|
190630加筆
なぜ女性は認知症が多いのか?190629
1.さて最近国会では、年金問題が議論されることが多く、麻生財務大臣が受け取らなかったという金融審議会の報告書が問題となっている。
1.そこで私はこの報告書を読むことにした。この報告書のリンクを末尾に付けておく。
この報告書を参考インターネット記事1.と呼ぶことにする。
1.実は私はこれを読んでこれまでの人生においても稀なくらいの衝撃と驚きを受けた。それはこの報告書のp.6のグラフを見たことによる。
1.そのグラフには何が描かれていたか?
95才以上の男性の50.6%は認知症であり、同じく95歳以上の女性の83.7%が認知症であると。
これまで私は女性の方が男性より長生きするから、人生全体で見るならば女性の方が体は丈夫だと考えていたのだが、そうではなかった。
1.さらにグラフは語る。
90-94才では、男性の49.0%が、女性の65.1%が認知症である。
85-89才では、男性の35.0%が、女性の43.9%が認知症。
80-84才では、男性の16.8%が、女性の24.2%が認知症。
75-79才では、男性の11.7%、女性の14.4%が認知症だ。
つまり明らかに女性の方が男性より認知症が多いのである。これは一体何なのか?
1.さらにグラフをよく見ると、単に女性の方が認知症が多いというだけではない。認知症にかかる率が男女でぐんぐんと差が開いていっている。
つまり女性の場合は年齢とともにどんどん認知症が増えるのであるが、男性の場合は大体50%どまりになるため、差がどんどん開いていくのである。
1.国木田独歩が「牛肉と馬鈴薯」だったかの中で、「驚きたい」という言葉を述べている。
私も驚きを求める。
それは、自分の認識が間違っていることが明らかになり、真理に目覚めるということである。
私が左翼・リベラル陣営に求めるものも、ぜひ私を論破していただきたいということである。私は常に自分が論破され、真理に目覚めることを求めている。この思いはなかなかかなえられないのではあるが。
1.そして今、私の求めていたことは与えられたのである。
つまり私は次のように考えたのである。
これまで私は、2019年の現在の日本社会においては、すでに基本的に男女の平等ということは達成されており、むしろアハーマテブ・アクションによって男性差別さえ一部においては起きていると考えてきた。
しかし実は違ったのではないか?
むしろ現在においても女性差別は厳然としてあり、そのことによる女性の人生への絶望がこれだけの認知症を生み出したのではないか?
1.私は第一感としてそのようなことを考えた。そしてここに日本社会の重大な問題点があり、これは深く考えてみるべき問題だと考えた。実はそれは昨日のことである。
そこで今日になって私は、本格的になぜ女性の方が認知症が多いのかについて、インターネットから情報を検索することで調べたのである。
そして有益と考えられる記事にヒットできたため、参考インターネット記事2.〜6.として末尾においておく。
1.以上の情報をまとめると、医学者は次のように考えているようである。
第1に、日本だけでなく米国でも女性の方が認知症にかかりやすく、これは人類共通ではないか。
第2に、なぜ認知症にかかるか。原因は2つあり、アルツハイマー病と脳梗塞である。脳梗塞の中には、脳の太い血管が詰まることではっきりと診断できるものだけでなく、細い血管が沢山時間をかけて詰まった結果なるものもあり、これは医学的にはっきりと診断することは出来ない。
第3に、なぜ女性の方が認知症にかかるか。アルツハイマー病については、女性ホルモンが関係しており、エストロゲンが更年期になくなるとアルツハイマー病にかかりやすくなる。また子供をたくさん産んだ女性の方がアルツハイマー病にかかりにくい。
一方、男性ホルモンの方はある年齢でばったりなくなることはないため、アルツハイマー病にかかりにくいらしい。
第4に、脳梗塞については、女性の方が脳の血管が細く、したがって脳梗塞になりやすい。日本の女性の方が米国の女性に比べ血管が細く、このため日本女性は米国女性に比べ脳梗塞にかかりやすく、ゆえに認知症になりやすい。
1.以上が私がインターネットから検索できた、世界的なスタンダードな医学者の考え方のようである。
1.だが本当にそうなのか?
