Making Of An Architect Named おず

4月から建築専門学校の夜間部に通うことになりました。

絵・スケッチ

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平面構成の習作

引き続き、近づいてきた建築専門学校への入試面接に備えポートフォリオ(作品集)の整理を半ば楽しみながらやっています。
今回UPした「平面構成の習作(貼り絵)」はポートフォリオに入れます。
作品の出来に納得できない点も残りますが、この「貼り絵」を創作した際に試したプロセスは、将来私が建築物を創作していく際のプロセスに間接的にでも通じていくように思えるのです。
将来、振り返って自分の出発点を確認するための一作です。
(今振り返っても既に突っ込み所が2,3ありますが・・・私も発展途上ですから・・・頑張ります)

***  平面構成の習作 (貼り絵) おず作 ***

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[創作プロセス]
(1) 既存の美術作品を一つ選ぶ(今回はパウル・クレーの抽象画)
(2) 前述の作品中に用いられている技法・効果から任意のものを選択する
(3) 選択した技法・効果を用いて新規に平面コンポジションを創作する
* 完成品(↑上図)が元の美術作品(↓下図)と似ている必要はない ・・・ 実際、似てないです(^ ^)

[使用材料]
黒ケント紙 ・ 灰色ケント紙 ・ 新聞紙 ・ スチレンボード(台紙)


***  研究題材-「果物の国のモニュメント」パウル・クレー作 ***

イメージ 2パウル・クレー1929年のこの作品には「果物の国のモニュメント」という邦題がついています(原題はドイツ語で「Monument im Fruchtland」)。実りの豊かな田園風景(=自然)と、それに溶け込むような構築物(=人造物)をモチーフにした作品でのようです。

抽象画なのでどこからどこまでがモニュメントで、どこからが田園風景なのかはっきりしませんね。でも私は、透明感を持ちつつも自己主張の強い中央部の塊(これがモニュメントなのでしょうねぇ)が背景に溶け込んでゆく様子が好きです。背景は多くの層(レイヤー)が折り重なったように描かれていますが、中央のモニュメントもまた作品全体を構成するレイヤーとして表現されているため、「モニュメントを背景の一部」または「背景をモニュメントの一部」とした多角的な読みとり方が出来るように思います。「建築物の環境への融和」、「建築物の透明性」などというテーマへの拡大解釈(?)もできてしまいそうですね。

パウル・クレーは幾つかの技法を織り交ぜて、この抽象画に遠近感を与えているようです。シンプルでありながら深みのある構図だと思います。一連の水平線として描かれた背景に対比して、ところどころで使われている斜線が一点透視法に似た効果で作品に遠近感を与えているようです。この構図は明確な消失点(一点透視法で全ての線が集まる点)を持たないので、正確には一点透視法と呼べないから、とりあえずこれを擬似的透視投影法(なんだかコンピューター・グラフィックで使うような用語ですね)と呼んでおきます。構図が明確な消失点を持たないことが、この作品がシンプルでありながらも単調ではない一因だと思います。おそらくパウル・クレーの思惑通りに、つい画面のあちこちを視線が巡回してしまいます。クレーは擬似的透視法以外にも、水平線の幅に変化を持たせることや、色の対比を使うことで作品に遠近感を導入していますね。

さて、こうして「果物の国のモニュメント」を私なりに鑑賞した後、今回新規に平面コンポジションを創作する上での基準を幾つか設定してみました。ポール・クレーがこの作品中で使ってはいても私が使わなかったものもありますし、少し変えて使ってみたものもあります。擬似的透視投影法(パース)は擬似的平行投影法(アクソノメトリック)に変えて使ってみました。

[新規の平面構成を創作したときに用いた技法・効果]
(1) 構図の核となる存在感のあるオブジェクトを中心にコンポジションを構成する
(2) 前述のオブジェクトが背景に溶け込んでゆくような流れを作る
(3) 擬似的な平行投影法(アクソノメトリック)を使い構図に立体感をもたせる
(4) 構図に多角的な読みを与えるように配慮する

こうして出来上がった貼り絵 (記事中で最初の画像) は構図を多角的にしようとするあまり多少煩雑になりすぎてしまった感は否めませんが、自分で設定した基準に沿って構成を考えていくというプロセスからは学ぶところが多かったです。基準に沿いながらも、もう少しシンプルな表現ができるようになりたいと思います。


