ここから本文です
当HPは今年終了します。→https://blogs.yahoo.co.jp/oyosyoka803/48230188.html

書庫全体表示

=R・フォード問題(2)=
1.今回記事では、R・W・フォード氏が英国スパイだったかどうかを調べる。

1.フォード氏は尋問に対し、自分はスパイではないと主張した。では一体チベットで何をやっていたのか?「チベット政府の官吏として、自分の技術的な仕事を続けただけです」と答えている。つまり、自分は単なる「ラジオ技師」だと(p.235)。

ところがこの本を読めばすぐにわかることだが、これは大嘘なのである。
「彼らに抗戦をすすめたことがありますか?」
「わたしの意見を求められることは、ありませんでしたから」
「イエス・ノーで答えてください」
「ノーです」「彼らの抗戦を助けましたか?」(p.235)
これに対してもノーと答えている。これらは完全な大嘘であることはこの本に自分で書いているとおりである。抗戦もすすめたし、意見も求められた。また抗戦も助けたのである。

フォード氏がラサにくることは、政治将校ホプキンソンの推薦だった(p.242-244)。
「「ホプキンソンは、あなたをチベット政府に推薦したのですか?」
「どうだかよく知りません」
「推薦してくれたろうと思いますか?」
「あるいはそうかもしれません」わたしは、ホプキンソンの推薦があったことを、重々承知していた」(p.243-244)。

政治将校ホプキンソンはラサの英国代表部を「指揮下」においていた人物である(p.242)。つまり、フォード氏はそもそもなぜ自分がチベットに来たかを「偶然による・・」(p.28)と説明している。風来坊の虫がわいたためとする。だが、本の中でこの説明は浮き上がっており、違和感を感じさせる。ところが中国側の尋問の中で次第に真相が浮上してくる。

「ラサに戻る前に、一度イギリスに帰りましたね。諜報活動のためには、どんな訓練を受けましたか?」
「なにも受けません。スパイの訓練などは、どこでも受けていません」
「政府のどんな部署と連絡しましたか?」
「別にどこにも参りません」
「それではなんのために帰国したのです?」
「R.A.F(英国空軍)から退役の許可を得るためです」
「服役期間はあと何年ありました?」
「六年です」
「それでは、どうしてR.A.Fが兵役解除をしてくれたんでしょうね?」
これは厄介な質問だった。本当は、ホプキンソン氏が、わたしの兵役解除のために熱心に運動してくれたのである。ひとつには、わたしの希望をかなえるためでもあるが、またひとつには、英国がその友好を確保したいと思っている国家を援助する方法を得るためであった。だが、このことは言うわけにはいかなかった」(p.244)。

つまり、フォード氏がチベットに就く事は、英国の国家的プロジェクトだったのである。それを隠して単なる「ラジオ技師」だと主張することこそ、秘密工作であり、秘密工作員の行為ではないのか!

1.「「お前をここへ派遣したイギリス政府の機関は、なんという機関だ?」
「わたしはどの機関から派遣されたのでもありません」
「では、どうして来たのだ?」
私は最初からの事情を逐一物語った」(p.206)。

ここでフォード氏は、p28で読者に説明したのと同じ説明をしたと考えられるのでそれを紹介する。

なぜチベットに来たか?「偶然による・・」。
1945年までハイダラバードのR.A.Fの無電学校教官だった(彼は別のところで高等教育は受けていない・大学は出ていないと述べている)。「仕事が退屈で飽き飽きしたので」「ラサの英国代表部の無電将校が三ヶ月の休暇を取ったので、その穴を埋める」・・。これがはじめとなってチベットにあこがれてラサの英国代表部に来たと言う(p.28)。

「わたしの話が終わると言った。
「とんでもない作り話だ。ラサの英国代表部がスパイ活動の中心であることは、誰でも知っている」
「わたしには初耳です。それに、三年も前から、ラサに英国代表部はありません」
「名前を変えただけだ」」(p.206)。

これはわたしは勝負あったと思う。大体、大使館とか領事館とかはスパイの巣である。これは国際政治の常識だ。「ラサの英国代表部」も同じことだ。まして、英国と言えば007でおなじみのMI6などで有名な国で、エリザベス女王の時代から情報戦略に長けた国である。日本人の知識人に日本政府がスパイになってくれと要請しても、簡単には引き受けないだろう。米国も同じだ。スパイと言えば薄汚れた印象がある。

ところが英国では、昔からスパイの活躍で植民地もたくさん取って来たし、スパイになることが名誉なことだとさえ考えられている。だからわざわざ功成り名を遂げた有名人が、自分は昔スパイだったんだと自慢するための伝記を書いたりする。だから非常な地位にある人が進んでスパイになろうとする。そうした歪みを持った国なのだ。

そしてラサの英国代表部とは、普通の大使館などに比べ、きわめて人数の少ないものだった。実際、フォード氏は主な人物とすぐに仲良しになっている。それでいて「ラサの英国代表部がスパイ活動の中心であることは」「わたしには初耳です」はないだろう。