以上のような結論は、いわば「肉体が精神に作用する」という考え方である。それは事実であろう。
だが逆に「精神が肉体に作用する」ということは一切考えなくていいのであろうか?
私には以上のような医学者が考えたなぜ女性が認知症にかかりやすいかの理論は、本当の原因の50%しかまだとらえていないと思えるのである。
1.そこでもう1度、本当に我が国の男女平等問題は現状どうなっているかを考え直してみた。
〇法制度上の男女不平等はなくなった。
残っているのは、相撲の土俵に女性が上がれないとか、ゴルフ場の一部が男性限定とか、天皇に男系男性しかなれないくらいであろう。
しかし逆に女子大学には女性しか入れないのであり、女子便所にも女性しか入れない。
女性専門のゴルフ場を作ることも自由である。
男性は土俵に上がれない女性専門の相撲を作ることも自由だ。
天皇に男系男性しかなれない(男系女性天皇が今後生まれる可能性はある)ということは、日本の歴史的な伝統を守るということであり、それが仮に男女差別だとしたならば、そもそも天皇に天皇家の人間しかなれないことも差別ということになろう。
つまり男系男性天皇に反対する共産党とか立憲民主党とかは、誰でもいいから天皇家でない人間でも、国会が任命すれば天皇に出来ると考えているのである。
つまりこれが共産党や立民党の「天皇論」なのである。
しかしまさにこれこそ憲法違反以外の何物であるだろうか?
憲法第1条〜第8条に定められた「天皇」という言葉は、そのような任意の意味を持つものではなかった。
まさに歴史的な伝統に立った天皇家の、歴史的伝統を引き継ぐ(つまり男系のY遺伝子を持った)天皇ということなのである。
したがって憲法上の意味での男女平等とこの男系天皇問題は何の関係もない。
1.さらに女性は16歳で結婚できるが、男性は18歳まで結婚できないとか、離婚後300日以内に生まれた子供は前の夫の子供であると推定される民法の規定などは、合理的理由のある男女の「区別」であって「差別」ではないであろう。
これが区別であって差別でないことは既に最高裁判決によって明らかになっている。
1.したがって法制度上は男女差別は基本的にはない。
また以上が仮に男女差別であると仮定しても、我が国における大量の女性の認知症が発生する理由に当てはめるには量的に無理がある。
土俵に女性が上がれないからボケるとか、天皇に女性がなれないからボケるということはないであろう。
仮にそういう人があるとしても量は少ないはずだ。
〇では経済的な意味での例えば男女での賃金差などはどうであろうか?
これも実は現在、男女間の賃金差はない状態である。
しかし全体としての平均賃金差はあり、それは、同じ労働を行う間においては差はないのであるが、女性の場合結婚後離職することが多く、子育てが一段落した段階で再びパートで働くことが多い。
このため中年以降の賃金が低くなり、故に全体の比べた平均賃金では差が生じる。
〇ではなぜ女性は結婚すると離職するのか?ここが問題ではないか。
この問題を解明していくと、次の問題に突き当たるのである。
つまり、女性の場合、自分よりも収入の大きい男性を求めるのである。
また男性の場合、自分よりも収入の少ない女性を結婚相手として求める。
このため結婚して子供ができると、どちらかが辞職や休職を行う必要が出る。
その場合、給料をたくさん取っている男性が休むということが合理的でないため、結果的に女性が会社を辞めることになりやすい。
つまりこの問題は、社会的・経済的問題なのでは実はなく、女性が好んで男尊女卑を求め、男性が好んで男尊女卑を求めた結果おのずと生じていることであり、思想信条は自由であるから、全く問題はないわけである。
1.つまり現在の社会では、親が女の子に女の子らしくなれと教え、優しさを強調する。
一方で男子には男らしくあれと教え、強さを求める。
これも親は自分の子供を思って愛情から行っていることであり、自由である。
その結果、男尊女卑の気風がおのずから生まれ、賃金差などに現れるわけである。
だが思想信条は自由だから、これをむげに攻撃することはおこがましいことである。
しかし男尊女卑の風土に関し、それを左翼勢力のように「憲法違反だ」とか「民主主義に反する」と攻撃するならば、まさに思想弾圧を行っているのであり、それこそ憲法違反であるが、言論は自由であるから、相手の思想や言論を否定することなく行うならば、それこそ素晴らしいことであろう。
私はそのようにして敵を作り出すのではなく相手をリスペクトして言論活動を行うならば、決して遠くない時期に真の男女平等が達成できると考えている。
また現在すでに女性差別は存在していないのであるから、大いに女性は活躍すべきである。
そのことにより、男性に比べ女性は劣っていると考えている人間も多いのであるが、またそう考えることも発言することも自由であるが(注)、事実をもってそうではないことを必ず証明できると私は考えている。
(注)このように男尊女卑の言論も、逆に女尊男卑の言論も自由であるという点は重要なポイントのため、末尾でもう1度論じる。
1.では認知症が女性に多いことはどうか?
