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過去記事「(続5)チベット問題」への注080425(2)
副題「(続7)チベット問題080425」(2)

(注9)「先進国でさえ民主主義を確立することは時間がかかった。後進国が直ぐにできないからと、外部から押し付けるために先制攻撃で核戦争など起こして欲しくない」:

1.「核武装と日本の軍事戦略-防衛省OB太田述正ブログ」2006年03月20日 ブッシュ三題噺(その9)によると、「米国はその核戦力を、ロシアや中共のような核保有国に対してだけでなく、北朝鮮・イラン・リビア・シリア・イラクのような非核国が(核以外の)大量破壊兵器で攻撃してきた時にも使用すると宣言し、核先制使用戦略が非核国にも拡大適用することを明らかにすることによって、上記核廃棄コミットメントを事実上棚上げしてしまいました(The future of nuclear deterrence, IISS Strategic Comments, Volume 12, Issue 1 February 2006)」。
2.NYタイムスHP記事(2006年3月14日の日付となっている)によると、「ブッシュ政権下で米国がアラスカとカリフォルニアに設置し始めたミサイル防衛網はロシアや中国に対して核先制攻撃をした場合に生き残ったわずかな核が発射されたときにこれをたたき落とすために有効だ」とされる。この記事ではロシア・中国に対する核先制攻撃が米国の重要な戦略となっていることが明かされている(記事名「The Rise of U.S. Nuclear Primacy」March 14, 2006 By KEIR A. LIEBER AND DARYL G. PRESS)。
3.ワシントン・ポスト紙が2005年9月11日に報じ問題となった米国『統合核作戦ドクトリン』によると、「次の場合、現地戦闘軍司令官は大統領に核使用の承認を要請出来る」として核先制使用の想定事例を8つ挙げている。
「1.敵が大量破壊兵器を使用、または使用を企てている。
2.敵の生物兵器使用が差し迫り、核兵器ならそれを安全に破壊できる。
3.地下深くの敵の大量破壊兵器施設やそれを使う敵司令部を攻撃する。
4.圧倒的に強力な敵の通常戦力に対抗する。
5.米国に有利にすばやく戦争を終わらせようとする。
6.米軍の作戦を確実に成功させようとする。
7.敵を脅して大量破壊兵器使用を防ぐため米国の核使用の意図と能力を誇示する。
8.敵の代理人が大量破壊兵器を使うのに対抗する」。

(注10)「ロシアの歴史を調べると、ロシア人は蒙古に支配される前から凶暴で独裁的な国民性があった」:

「・・年代記作家はことあるたびにノヴゴロドの人々をその『悪しき不信心』、傲慢とわがままにたいして、その誓約を破り諸公を追放する習慣について責め立てるのが常であった」(「ロシア史講話1」p.117)。
「悪しき人間は悪魔よりも悪い。悪魔はせめても神を恐れるが、悪しき人間は『神をも恐れず人間にも恥じない』」(「ロシア史講話1」p.119)。
「『過ぎし歳月の物語』の・・九八〇年の項には、次のように出ている。「ウラジーミルは一人でキーエフに公として治め始め、岡の上・・に偶像を立てた。・・人々はそれらを神と呼んで犠牲をささげ、自分たちの息子や娘をささげていた」」(「ロシア史(新版)」p.56)。
「先進国への遠征は、強大な軍事力に基づく突然で徹底的な現地住民の直接的収奪にほかならなかった。・・船団を組んでコンスタンチノープルにむかった。・・発達した社会経済構造を持つビザンツ・イスラムの先進地帯が先ず存在し、それらが河川・海洋・ステップを媒介にして、単純かつ未発達な社会構造の中に生きる・・スラブ人・・と・・。・・タキトゥス風にいえば「血をもって贖(あがな)い得るものを、額に汗して得るのは怠惰の証拠」でしかなかった」(「ロシア史(新版)」p.73-76)。
「夫の殺害に怒ったオリガは、「マル公の妃になれ」とすすめるドレヴニャーニンの使者たちをだまし討ちにして穴に生き埋めにし、風呂で焼き殺した。九四六年には征討の軍をすすめ、徹底抗戦の町に硫黄の火を背負った小鳥を飛ばしてこれを炎上させ、懲罰の重い貢税をかける」(「ロシア史(新版)」p.80)。

