|
紫式部が双六(バックギャモン)で遊んでいたのは有名な話です。
【す、す、凄いコスプレ】
6/19(日)追加→http://fushimi.zero-city.com/shouzoku/2001may/sugoroku.html
5月の連休中に彼女(??)に私の高尚な教養(??)をみせるべく、名古屋市東区の「徳川美術館」に出かけました。開催中の企画展「よみがえった源氏物語絵巻」を観るためです。
http://www.tokugawa-art-museum.jp/
「企画展示室」
↓
「今年度の企画展示」
↓
「よみがえった源氏物語絵巻」
と進んでください。
過去に★バックギャモンしりとり★で、「徳川の雛祭り」を紹介しました。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GA&action=m&board=1835023&tid=a1za5pa5ca5afa5aea5ca5ba5sa47a4ja4ha4ja1z&sid=1835023&mid=52
「ひょっとして双六盤が!」と思いましたが、淡い期待は裏切られました^^;
【バックギャモンで遊んでいた証拠は?】
古典「源氏物語」のなかに、双六(雙六)についての記述が4つあります。
1.「須磨」
(都から須磨へ退去した光源氏の元を、宰相の中将が訪問する場面)
「碁、雙六の盤、調度、弾碁の具など、田舎わざにしなして、念誦の具、行ひつとめ給ひけりと見えたり」
この場面の少し前から現代語訳をすると、
源氏の君のお住まいの御様子は、いいようもないくらいに異国の風情である。所の有様がまるで絵にも描いたかのようである上に、竹を編んだ垣をめぐらして、石の階段や松の柱など、かりそめながらもめったに見られぬ風情がある。・・・(中略)・・・碁、双六の盤やそ の付属品、弾碁の具なども、田舎風に作ってあって、念仏読経の調度がそろっているところを見ると、勤行していらっしゃるらしく見える。
となります。
2.「常夏」
(内大臣が近江の君の所を訪れ、近江の君と五節の君が双六を打つのを覗く場面)
「簾高くおしはりて、五節の君とて、されたる若人のあると、雙六をぞ打ち給ふ。手をいとせちにおしもみて、せうさい、せうさいとこふ声ぞ、いと舌疾きや」
簾を中からぐんと大きく張り出して、五節の君といってしゃれた女房がいるのだが、それを相手に近江の君は双六を打っておいでになる。しきりにもみ手をして、「小賽、小賽」と祈り願う声がまことに早口なのだ。
「この人も、はやけしきはやれる、御返しや、御返しや、と筒をひねりて、とみにも打ちいでず」
この仲良しもまたはしゃいでいて、「お返しよ、お返しよ」と、筒をひねってすぐには打ちだそうとしない。 (注:「この仲良し」とは、五節の君のこと。)
この場面では、内大臣が「情けないことだ」と思ってしまうほど、近江の君と五節の君が双六に大変夢中になっている様が描かれています。
「小賽、小賽」=小さな目、「筒」=ダイスカップです。
「お返しよ、お返しよ」=良い目を振り返そうとしてる時に発した言葉です。
3.「若菜下」
「よろづの事につけてめであさみ、世の言種にて、明石の尼君とぞ幸い人にいひける。かの致仕の大殿の近江の君は、双六打つ時の言葉にも、明石の尼君、明石の尼君、とぞ 賽はこひける。」
万事につけて人々はばかぼめし、世間話の種として、「明石の尼君」といえば、それは幸い人のことなのだった。あの致仕の大殿の近江の君は、双六打つときの祈り言にも、「明石の尼君、明石の尼君」と言って、良い賽の目が出るのを望むのであった。
現代も良い目がでることを願うのは全くおなじです。
4.「椎本」
(宇治の山荘で、薫が匂宮を迎える場面)
「所につけて、御しつらひなど、をかしうしなして、碁、双六、弾碁の盤どもなど取り出でて、心々にすさびくらし給ふ」
一行はこうした山里なりにお支度を風情も豊かに整えて、碁、双六、弾碁の盤などの数々をを取り出して、思い思いに好きなことをして一日をお暮らしになった。
紫式部たちがが、どれくらいの腕前かは分かりませんが、熱中していた事はわかりますね^^
|
「明石の尼君」・・・おおっ、ジョーカーを呼び込むオマジナイだ!..... しかし、本朝ではこの時代からダイスカップが有ったんですね。...ダイスカップの起源についても興味がわいてきました。
2005/5/28(土) 午後 10:32 [ hir**ya_jp ]