私は2つの要因があると考える。
第1に、例えば女性で痴漢にあったという人の率が極めて多いのである。
つまり様々な犯罪者が存在しており、見えないところで暴力行為とか、強姦なども行われているのではないか。
これらのことは全くの犯罪なのであって、男女差別とか法制度、あるいは社会経済問題と何の関係もない。
要するに取り締まりを強化すべき問題である。
そのためには監視社会を強め、厳罰主義に徹し、警官の人数を増やすなどの対策をとることが重要である。
性犯罪者には一生足にGPSを取り付けるべきである。
1.第2に考えられることは次のことである。
私は最近様々な人から聞いた情報に基づいて、次のようなことを考えている。
最近、リストラされる人が増えた。すると家庭崩壊が起きる率が高くなるという。
つまり、これまで立派だったと思っていた旦那さんが、急に弱々しくなり、愚痴ばかり話すようになる。
リストラされた当時は支えていこうと思っていた奥さんも、愚痴ばかり聞かされていると、「自分が結婚して人生をかけて来たのに、私の人生は何だったんだろうか?」と人生の意味を見出しがたくなってくる。
自分の人生は失敗だったと思う。
こうなると当然エストロゲンも出なくなるであろうし、アルツハイマーにもかかりやすくなるであろう。
1.例えば次のような事例もあるのである。
旦那さんがいつも汚れた手のままでいるため、家に帰って来たら手を洗ってねと奥さんが言った。
それを聞いた旦那さんがカチッと来たという。
「自分は女房子供を養うために身を粉にして働いてきた。そんな自分が汚くて仕方がないのか」と。
これを聞いて奥さんは、そんなつもりで言ったんじゃないのよと、驚きながら話したのだが、今までと旦那さんに対する見方が変わってきたという。
つまりこの奥さんはそれまで自分の旦那さんを非常に立派な人と考えてきたのだが、急に子供っぽく見えてきた。
つまり普通の人だったと分かった。幻想が覚めたのである。
このため人生に絶望したという。
1.あるいは次のような事例もある。
ある金持ちの家の女性が、貧乏な男性と結婚し、それでも自分の旦那さんを誇っていたのだが、旦那さんが死ぬ直前になって、「死にたくない」「死にたくない」と転げまわりながら絶叫した。
それを見て、何て意気地のない人だろうか。弱い人だろうか。これが自分が尽くしてきた人の正体だったのかと絶望した。
1.つまり現在我が国では、中年以降、或いは熟年以降になってから、急にご主人に絶望し、自分の人生は何だったんだろうかと後悔と絶望の淵に立つ女性が加速度的に増えてきているのである。
極めて恐ろしいことだが、もしかしたらこういうことが我が国ではすでに過半数を超えているかもしれないのである。
1.ではこういうことは何故近年激増するに至ったのであろうか?
