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今回は彦根城博物館所蔵の双六盤を紹介します。 ■所在地 :522-0061 滋賀県彦根市金亀町1−1 ■電話番号: 0749-22-6100 ■FAX番号: 0749-22-6520 ■URL: http://longlife.city.hikone.shiga.jp/museum/ ■設置者: 彦根市 ■設立年: 1987年2月11日 ■利用時間: 8:30〜17:00 (入館は16:30まで) ■休日: 12月25日〜12月31日 このほか、展示替え期間のため展示室の一部が休室しているときがあります。 ■交通機関: JR東海道本線(琵琶湖線)・近江鉄道本線「彦根駅」から徒歩約15分 名神高速道路「彦根I.C.」から車で約10分 ■入館料など: 一般 500円 小中学生 250円 彦根城・玄宮園とのセット券 一般 900円 小中学生 350円 いずれも団体割引料金あり ■敷地面積: 16827.18m2 ■建物延面積: 4863.3m2 ■お問い合わせ: 電話番号 0749-22-6100 彦根藩主であった井伊家に伝来し、現在当館が所蔵する豪華な遊戯具〔ゆうぎぐ〕には、囲碁や将棋、カルタや絵双六〔えすごろく〕など現代まで続いている遊びもあれば、盤双六〔ばんすごろく〕や揚弓〔あげゆみ〕、貝合〔かいあわせ〕など今では失われつつある遊びもあります。 これらの多くは、奈良〜平安時代に源流をもとめることができます。 江戸時代の人々、特に上流階級の人々は優雅な宮廷文化に強いあこがれを抱き、その流れをくむ遊びを自らの暮らしに入れました。 大名をはじめとする当時の上流階級の人々には、教養として身につけなければならない遊びがありました。 婚礼調度〔こんれいちょうど〕として揃えられた碁盤〔ごばん〕・将棋盤〔しょうぎばん〕・双六盤〔すごろくばん〕などは、これらを用いる遊びが姫君の教養として求められていたことを物語ります。 また、史料の中には、このような遊びを存分に楽しんでいたお殿様の姿を見つけることもできます。 黒漆塗三横菊紋笹唐草蒔絵双六盤 〔くろうるしぬりみつよこぎくもんささからくさまきえすごろくばん〕 江戸時代 (19世紀) 縦 28.6cm 横 39.4cm 高さ 20.5cm 彦根最後の藩主となった14代井伊直憲〔いいなおのり〕の正室として迎えられた、有栖川宮幟仁〔ありすがわのみやたかひと〕親王の三女宮宜子〔もりのみやよしこ〕の婚礼調度の一つです。 黒漆塗の地に笹唐草文様が蒔絵で描かれ、有栖川宮家の家紋である三横菊紋が散らされます。 碁盤〔ごばん〕・将棋盤〔しょうぎばん〕と合わせて三面〔さんめん〕といいます。 盤双六は古代エジプトに起源をもち、古くから日本に伝わりました。国宝「彦根屏風」に見られるように二人で遊ぶゲームです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 上の画像の人物ですが、持ち主宮宜子の主人井伊直憲ではありません。父である幕末の大老井伊直弼です。萬延元年(1860)桜田門外の変で父直弼が非業の死を遂げた後を受け、直憲は弱冠13才で彦根藩最後の藩主となりました。 双六盤の説明に有栖川の名前があります。最近この名を騙った詐欺事件で多くの有名人が被害に遭いましたね・・・(ネット検索してたら怪しい!!と思うのだが・・・) 双六は江戸期に廃ったと多くの記述がありますが、大政奉還後にも彼の奥様は双六で遊んでいたかもしれません。庶民は早々と双六から手を引き、上流階級では遊んでいたということでしょうか? 激動の幕末、妻が遊んでる場合じゃないので蔵の片隅で埃をかぶっていたのかもしれません。 上の解説に「教養として身につけなければならない遊び」とあります。 将棋、碁、双六、バックギャモンなどは、研究すればするほど奥深いスキルゲームであることが判ります。 サイコロを使うが故博打の対象となり江戸期には禁止令がでたのも頷けます。江戸時代にはサイコロに仕掛けするのは簡単なことだったのも理由の一つだったかもしれません。 現在でも世界を見回すと大会などでチーター(いかさま師)が存在し、ブラックリストもあるそうです。 その点オンラインバックギャモンではサイコロにインチキするのは至難の業です。 みなさんご安心を! (ただし、自分のPCを細工してBGBOTを組み込むことは出来ます。見つけられ次第そのサイト(有料)から駆除されますのでご安心を)
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