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=最近主張されている意見である「中国がチベット人の生活を向上させ・豊かにしたことは事実だが、それでもチベット人の信仰を奪うことは許されない、自由を最大限認めるべきで、そうしない限り中国自体が滅びるだろう」との考え方をどう見るか=

1.昨年までは、中国のチベット政策を批判する方々は概ね次のように主張されていた。即ち、中国がチベットを激しく搾取したためにチベット人の暮らしが極めて悪くなり、故に暴動が頻発するのだ、ダライ・ラマ14世が統治していた1959年以前・若しくは中国軍がチベットに進駐していなかった1949年以前に戻せば、チベット人の生活も極めて良くなり幸福な状態になるのだと。

或いは、中国が改革開放政策を取り、貧富の差が激しくなったためチベット人の生活は非常に苦しくなっているために暴動が頻発するのだと。

以上のように言われていたことは皆さんもTV・新聞・雑誌などでよくご存知だろう。だがここにも微妙なニュアンスの違いがあり、初めその様に主張する人々も、何時の間にか話している内に多少内容が変化することもあったが、大体において大勢としてはこの様であった。

たとえば、ダライ・ラマ14世の忠実な部下であるペマ・ギャルポ氏が1998年に出した本においても、

「チベットの経済(は)・・数字上は、この二一年間(1959-1980年)で相当進歩しているようです」(参考文献1;p.28-29)。

「関係者は相当にサバを読んで、おおげさな数字を提供してくれましたが、事実とはかなり差がありました」(同p.29)。

「以上のような経済上の中国の失敗は共産主義の勝手気儘な管理制度にあるようです」(同p.29)。

「ダヤブ県の実態は多くのチベット人にとって大変なショックでした。何故なら、ダヤブとカンゼは民謡にまで歌われたくらいの裕福な地方として知られていたのです。今では、ダヤブの人々はよその地方へ流出して、乞食になっています」(同p.30)。

「チベットの歴史上、餓死というのはありませんでしたが、今では日常用語になってしまいました」(同p.30)。

「先に述べた配給に比べて、チベット人一人当りの納税義務は約一〇〇〇ポンドでした。しかも、役人達は民衆の生活よりも自分の地位の方が大切でした。つまり、納税を強制する事の方が大事なのです。幹部が案内してくれた家は例外で、私達が秘かに訪ねた家では、本来、準主食とも言うべきチーズ,バター、干し肉などは大変乏しく、あのような高地で生活するには大変苦しい毎日が続いているように感じました」(同p.30-31)。

「私は今回の旅行を通じて、今まで私の見聞した社会では想像もつかない、共産主義社会における貧富の大差を発見しました。・・被支配者と支配者、絶えず脅かされている人間とそれを楽しんで脅かしている人間の関係を、いやになるほど知らされたのであります」(同p.31)。

「中国はチベットを近代化したとさかんに宣伝していますが・・それがまた生活を不安定にし、民衆の生活をますます悪くしているのが現状であります」(同p.31-34)

と、およそ、これでもかこれでもかとチベットの現状を真っ黒に描いているのが実情であった。

1.ところが今年になると話が変り、今回記事の表題のような主張に変ったのである。

この表題のような意見は、朝日新聞の今年のある記事に一番鋭く表現されていたのだが、現在手元にないため、以下に朝日新聞社説の1つと、読売新聞記事の1つを引用する:

「チベット50年―力とカネでは治まらない:
(朝日社説2009年3月10日)

チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が亡命するきっかけになった「チベット動乱」から、今日でちょうど半世紀になる。・・ダライ・ラマは「チベット人の挫折感と中国に対する憤怒は高まっている」と嘆き、当局との新たな衝突の可能性を指摘する。

しかし、北京で開会中の・・全人代・・に参加したチベット自治区の幹部は「情勢は安定している」と話す。50周年にあわせ、当局はチベットの発展ぶりを強調する展覧会を開いたり、白書「チベット民主改革の50年」を発表したり、「安定と繁栄」のキャンペーンに躍起だ。
共産党・政府はチベット自治区に多額の投資をし、道路や発電所、病院などを整備してきた。一方、ダライ・ラマを批判したり、共産党統治の正しさを強調したりする教育も続いている。

ある程度、暮らし向きはよくなったかもしれない。しかし、どこまでチベット住民の心情を理解し、信仰や文化の独自性を尊重できたか。カネとこん棒で宗教心は抑えられまい。20年前の3月、衝突が続いたラサに戒厳令が出された時、チベット自治区のトップは、現党総書記の胡錦濤氏だった。その胡体制はいま、調和のとれた「和諧(わ・かい)社会」を目指す。ダライ・ラマを独立派と決めつけ、対話すら拒んでいるようでは、「和諧」の実現はほど遠いと言わざるを得ない」(朝日090310)。

この社説では、中国支配下でチベット人の生活が向上したかどうかは曖昧にしたまま、たとえ向上したとしてもタントラ・ヴァジラヤーナの「独自性を尊重」しない限り調和のとれた「和諧社会」の実現は出来ないのだと決め付けている。然し読者の皆さんはどう思われるだろうか?「力とカネでは治まらない」との社説名のとおり、中国当局はチベットにふんだんに「カネ」を与えることにより、一定のチベット人の生活向上を実現出来たと強くニュアンスを出しているのではないだろうか?以上のように、大勢としては、中国支配下においてチベット人の生活は良くなったとの論調が強まっている。その上での中国批判が展開されている。

1.然し中には、少数派であるが以前から、”中国によってチベット人の生活は良くなった、しかしそれはほとんど意味がない”とする論者も居られた。それが石濱裕美子氏(早稲田大学教授)である。たとえば氏は、次のように述べていた。