パウル・クレー(Paul Klee, 1879 - 1940)について

スイス出身の画家で父親は音楽教師、母親は声楽家でした。本人もバイオリンを演奏し、奥さんはピアニストだったそうです。
パウル・クレーの作品の根底には音楽が流れているのかもしれませんね。私のつたない平面構成などを見せると、「お前の不協和音は見るに耐えない」と言われそうです。
パウル・クレーは画家としての教育をドイツで受け、その後の活動場所も主にドイツでした。ヴァルター・グロピウス (Walter Gropius)やミース・ファン・デル・ローエ (Ludwig Mies van der Rohe)が校長を務めたバウハウス(建築の家)で教鞭をとっていたこともあるという経歴は建築ファンの私の目を引きます。
パウル・クレー作品はナチス・ドイツにより「退廃芸術」と非難されたました。ナチスの台頭によりドイツでの活動を終えたクレーは、手の動きを制約されてしまう難病に悩まされながら1940年にスイスでその生涯を終えました。
2005年、クレーの生まれ故郷であるスイスの首都ベルンにパウル・クレー・センターが開設されました。この記事で紹介した「果物の国のモニュメント」もパウル・クレー・センター所蔵なので、いつかはベルンを訪れてみようと思っています。パウル・クレー・センターを設計したのがレンゾ・ピアノ(関西国際空港のターミナルを設計したフランス人建築家)であることもベルン訪問を楽しみにしているもう一つの理由です。
いつ実現するかわかりませんが・・・いつか・・・きっと・・・

パウル・クレーに興味のある方には下記のサイトもお薦めです
スイス・インフォ パウル・クレー
http://www2.swissinfo.org/sja/swissinfo.html?siteSect=2550

久本裕子 ピアノ弾きのモノローグ −夢・音楽・社会 − 第4章
http://www.asahi-net.or.jp/~ch5y-hsmt/ebook.piano/chapter4-3.htm

スケッチ-troubadour

建築専門学校への入試面接もそろそろ近づいてきたので、ポートフォリオ(作品集)の整理などをポツリポツリとやっています。
このスケッチは少し地味なのでポートフォリオには入れないことにしました。でも個人的には思い出のある絵なので、代わりにブログにUPしておきます。
スケッチのモデルは、数年前にしばらく滞在した街で私が入り浸っていた酒場に、ある日ふらっと入ってきた troubadour (吟遊詩人) の少しいかつい感じのお姉さんです。
おもむろにギターを取り出して歌いだしたこの人がやけにかっこよく、なげやりな感じなのにどこか意志が強そうな横顔に見とれて、ついスケッチしてしまいました。
イメージ 1

歌い終わったお姉さんがカウンターで飲み始めたので
「実はさっき一枚描かせて貰ったんだけど見せようか?」
「気に入らなかったら顔面どつくけど、それでいい?」
と、いうようなやり取りの後スケッチを見せたのですが・・・
このお姉さん急に黙り込んでしまいました。
しばらくして、
「このスケッチの私って、大人になったらこんなふうになりたいなって私が若い頃に思っていた女性に似ている気がする・・・こんな大人になること出来なかったのに・・・」
と、言って泣き出してしまいました。
妙な成り行きに最初は戸惑っていた私も、そのうち釣られて泣き出してしまいました。
ひととおり泣いた後、二人とも少し照れくさい思いをしたのを覚えています。
その後は二人で痛飲しました。酔いつぶれるまで・・・


