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ここにきてブログ更新や訪問・コメント返しがだんだん遅れるようになってきました。
週2回か3回は寄るようにしようと思いますが、どうなることか。
話を大勢の前でしなければいけなくなりました。
ビジネス関係の人たちがやってくる場です。
あまりビジネス的な話でなく(なんせ社会で役立っていない人間が「まあそのぉ〜仕事ってのは本来は〜」なんて偉そうに喋れる訳ありませんから)ビジネスから遠いけれど、まんざら関係ないこともない、くらいのところで話したい。
仕事をする上で、生きていく上で、聞かないよりマシだったかな、程度の話。
どのみち大した話をできる訳ではありません。
話は幾つかピックアップして2つ3つ話すことになると思いますが、その中の一つが今回の記事。
何とそんな場で私の親父の話をしようと思っています。
(このブログの中に時々登場する“オヤジ”(A師)というのはわが社の社長のことで、
私がその会で話そうとしているのは、私の本当の親父の話です)
感想を寄せていただけると嬉しいです。(甘ったれるんじゃねぇ〜!)
その声を反映して修正を加えるか、あるいは取りやめ、というのもあります。
馬鹿馬鹿しい体験なんですが、私はすごく好きな思い出です。
(以下、集まりで話そうかと思っている話の一つ)
私の家は貧乏でした。別に貧乏自慢をしようというわけじゃありません。
小さい頃は絵に描いたような貧乏。
それでも高度経済成長に合わせて少しずつですが暮らし振りはマシになっていきまして、
中学の頃だったと思うんですが、お袋が私のために柄の入ったシャツを買ってきたんですね。
親父はそれを認めない。
うちにはうちの自由な家風があったと私は思っていますが、ガチガチに硬いところもあったんです。
例えば着るものに関していえば、色柄ものはご法度。
町には色が溢れていて色彩豊かな時代だというのに、
うちだけシャツは白、ズボンは黒か濃紺と、もう時代錯誤というしかないような考え方。
デザインのある色のついたシャツなんて、親父が認めない。
お袋もそれを知ってますから、まあ恐る恐る買ってきた訳です。
たしか2色のブルーのチェック柄のなかなか爽やかな半袖シャツでした。
親父はそれを見て、洋裁で使う裁ちバサミというんですか、それを持ってきて、
チョキチョキ、まだ一回も袖を通していないそのシャツを縦横に切ってしまった。
普通だったら「こんなもん返してこい!」あるいは「白いのと取りかえてこい!」って言うところです。
お袋に向って「おまえが悪いんだ!」とも言わなかった。
切り終わってハサミをチョキチョキしながら
「もう、ないのか?」ってお袋に聞いたんですよね。
そして「また買ってこいよ。切ってやるから」って言ったんです。
当時はそれが普通でしたが、うちも親父の稼ぎだけで家族全員、暮らしていた訳です。
親父がお金を稼いでくる、お袋が私のシャツを買いにいく、親父がそれを切る。
言ってみれば、分業システムですか。
チョキンもないのにチョキンチョキン!
そして「また買ってこい」と。
誰にも文句言わない。
誰のせいにもしない。
貧乏だろうが、切ることは切るからな。
俺は責任を持つからな。
便利、効率いい、損しない、が主流の世の中。
そんなことばっかり街に溢れてる。
言い訳をする、愚痴をいう、誰かのせいにする、
親父は一切そんなことをしなかった。
馬鹿みたい、と思われるかもしれませんが、その一点だけでも親父を尊敬しているんです。
それからは街を歩いていても、お金持ちがあまり羨ましくなくなりましたね。
「おまえたちの着ている洒落たシャツは、うちじゃ切り捨ててんだよ」
※もう少しましなものにするか、あるいは止めるかは考えますが、時間がないのでUPしてしまいました。
あと2つくらいの話をしようと思っています。(コメントがくるかどうか?)
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