(注11)「ダライ・ラマ14世がチベットを支配していた1959年以前はチベット人の平均寿命は37歳。現在は68歳だ」:

中国駐日大使館HPによると、「チベット自治区主席が北京で記者会見、最近の状況説明」(2008/04/09)した。それによると、「チベットの平均寿命は解放当初の35・5歳から現在は67歳に延びた」という。
ちなみに日本の統治により、朝鮮は平均寿命が24歳から45歳に延びた。日本の朝鮮侵略は誠に申し訳ないことだがこのことは感謝して貰わなくてはならぬ。

(注12)「1959年以前はチベット人で(一般)教育を受けた人は2%だったのが今は99%」:

「俗界の数少ない学校に入学できるのは、富裕な人々や貴族の子弟に限定されていた」(「ブリタニカ国際大百科事典12」p.774)。
「近年の変化:
・・多くのチベット人の科学者や技術者が育ってきている。各地に小・中学校が設立された。一般人の子女も入学の機会を持てるようになった。
以前はラサには、ラマ医者をはぶいて、医者はほとんどいなかったが、今日では近代的な設備をもつ4つの人民病院と多くの衛生所がある」(「ブリタニカ国際大百科事典12」p.777)。

(注13)「1959年以前はチベット人の多くは農奴だった」:

「チベット仏教の・・特長は、「ラマ教」という俗称が示すように、教えを伝えるラマ(師僧)に絶対的信仰を寄せることである。
・・有力な氏族は権力、財力に恵まれた活仏の位をねらってそれを子弟に独占させ、教団の利権にむらがった。一方、庶民は教団の内外でいかなる機会にも恩典にもあずからず、わずかの資力を投出して、ひたすらラマの加護を頼み、むなしく来世を期待させられ、教団を安泰ならしめる「善行」に追い立てられた」(「ブリタニカ国際大百科事典12」p.792)。
「チベットは世界で最後の神政国家であった。観音の化身・・ダライ・ラマは、政府の首長でもあり、世俗的権力を行使した。・・ラマBla-maとは「高尊の師」を意味し、元来、サンスクリットのグルguru(師)の訳語であった。・・
・・僧院は・・上流階級出身の僧は、その財力によって昇進に一層有利な機会をつかむことができた。・・僧院は政府と個人の両方から寄付を受け、政府からは現物、現金、税金が取れる荘園を・・受けた。・・
チベットの一般民は、農耕民と牧畜民にわけられる。農耕民は主に南チベットと南東チベットの河谷に住み、政府、僧院、ラマ、貴族の小作人として働く農民もいた。・・土地をもつ農民はきわめて少なく・・」(「ブリタニカ国際大百科事典12」p.774)。

参考記事:
「チベット問題080405」
「(続)チベット問題080406」
「(続2)チベット問題080409」
「テロを支援する朝日社説080409」
「(続4)チベット問題080411」
「(続5)チベット問題080421」
「古舘伊知郎氏に問う080422」
過去記事「(続5)チベット問題」への注080425

参考文献:
「阿Q正伝・狂人日記−他十二篇」(2006/魯迅/岩波文庫)
「アメリカ史(増補改訂版)」(1990/清水博・編/山川出版社)
「ロシア史講話1」(1979/B・O・クリュチェフスキー/恒文社)
「ロシア史(新版)」(1988/岩間徹・編/山川出版社)
「ブリタニカ国際大百科事典12」(1993/F・B・ギブニー編/TBSブリタニカ)

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