ここにUPした画像はスキャンしたものですが、オリジナルのスケッチは私がその街を出るときに、酒場のオーナーに「この女性をもう一度見かけたら渡してあげて下さい」とお願いして預けてきました。
「挙式間近とうわさされているブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが先週木曜日(12月7日)にフランク・ロイド・ライトの落水荘を訪れた」と、先週末のNew York Times他数紙が報じていました。ブラッドの誕生日プレゼントにアンジェリーナが落水荘のダイニングを貸切ってシャンペンとキャビアでお祝いをしてあげたそうです(写真はこちら→ http://www.msnbc.msn.com/id/16113827/ )。
大学ではジャーナリズム専攻だったブラッド・ピットですが、在学中に建築史を受講したことがあり、いつか落水荘を訪れたいと思っていたそうです。アンジェリーナ・ジョリーも建築ファンらしく、お互いに話が合うとか・・・
以上は単なる芸能ねたですが、ブラッド・ピットの残したコメントに目がとまりました。彼は「落水荘がどう見えるかは知っていたが、滝となって流れ落ちる水の音を聞き、暖炉で燃える薪の香りを楽しみながらの体験はどんな予想をも上回る心地の良いものだった。」と、落水荘の管理人に語ったそうです。
「あっ、そうか。落水荘の中にいると水の音が聞こえるのか」と、結構当たり前のことに感心しました。落水荘の写真はもちろん何度も見たことがあるのですが、水の音を心の中に思い浮かべながら写真を見たことはなかったと思います。実際に体験していない建物を理解するのは難しいものですね。
落水荘はいつか体験してみたいです。もちろんダイニングを貸しきってアンジェリーナ・ジョリーと過ごす時間は、大勢の一般参観客や絶え間ないシャッター音に囲まれての体験とは多少質の異なるものかもしれませんが、回りの人ごみを意識から排除する能力は日々満員電車に揺られている私たち日本人の多くが持ち合わせているのではないでしょうか。
落水荘を実際に訪れる日が来るまでにはまだ当分ありそうなので、今日のところはとりあえず水の音を心に思い浮かべながら部屋で落水荘のスケッチなどしてみました↓。

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追記
5、6年前になりますがグラットン・ギル(Grattan Gill)という老建築家の講演を聞く機会がありました。今はもう90歳を越すこの方は、20代だった頃にフランク・ロイド・ライトの事務所で駆け出しの製図技師として働いていたそうで、落水荘がライト事務所で設計されたのもこの時期です。
落水荘の基本設計がまとまる前、施主であったカフマン氏からの再三の催促をライトはしばらくの間のらりくらりとやり過ごしていて、電話で実際にカフマン氏と対応しなければならなかったのは若き日のギル氏だったそうです。
ある日、業を煮やしたカフマン氏に「今から3時間後にそちらの事務所に寄るので今出来ている図面だけでも見せてくれ」と伝えられたライトはカフマン氏に「3時間後のミーティングを楽しみにしています。がっかりはさせません。」と、答えてギル氏以下居合わせた所員を驚かせたそうです。その時点までライトは落水荘に関する一枚のスケッチも描いておらず、所員は皆そのことを知っていたからです。
しかし、ライトがその電話を切った後の約3時間のことをギル氏は今でも「巨匠による創造という行為がライト事務所を輝かした瞬間」として記憶しています。デザインはライトの頭の中ではすでに形になっており、ギル氏は外観パースを含む落水荘の基本図面が3時間弱の短い時間内に描き上がって行く様子を目のあたりにしたそうです。
サリバンの事務所に新人として入所してから主任製図技師にまですぐに登りつめたライトの製図家としての技量もさることながら、斬新な3次元空間を頭の中だけで正確に構成することが出来たライトの才能が光を発したような3時間だったのでしょう。

昔の友人の絵

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この鉛筆画のモデルはかつて交友があった女性です。何をするにも一生懸命な人でした。よくビリヤードを教えてあげたのですが、できないことが見つかるとそれができるようになるまで同伴者そっちのけで一人で練習するひたむきさにはいつも敬意をいだいていました。この絵はそんな私の敬意を表するために彼女の誕生日に描いてあげたものです。大学で工学を勉強してジェットコースターを設計するのが夢だと言っていましたが、彼女のジェットコースターはもうできたのでしょうか?

私のスケッチは他にも少しHPのほうに載せていますので、よろしかったら下記のURLでご覧下さい。

http://www.studiodioz.com/linked_pages/portrait.html

赤ん坊のスケッチ

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私の絵の多くは鉛筆またはチャコールのみを使ったもので、着色することはめったにありません。描く物はいろいろなのですが、子供の絵を描くのが好きです。ここにUPしたのは友達のおいっ子の鉛筆絵です。赤ん坊らしく表情がころころ変わっていくのが見ていて楽しく、コラージュ風にまとめてみました。

私のスケッチは他にも少しHPのほうに載せていますので、よろしかったら下記のURLでご覧下さい。

http://www.studiodioz.com/linked_pages/portrait.html

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