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ルオーを観ると思い出すことが沢山ある。良い想い出ばかりなので、ルオーを観るのが好き。 地方の美術館は人が少なくてとてもいい。入場料収入が少なくて閉館になったり、良い企画がなくなると困るけれど、ゆっくり過ごせるままであって欲しい。東京では、行列ばかりだったな。 |
美術館
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茶道具と円山派の絵画
ゆくとし くるとし
ブリジストン美術館を午前中に観てから、歩いて9分程の三井記念美術館へ(1/16)
すごくノンビリ観ることができました。映像ギャラリーでビデオも全部観てから展示室へGO
展示全体を通して、新春のおめでたい感じがあってとても楽しかったです。
展示室7 「夜噺の茶事」は興味深かったです。
夜噺の茶事の経験はないのですが、お道具と共にお茶事を体験するような展示でした。
昨年お茶のお稽古をやめてしまったのはとても残念。
色々な事で気持ちに余裕がなくなってしまい、遠くのお稽古にも(片道2時間)通うエネルギーがなくなってしまいました。とても素晴らしい先生だったので次の先生を探すエネルギーもやはりわいてこなくて、今日に至ります。
この展示を観て、やっぱりお茶をやりたいと思いました。
円山応挙の「雪松図屏風」はすごい。
金泥と墨、紙の白だけで描いたとは信じられない。圧倒されます。
そして、近くで、遠くでゆっくり観ることができたので、幸せでした。
しばらく椅子に座っていました。
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筆あとの魅力・・・・点・線・面
印象派から抽象絵画まで
点という視点から捉えた作品が7点。
点の中ではパウル・クレーの「島」が好き。太陽が海に映ってその光の暖かさが自分の頬にも感じられるような絵です。今回の展示会のポスターに使われています。
線の展示は12点。佐伯祐三、藤田嗣治、猪熊弦一郎、ミロやクレーも良かった。そうか、線が特徴の絵が好きなのかな?猪熊さんの「夜の猫」はかわいい絵。
面の展示ではセザンヌの「サント=ビィクトワール山とシャトー・ノワール」を始め9点の作品がありました。
岡鹿之助「セーヌ河畔」はルソーの絵にそっくりです。後でルソーに影響を受けたということを知りました。
青木繁の「海景(布良の海)」はモネの「雨のベルリール」にそっくり。
よく知られていることかもしれませんが、今回気がつきました。
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1月2日、メトロポリタン美術館展へ娘と行きました。
事始は美術館となりました。なんだか、うれしい。
娘に振袖を着せました。(私も着物を着ました)
着物っていうのは、日本人のDNAに訴えかけるものがあるのでしょうか?
声をかけられることが多いです。
どんなブランドの物を身につけていても、それについて声をかけることはまずないと思います。
ナンパでもない限り、着ている服を褒めることは稀だと思います。
ところが、着物となると「何と言う柄ですか?」とか「きれいですね」とか色々声をかけられます。
この日、娘が着ていたのは紅型の大振袖です。
美術館は会期終了間際ということもあってか、けっこう混んでいました。
その中でも、今回のポスターにもなっているゴッホの「糸杉」の前は大勢の人でした。
隣のクロスはガランとしていました。クロスは去年マルモッタン美術館で沢山観ました。この絵は糸杉の隣ではちょっと迫力にはかけるでしょうか。
第6章 大地と空 森へ という展示室にありました。
今回の展示は、テーマが細かく示されています。この分けが、良く理解できない感じでもありました。
確かに、沢山のメトロポリタン美術館の所蔵品をただ並べたのでは面白くないので、テーマに沿って展示を作ったのでしょう。「自然」をテーマに7つの章からなり、さらに細かい副題が示されていました。
でも、観終わった後に自然とはなんと素晴らしいのだろうという感動にはならなかったです。
テーマは分かりやすいけれど、良く理解できないというのはそのあたりのことです。
メトロポリタン美術館らしさ出そうと思うと、多岐にわたる所蔵品から出来るだけ有名どころを持ってきたい。そこに学芸員のテーマに対する腕の見せ所を望むのは相反するような気がするのです。
今回ティファニーのステンドグラスや花器がありました。
日本でもティファニーをまとめて観られる美術館があったのですが、つぶれてしまったのは残念です。
面白いものを観たという感じ・・・ネコのミイラを入れたというエジプトの猫の小像、シロクマ、ライオンの頭の兜、
水の生物の大皿
印象に残った作品・・・展示一覧にチェックしていったら、けっこう印がいっぱいになった。
ここで羅列しても、あまり意味がないような気がしてきた。
そこで、やっぱり面白いと思った作品をあげることにした。マーズデン・ハートリー作 カターディン山、メイン州、2番という絵です。これを観た瞬間「片岡珠子」と思いました。けっこう好きな絵です。
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誕生100年 ジャクソン・ポロック展
雨の土曜日、早起きしたのでポロックを観に行きました。
雨だと言うのに皇居ランナーたちが大勢走っていました。
ゼッケンを付けている人もいました。なにか大会があったのでしょうか。
開場5分前に美術館に着いたので、並んで待ちました。
大きな作品が多いので、程よく離れて観ることができるくらいの人数で、とても楽しめました。
初期の作品を観たのは初めてでした。
キャプションの中に何度かシャーマニズムという言葉が出てきます。
ポロックの作品を観ると不安定な心が感じられますが、実際の人物像は知りません。
床に広げたキャンバスに絵の具をふり注ぐ時、何かに憑依されていたのでしょうか。それとも、それを願ったのでしょうか。
1950年のタイトルの付けられていない作品に、書を思わせるような作品がありました。
書のことはよく分からないのですが、字ではあるけれど読んで意味を知るというよりは絵画のように観ています。意味を読み解こうとせずに、感じるということに集中できる場が展示にはありました。
絶頂期と言われた1950年頃の作品が、やはり、ポロックと聞いて一番思い浮かべるものでした。
最近、絵をみても分からないから美術館に行くのは嫌いと言った人がいました。
その言葉を聞いたとき、私は何で美術館へ行くのがこんなにも好きなのかなと思いました。
そして、それは自分の心が動くのを感じることができる場所だからだと思い当たりました。
ポロックを観て分かるかと言われれば、分かりません。
でも、小石のはめ込まれた作品の前でザワザワと不安な気持ちがどこからともなく湧き上がってきたり、音がしない絵の前でリズムを感じたりはします。
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