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ui_ui_nacchanの息子さんがインターハイ(全国高等学校体育大会)の県予選に負けてバスケットボール部を引退されたそうです。
その記事のトラックバックとして書かさせていただきます。
私は、昭和43年から48年まで愛知の中高一貫教育の私学男子校に通っていました。
中学入学と同時に柔道部に入りました。テレビの人気番組「柔道一直線」の影響が大きかったです(汗、、、子供だな・・・)
当時の柔道部はインターハイ連続出場を15年間続けてる全国でも有数のチームでした。
この学校は、愛知、岐阜、三重からぞれぞれの小学校ではトップの学業成績を残している、「おぼっちゃん学校」(勉強しか能がないひ弱な学校)と揶揄されていました(泣)
私の柔道部引退は、高3の5月インターハイ軽量級(60キロ以下級)個人戦の決勝での敗退でした。
相手は同じ3年で、2年生の時既にインターハイベスト8にはいってる強豪選手でした。最初から勝てる相手ではないと理解しながらの試合でした。
表彰式が終わるまで悔しかったのですが、その後段々と嬉しさがこみ上げてきたのです(笑)
何故かって?
もうこれで柔道と決別できる!!!
毎日の厳しい練習に明け暮れた5年、この開放感がこう思わせたのです(汗)
監督の方針で大晦日だけ練習がなく、364日練習していたわけです。
試験中は、20分ほどの打ち込み稽古。
授業がある日は、1時間。
学校が休みの日は1時間半。
ただし、短時間集中の練習でとても苦しかったです。
たったこれだけの練習です。監督方針「耐えまざる努力」、毎日の積み重ねが大切だ!ということです。
私たちを追う県内の他校柔道部は、1日3時間以上練習していたそうです。
1時間という数字は信じられなく、またスポーツ特待生がいない柔道部だとは思わなかったそうです。
短時間でも集中してやれば、結果がついてくる!
柔道の師でもある監督に、人生での大切な事を教えていただいた中高6年間でした。
大学受験に失敗し、その後大学の柔道部に在籍する私がいました。
そして現在も、指導者として柔道着姿の私がいます。
引退するのが嬉しかったと言いましたが、一時の苦しさから逃げ出せる戯言だったのでしょうね(汗)
【好きこそものの上手なれ】
36歳から現役復帰した私は、49歳で5段になりました。
これはバックギャモンにも通ずることですね。
今夜からネット盤聖予選がんばろっと^^
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