが、離れているとそう感じるのでしょう
風評被害はこういうところから来るのです。
テレビでは、何処の局でもテロップで各地の放射線量の測定値を
ずっ〜と流しています。
こちらでは当たり前になってしまいましたが
よく考えると、異常なことです。
原発の最前線の人達に早期の復旧・終息を期待しています。
今日は、糟糠の妻を連れ新潟の温泉に行って来ます。
普段、なにもしてやれないのでゆっくりとした時間のプレゼントです。
主婦は食事の支度の心配が無いのが、一番らしいので・・・
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