さらに、次はどうだろうか?
「それは、ローウェル・トーマス・ジュニアーの『この世の外』からの抜粋だった。わたしはこれを読んで、愕然とした。フォックス(フォードのすぐ上の上司)が、国際情報網の組織者として、中国国境の戦略的要地に、放送網を張りめぐらしたことになっているのだ。
「彼のラサ放送局は、全組織の中核である」とトーマスは言う。「チベットは、秘密の政府公文を伝達するために、誰か信頼し得る人間を必要としていた。多年の間の協力を買われて、レジー・フォックスがこの信頼をうけることになったのである」
最も恐ろしいのは、その次の言葉だった。「フォックスがフォードをよび出したとき、わたしたちもその場にいた。フォックス(文脈から考えてフォードの誤り)は元英国空軍の無電将校で、最近着任したところだ。赤色中国の進撃で物情騒然となってきたころ、フォックスが招いて、東北チベットの最も重要な地点に、携帯無電と共に送ったのである。フォードがレジーに国境の状勢を報告した後、わたしたちも彼としばらく話をした」
「どうだ?」とファン(尋問官)が言う。「これはコミュニストが書いたのではなくて、最も反共産主義的なアメリカ人が書いたものだぜ。お前が嘘をついていたことが、一目瞭然だ。お前がチベットに来たことに、フォックスは関係なかったと言ったね。お前たちは二人ともチベット政府の秘密には関係しなかったし、暗号の解読法も知らなかったと、お前は言う。お前をチャムドに送ったのは、フォックスではないと言うし、国境地方の状況をフォックスに知らせたこともないと言う。どうだ、こう証拠があがった上で、なにか言うことがあるか?」」(p.291-292)。

そこでフォード氏は答える。
「トーマスはジャーナリストですから、もっともらしい話をでっちあげたんでしょう」わたしの答弁は苦しくなってきた。・・
「・・確かにイギリスやアメリカの新聞は真実なんか気にかけちゃいない。・・しかしだ。トーマスがお前やフォックスのことについて、そんなでたらめをでっちあげるにはなんの理由もないじゃないか。チベット国内へのイギリス勢力の浸透を報道したって、金がもらえるわけじゃない。むしろその反対だ」
(つまり、でっち上げるなら英国のチベットへの侵略を過大に描くのではなく、過小にでっち上げるはずだし、英米やダライ派は一貫してその誤魔化しを行っているのである。)
ローウェル・トーマスを恨むわけにもいかなかった。彼がこの本を書いたときは、わたしが捕えられるなどとは、考えてもいなかったろう。この本が出版されたのは、共産軍がチベットに侵入するよりも前だった。おそらくコミュニストたちは、その時分にこれを読んでいるのだから、彼らがわたしをスパイと考えたからといって、彼らを非難することはできない。ファン(尋問官)がいまでもそう考えているとしても、仕方がないのだ」(p.293)。

これは合理的に考える限り、フォード氏の言っていることは出鱈目だらけだし、スパイと考えるのが当然と言うことになるだろう。わたしは西側のジャーナリストを信用する。

また、「フォックスがわたしを招いたと」「ハーラーも『チベットの七年』の中で同じ過ちを犯している」(p.292)と言うが、証言者は多いが本人だけがそれを否定しているのではないか?肝心のフォックスはフォード氏がこの本を書いた時には既に死んでいる。

1.さらに、フォード氏はとことん嘘つきだと考えざるを得ない。特殊な性格だ。中国尋問官をだましているだけではない。チベット政府をもだましているのだ。チベット政府の4人の大臣の一人であり、東部チベットの総督であるラル・シャペに対し嘘をついている。当時、キリスト教宣教師を名乗る英国男がチベットに潜入していた。中国軍が迫っており、この男が中国軍に捕まらないためには、一緒にラサに連れて行くしかない。しかし、宣教師にラサでキリスト教の説法をされるのはチベット側は絶対に反対だった。

そこでラル・シャペはフォード氏に質問した:
「彼が(ラサに)来ることを許したとして、わたしたち・・をキリスト教に改宗させようとする努力を、慎んでくれると思いますか?」とラルは続けた。
「ええ、きっと遠慮すると思います」とわたしは答えたが、嘘だということは分かっていた」(p.148-149)。

1.また、読者に対しても不思議なことを述べている。p.235-236で、ゲダ・ラマ殺害については容疑が晴れたのだろうとか、自分がスパイと疑われているのは、チャムドでの調査結果がまだ届いていないためだろう、などと書いている。ここだけでなく、同じフレーズが何回も繰り返されている。

しかし、冗談にも程があるのである。調べれば調べるほど容疑が濃くなっていくのは自明なのだ。絶対に薄れると言うことは有り得ない。これでもか、これでもかと証拠は積み上がっていく。だから「調べが完全に行われれば疑いは晴れるだろう」と言った白々しい言葉が良く出てくるなと感心するだけだ。

たとえば、自分の部下を調べれば、スパイでないことは分かるはずだと言う記述もある。だがそうだろうか?それを調べて分からないのがスパイではないのか?こんなことは自明であり、非論理的、一体どこをどう押せばこんな白々しい言葉が出るか分からない。はっきり言えば、これは自分を無知な人間に見せかけるごまかしであり、読者をだましているのだとわたしは疑う。もっとはっきり言いたいところだが、フォード氏の名誉のためここで終わらせておく(つづく)。

参考文献:
「赤いチベット」(R・W・フォード/1970/芙蓉書房)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事