まずこうした男女のミスマッチの問題を考える必要があるが、日本の場合男性は、若い時期には当然様々な意味で理想主義的である。だが年を取るにつれ、机上の空論は捨てていき、現実主義的になっていく。
こうして理想は少なくなるが、現実に適応した職業的な技能は年々高まっていく。
一方で女性の場合は、多くの場合、家庭に入るとか、あるいは社会の中で下の方で歯車の一環として働くことが多く、一部には精通できても社会の全体像をとらえている人は非常に少ない。
その一方で女性の場合交際が広く、様々な大企業経営者とか、大学教授などとも知り合いになる機会が多い。
また女性同士の会話によってさまざまな男性の情報が共有されていく。
その結果、よく言われることだが年と共に男性に対する目が肥えていく。相当程度のレベルに達した男性でなければ標準以下とみなされる。
こうして未婚女性は、年とともに男性に対する要求が高まり、年とともに満足できる結婚相手は少なくなっていく。
一方で、既婚女性の場合は、自分の旦那さんに満足できる確率が減っていく。
何故なら既婚夫人も男性に対する目が肥えていき、満足できるレベルが上がっていく。
一方で、自分のご主人がどれほど努力して現在の地位を保っているかについてはほとんど知らないのである。
1.以上のような現状を変えるためにはどうしたらいいだろうか?
第1に、うかつに結婚するのではなく、じっくりと付き合い、よくよく相手を知ってから結婚すべきであろう。
特に価値観・性格が一致するかどうかを知ることが重要だ。
また人間の価値観とは変化するものであることも抑える必要がある。
外形や収入も重要であろうが、それ以上のものがある。
第2に、何のための結婚なのかということが、男女において出発点で既に間違っていた可能性はないだろうか?
例えば男性が女性に求めるという奇麗だとか可愛いとかということは、年を取れば失われることは明らかである。
また高収入が狙いだという女性はどう考えても幸福になれる可能性はないであろう。
結婚とはたとえ自分の命を犠牲にしても相手を幸福にしたいと思い、そこに自分の幸福を見出すということであろう。
あるいは、今は恋をしていなくとも、結婚してしまうならば必ず自分が死ぬまでには相手を恋することが出来る。
互いがそういうことに納得できた時成立できるものであろう。
そういうことが考えられるほどの相性の良さが前提である。
第3に、基本的な人生観自体が間違っているようにも考えられる。
つまり、私は上にあげたような女性が自分の人生に絶望するという事例において、そのような女性に批判的なのである。
つまり私は現在の社会においてどれほど男性が大変であり、苦労しているかを良く知っており、したがって旦那さんに「絶望した」という女性が極めて忘恩的に思えるのである。
1.つまりここに私が現在到達した考えがあるのである。
なぜ女性に認知症が多いか?それは女性に忘恩者が多いからだと。
1.つまり現在の左翼的或いはリベラル的な(念のために言うならば、私はこれらが真の意味での左翼だともリベラルだとかも思わない;ニセ左翼であり偽リベラルである。はっきり言えばファシストでありテロリストだ)メデアの影響を女性がもろに受ける。
そしてこれらのメデアは盛んに政府を社会を男性を攻撃するのだが、「感謝」ということは全く行おうとしない。
1.だが、テロリストとは非常に視野が狭い人が多く、また女性も視野が狭い人が多い。
しかし今重要なことは広い視野を持つということである。
まず宇宙を見ることが重要である。
宇宙とは死の世界である。生命の存在するのは地球だけだ。少なくとも生命の存在が発見されているのは地球だけである。
とするならば、我々がこの地球に生まれたということは非常に幸運なことだったとは考えられないであろうか?
