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麻生太郎「とてつもない日本」批評(8)081009 2008年10月09日
=マルクス「労働価値説」への付記=
この記事は予定外ではあるが、
「麻生太郎「とてつもない日本」批評(6)081008」
への付記である。
マルクス「労働価値説」に関してはこの際私の考え方を全てまとめておいたほうが良いと判断した。
既に、
「麻生太郎「とてつもない日本」批評(5)081007」
において、
「更にここでは述べないがこの説にはさらに重要な欠陥が存在すると思われる」
と述べた。それはどういうことかを今回記事で述べる。
○「批評(5)」において、「普通に生活するに足るカネが賃金だとすると、そこに資本家にとって大きな儲けの鍵が存在すると考えられる。つまり、科学技術が発展すれば、昨日よりも今日の方が1人の労働者の生産できる商品の量は増えていくだろう。だがいきなり労働者の必要とするものが増えるわけではない。この落差をマルクスは「搾取」と呼んでいる」と述べた。
私が大きな問題だと思うのは、この「搾取」という名付け方からも明らかなように、このような命名法は決して単なる「定義」ではなく、道徳的非難を含んでいると考えられるのである。
だが、労働者は強制労働させられている訳ではない。自発的に一定の賃金と引き換えに労働を提供することを約束したのである。又経営者の側も、特定の従業員を雇うことを押し売りされた訳ではない。つまりこの両者の関係は、自由な契約関係なのである。労働者は、ある企業に対し、一定の労働を提供して金を貰うことを、そのような交換をしないで寝ているより得なことと考えたから働いている訳だ。資本家の側も同じである。両者が得をしているのである。両者が得をすることこそが経済の本質であり、社会の本質なのだ。
だから、両者が満足して契約をやっているのだから、これを「搾取だ」などということは大きなお世話である。自由にやっていることに何故けちを付けるのか?ここがマルクス主義が自由思想と相容れない点と考えられるのである。そこにマルクス主義が歴史的に大きな功績を挙げ、自由と民主主義のために闘ってこられたことと同時に、マルクス主義自体が内部から次第に改革されてより良いものに変化し、現在の日本共産党の綱領路線となっている所以もある。つまり全く初めから問題ないものであれば、不破さんなどもこれまで理論的苦労をされる必要もなかった訳だ。私は、当事者が自由意志でやっていることを「搾取」と呼ぶのは問題あると思う。
○だがこれに次のような反論があると思う。「自由意志というが、労働者は労働力を売る以外にどういう選択があるのか?」と。沢山あるのである。金をこつこつ節約してため、資本家に成り上がる人も五万といる。政治家になる人もいれば、芸術家・スポーツマン・科学者・・。これらも初めは雇われるところからはじめる場合が多いが、成功すれば独立する道が開ける。小説を書いて成功した人もいるではないか。医者・弁護士もある。選択は無限にある。あとは本人の意思と努力だ。
だから一番楽な生き方が雇われることだと言えるだろう。そしてBRICsなどが台頭すれば人手は余ってくる。余っている物の値が下がっていくのは当たり前なのである。ものの値が下がるということは、それに関するニーズが減ってきていることを意味する。その場合は、労働力でなく、別の売り物がないか考えることが賢いだろう。
また、インターネットで株のデイ・トレードということをやっており、若くして20億円くらい既に稼いだという人をTVで見たことがあるが、これは立派な人である。こういう人が多くなることが明日の日本を支えるのである。私はこういう人が増えることを期待する。ホリエモンという方が居られ、何という苗字であったかは忘れてしまったが、この方も法律さえ守っておられれば立派な方であったと思う。
○では、「搾取」は存在しないのか?マルクスが「資本論」で書いたようなものは搾取とはいえないが、搾取は立派に存在する。官僚の無駄遣いによる甘い汁の絞り取りがこれに当たるだろう。
また、政・財・マスコミによる「ばら撒き煽り」。すなわち、どんどん自分たちにばら撒かせる。その為に税を上げる。借金をする。或いは低金利政策により、結果的にインフレを作り出し、一般大衆の金利収入を奪い、物価値上げで苦しめ、そしてお札をどんどん印刷することで自分たちに貸し、インフレで返す時はほとんど価値のない安値を返せばよいというバラマキ。しかも、これでバブルを作り失敗したらその付けはあらかじめ全て一般大衆に行くことが決まっているというシステム。その中でマスコミが広告収入で肥え太っていく代わりにバラ撒きを煽り続けるというやり方。これこそが搾取なのである。
なお、マルクス「資本論」は「搾取の問題だけを論じた本ではない。第1巻はこの問題が中心を占めている様に見えるが、実はその後の準備の側面が強い。第2巻では、マルクスによって史上初めて確立された最初の「マクロ経済学」が扱われる。今日では近代経済学のマクロ経済学の計量経済学という分野になっている。これは今日では、「マトリックス」(「行列」と訳される)という数学的手法により極めて美しい物に発展しているが、マルクスにより初めて確立された形の方が、基本的アイデアも明確だし、そのような原始的形でも十分に今日的分析に使用可能なものである。
また、第3巻では、「平均利潤率低減の傾向の法則」というものが扱われ、第1巻で資本主義の出現の歴史的法則が扱われたのに対し、第3巻では資本主義が滅亡していくという法則が扱われている(但し、この法則は未だ証明されたものとはなっていない)。
以上、極めて興味深く、様々な発想に刺激を与える可能性に富んだ書であり、是非これからの若者が挑むべき本であると考える。
参考文献:
「とてつもない日本」(麻生太郎/2007年6月/新潮社)
マルクス「資本論」全3巻
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