「翌一九九三年、中国政府は国庫から六四〇六元を支出して、パンチェンラマの遺体をおさめる仏塔殿を建立した。この仏塔の建設にあたって中国政府は、五穀、薬、珍宝などをつめた宝瓶を埋蔵する着工儀礼から、遺体を塔に奉納する儀礼にいたるまですべてを忠実に伝統にのっとっておこない、チベット仏教文化の尊重を内外にアピールした」(参考文献3;p.429)。

「しかし、国際社会での評価も無視できないことから、中国政府はチベット人を経済的、文化的に優遇する政策を打ち出すことによって、諸外国に理解を求めようとしている。チベット自治区では主要な僧院の復興に中央政府から多額の予算がつき、北京においてもチベット「平和解放」の四〇周年を記念して一九九一年に蔵学研究中心、蔵医院などが設立され、チベットの文化を保護する旨が対外的にアピールされている。チベット文書籍の出版活動も他の少数民族の書籍に比べて圧倒的多数におよんでいる。このような優遇政策に恩恵を受けるチベット人のなかには、独立を望まない層が生まれてきていることもまた事実である。中国政府の懐柔政策が功を奏してチベット人が現在の位置にあまんじるか、支援者の声に押されてチベットが独立を獲得するかは、ひとえに多民族国家中国の、今後の政治運営のゆくえにかかっているといえよう」(同p.431)。

このように、氏は大体において中国支配下でチベット人の生活は向上していっていると見ている。その上で「チベット独立」を支持する理由を示唆する文章がある。それが「宗教への規制撤廃を」と題する石濱氏へのインタビュー記事である。

「−中国は「農奴解放」をチベット統治の正当性の根拠としている(聞き手)。

石濱 旧チベットの貧困層がひどい生活をしていたのは事実だ。しかし・・多くの一般チベット人が現状に不満だったかといえば、そうではなく、高僧を伏し拝んで感涙にむせんでいた」(読売090307)。

お分かりだろうか?チベットではダライ・ラマの大便と小便をこねて「薬」なるものを作り、それを一般民衆は有り難がっていた。子供を箱詰めにして寺院建設の人柱にし、年貢を完納しないと地獄に落ちるぞ、有り難い高僧の言うことを聞けば極楽に行けるぞと脅して支配していたのである。これを中国はやめさせようとしてきたし、ほぼそれに成功しつつあるのだ。ところがそれは石濱氏に言わせれば宗教の自由に反するからチベットを独立させて昔の状態に戻すべきであると。氏は様々な他のチベット独立を支持する主張もされているが、結局これこそがその決定的理由と考えられるのである。如何に中国がチベット人の暮らしを良くしようが、その宗教を完全に認めない限りチベット人の抵抗は続くと。

「信仰の自由」も重要である。中国当局も出来るだけそれを尊重している。しかし、人間にはそれ以外にも多くの人権があり、それらの調和が重要なのである。宗教の自由だけが突出して尊重されなければならない、故にオウム真理教に対しても一切官憲は手を出すべきでないなどと馬鹿げたことを主張してはならないのだ。ましてチベットで起きていることは他国の問題であり、中国の国内法に基づいて考えられるべき問題である。中国内のことは中国人が決めていくであろう。外国人があれこれと指図・命令すべきことではない(にも関わらず米国はCIAを使い、ダライ・ラマ14世のテロ活動を支援してきたし、日本人の一部はチベット支援と称して五輪聖火リレーへのテロを繰り返し、これを堂々と支持するある有名新聞まで有ったのである)。

1.論者に決定的に欠けている事は、「国の独立が失われる時個人の自由も全て失われる」との認識である。日本も列強の植民地にされないため、明治以来の苦闘があった。そして国の独立を維持するための決定的鍵が経済建設にあるとの共通認識があった。

現在、中国に対し先制核攻撃による支配を企む国は存在している。たとえオバマ政権になっても、これが永遠に続くものではない。故に富国強兵は中国の望むところであろう。軍事力は経済力で維持されるのであり、アンバランスに軍事力だけ突出してもそれは経済を崩壊させるだけだ。だからチベットは中国にとり必要であり、中国はチベットの経済建設を推し進める必要があるのだ。それが理解出来ないことは、我々の父祖たちが明治以来行ってきた事への忘恩でもあるだろう。中国指導者は単にチベット人の暮らしを良くしているのではない。豊かさを造る事でそれが更なる豊かさを望むインセンティブとなることが狙いなのだ。

経済がある一定の水準に達した時、それ以上の発展は民主体制なしでは有り得ない。その時中国は、「個人の独立が失われる時国の自由も全て失われる」ともう1つのスローガンを掲げる段階に達するだろう。だが今はそうではない
(第1部・完)。

追記:
昨年チベットで暴動が発生した原因はラマ僧の「言うことを聞かないと地獄に落ちるぞ」・「言うことを聞けば極楽に行けるぞ」との脅迫以外にも次の要因が有ったと当HPでは分析している。
1)中国内での民主化が徐々に進行しつつあり、暴動を起こしても直ちに殺されるのでなく、裁判手続きなどが整いつつあり、余程悪質でなければ死刑にされなくなったこと。
2)チベット全体の経済が底上げされ、民衆の生活が全体的に底上げされつつあるなかで、格差が大きくなり、余り豊かに直ちにならない人々の豊かな層への反感が増大しつつあること。
結局、これらは近代化に必然的に伴う現象であり、何れ解消されることは明らかだ。

参考文献:
1.「改訂新版 チベット入門」(ペマ・ギャルポ/1998/日中出版)
2.「チベット50年―力とカネでは治まらない」(朝日社説090310)
3.「中央ユーラシア史」(小松久男編/2005/山川)
4.「宗教への規制撤廃を(石濱裕美子氏へのインタビュー)」
(読売090307記事)

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