しかも我々は人間に生まれたのである。がゆえに頭脳とか、目とか耳とかも持ち、素晴らしい光景に感動することも音楽を聞くこともできたのである。
目とはすばらしいものであり、物事を精密にとらえることが出来る。これも生まれてこなければ与えられなかったものであり、耳も鼻も舌も、手や足を自在に動かせること自体素晴らしいことである。
このような生命体は絶対に我々は同じものを人工的に作ることは出来ない。
人間を殺すことは簡単だが、同じものをテロリストは作ることは出来ない。
1.また地球上を見渡せば、日本人のように安全に平和に暮らしている国民も少ない。
地球の多くの部分では戦乱やテロ、飢饉や貧困があふれており、水道を回しただけできれいな水が出てくる国などほとんど存在しない。
以上のような広い視野があるならば、この世に生まれてきたことはクジが当たったと同様の極めて運がよかったことであり、日本に生まれたことも感謝以外の何物でもない。
そこからは自殺やテロの可能性は出てこないのである。
また家庭内で旦那さんや姑さんのことだけ考えれば不満だらけになっても、もっと視野を広く持つならば、やはりそこには感謝以外のことは出てこないのである。
全ては可能であり、自由である。この世の中のものは全て自分のものだ。
私は結婚もしていないのに、この世の中の女性は全て自分のものだと思っている。だからすべての女性に幸福になってほしいのである。
(注)男尊女卑の言論も女尊男卑の言論も自由であることについて。
ドイツで戦後、ヒトラーが悪逆人ではなかったとか、ユダヤ人虐殺はでっち上げだというような言論が禁止された。しかしヒトラーがそれなりに愛国者であったことは誰もが知っていたことだったため、また1930年代の大恐慌が起きた際、ヒトラー政権がどこの国よりも早く経済再建を行って国民の暮らしを楽にしたことも周知のことだったため、国民は面従腹背を行い、占領軍に従いつつ、表面的には「戦争の反省」を行い、しかしアンダー・グラウンドにおいては建前ではなく本音の言論が続いた。
こうしてドイツでは建前とホンネが分離し、この2つが全くかみ合わずに、また言論によって対話も論争も行われないという状態が続いた。
つまりリベラル派と右翼勢力間では、全く対話もなく、互いが相手を「フェイクだ!」と罵るだけの状態が続いたのである。
こうしてまともな言論の自由があるならば、この2つが対話や論争を行い、その結果、やはりヒトラーはユダヤ人大虐殺を行ったであろうし、また責任感の強い愛国者の面は持ちつつもやはり犯罪者だったのだというコンセンサスに到達したと私は考える。だがそうしたことがなかったため、リベラル勢力の基盤は極めてもろく、現在移民問題とも関連してドイツは右派に席巻されようとしている。
男尊女卑あるいは女尊男卑の言論もおなじである。
左翼・リベラルが行っていることは言論弾圧である。
したがって男尊女卑の考え方を克服することが出来ないのである。
現実を良く知る人ほどリベラルの言っていることを馬鹿ばかばかしいこととみなし、面従腹背になる。左派に関わりたくない。だがホンネではタテマエと全く違っているのである。
このままでは日本でもドイツや米国のように、国は二分し、互いを「フェイク」と決め付けるだけになっていくだろう。
従って言論に対する寛容さが必要であるし、寛容さ・多様性を破壊する左翼勢力に対し、言論弾圧者に対し、命がけの戦いが必要なのである。それだけが言論の自由と民主主義、寛容さ、多様性ある社会を守れるのである。
参考インターネット記事:
1.金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書
「高齢社会における資産形成・管理」 令和元年6月3日
2.「日本人は女性の方が早くボケる 東大医学部衝撃の最新研究」
3.「アルツハイマー型認知症は男性より女性が多い。その陰に女性ホルモンの存在が」
4.「女性の妊娠歴や出産歴が認知症リスクと関連か」
5.「アルツハイマー病 男女差の存在を思わせる研究結果」
6.「なぜ日本は認知症患者数が多いのか?」
|
__医療(TP)
-
詳細
|
1.選挙まで動ける期間はあと6日。しかもTV朝日の本日のお昼の世論調査によると野党第一党は更に支持率を微増させている。 |
|
(つづき) |
|
1.「文藝春秋」2011年1月号に慶応大学医学部の近藤誠氏が「抗がん剤は効かない」というレポートを書かれた。これに対し週刊文春110120号で「「抗がん剤は効かない」は本当か!?」という記事を勝俣範之氏(国立がんセンター中央病院腫瘍内科医長)と上野直人氏(テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授)が書かれている。 |
|
1.朝日新聞社が本日「B型肝炎―自分の問題として考える」との社説を掲載した。この社説は問題が多く、被害者の方々の運動の妨害となるものである。とりあえず最低必要な批判を行っておく。 |



