Making Of An Architect Named おず

4月から建築専門学校の夜間部に通うことになりました。

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創っ展 2007

今週の水曜日は、関西学生卒業作品展の最終日を見に行ってきました。関西にある建築・デザイン系の大学・短大・専門学校が合同で毎年開催するこの作品展の名前は「創っ展」。「つくってん」って・・・ええ「ねーみんぐ」やわぁ。なんか「いっきょい (勢い)」感じますよね。今回が12回目というこの作品展には、30近くの学校から集まった作品が展示されていました。
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「創っ展」を見るのは今年が初めてだったのですが、まさか出展作品が177点もあるとは思わなかったので、閉館2時間前ぐらいに会場入りしてしまい、半分も見る時間がありませんでした。おまけに、最終日は別室で審査員を交えての講評会が行われていたらしく、今年注目度が高かった10点ほどの作品は、私がまわった会場には展示されていなかったようです。
しかしながら、私の見ることができた範囲内でも見ごたえのある作品が何点かありました。作品の完成度にはかなり個人差があったようで、中には「この人は途中で時間がなくなってしまったのかな」と思うほど未完成な作品や、基本コンセプトの発表のみにとどまっているような出展もありましたが、勢いのある作品が多く出展されていたので、見ていて楽しかったです。
伊藤豊雄氏に影響を受けているような作品も数点あったところからは「伊藤豊雄ってやはり時の人なのかな」という印象を受けました。いかにもコピーというような作品には苦笑してしまいますが、気に入った建築を参考に何かを創ってみるというのも、学生課題としては一つのやり方なのかもしれませんね。
全体としては、施主の要望や建設予算に縛られることのない学生の作品だけあって、荒削りではあっても、小さくまとまっていない出展が多かったように思います。



私が今回見ることの出来た作品のなかで、目を惹かれたもの数点を写真を交えて紹介しておきます。

「オフィス住宅 X 自然住宅」
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人と動植物の共生をテーマにした作品のようです。私の好きな建築家の一人であるマレーシアのケン・ヤン氏の方向性を彷彿させるような出展作品で、興味を引かれました。

「故宮新館」
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北京で長い歴史を持つ博物館の新館として設計された作品だそうです。山肌に埋め込まれたような建築と、それだけでは目立たない建築物の目印的存在になっているタワーの均衡がうまくとれていると思います。

「裏御堂筋」
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大阪市の二大繁華街「キタ」と「ミナミ」をつなぐメイン・ストリートが御堂筋です。この作品は御堂筋の地下で繰り広げられる人間の活動を建築化したもののようです。都市活動から派生する多層の営みを、地上・地表・地下で異質な形態の建築を組み合わせていくことにより立体的に構成していこうという試みは目に楽しいです。地中に視点をとった透視図(写真左上)は製作者の意図をうまく視覚化していると思います。

「鳥取砂丘ビジター・センター」
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防風林により減少し、一部では緑化が進んでしまっている鳥取砂丘を再生するため、風の通り道を確保しながら設計された観光施設だそうです。建築物を取り巻く環境から導き出された解決策が、建物の浮遊感と結びついたところが面白いです。

「異なる土地を繋ぐ駅」
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「近鉄生駒線 萩の台駅」だそうです。この駅は住宅街と、田園地帯の境目に位置しているそうで、「景色の共有」、「人との交流」などが製作意図として発表されていました。2階のテラスは居心地のよさそうな空間だと思います。屋根つきのテラスがそのまま開放的な屋根なしの空間に続いているところに空間の連続性があっていいと思います。スロープの屋根が、駅の屋根の下に滑り込んでいく様子も私は好きです。

「こどもの頃、見た世界」
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「大人の視線以外でも、ものを見ていきたい」と、あらためて思い出させてくれる作品ですね。

「漂白された境界」
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人が体験する境界(人生の節目というような意味でしょうか?)を建築として表現した作品のようです。この作品は講評会のために別室で展示されていました。講評会が終わった後にこの部屋を覗いてみたのですが、すぐに部屋を閉めるということだったので、あまりゆっくり見ることは出来ませんでした。

「本と散歩道と小さな森」
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機能・体験があらかじめ設定された空間からの脱却を意図した作品だそうです。床面がそのまま天井に繋がっていく様子は面白いと思いました。

紹介した作品の製作者氏名について

本来は、製作者の氏名を添えて作品を紹介するのが製作者への敬意を表したやり方だと思うのですが、ここでは作品の題のみを表示しました。この記事を投稿する前に、ここで紹介した作品の製作者の中に匿名のブログ運営を通して作品発表されている方がいることに気付きましたので、当該ブログとブログ管理人の個人名が結び付いてしまうのを避けるための配慮としてこうしました。私が確認している以外にも匿名サイトを運営している製作者の方がいらっしゃるかもしれないので、全作品を無記名で紹介させていただきました。




作品展の参加校の中には、私が4月から通うことになっている専門学校もありました。
私も2年後にはもう卒業設計をしているのでしょうね。勉強の成果が中途半端なまま2年間が過ぎてしまわないように、毎日を有意義に過ごして行きたいと思います。入学を前にして先輩がたの作品を拝見したことは、たいへん励みになりました。
大阪の INAX the TILE space で開催中の、建築家・竹原義二氏と写真家・絹巻豊氏の展示会「100+1のイエ」へ行って来ました。
(開催期間は3月17日の土曜日迄で、日曜は休館です。)
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以前、竹原義二氏の作品「天神橋の家」について記事を書いた折に(→http://blogs.yahoo.co.jp/oz02809/414900.html)、「竹原義二氏とは有名な人なのですか?」という質問を建築関係者の方からのコメントで頂きました。関西に住む私としてはよく耳にする名前ですし、注目している建築家の一人なのですが、作品のほとんどが木造の戸建て住宅であり、全国的な知名度はまだあまり高くないのでしょうか?
想像できることは、作品のほとんどが戸建て住宅なため、建物の持ち主とその周囲の人以外には竹原建築を実際に体感した人は少ないであろうということです。私も竹原建築の前を通ったことは幾度かありますが、竹原建築に関する知識の多くは、たまに雑誌で見かける写真から得たものでしかありません。
写真や図面で見る限りでは、竹原建築では屋外と室内の中間的な空間が多く存在し、一つの空間から次の空間へ移動する途中に半屋外的な空間を通過することもよく起こります。竹原建築では光を使った空間演出への配慮も多く、天井のスリットから差し込む光に洗われる荒い素材の壁、廊下の天井を照らすために高い位置に設けられた窓、廊下の床を照らすために低い位置に設けられた窓など平面図を見ただけでは実際の体験を想像しにくい要素が多く用いられています。私は竹原建築に見られる「壁の微妙なズレ・スキマを使った渋めの空間構成」が好きです。
日本建築家協会ウェブサイト上の「建築に対する考え方は?」という問いに対する一口コメントで氏は「日本の伝統建築がもつ空間の美しさを、現代の空間に置き換え、素材そのものがもつ美しさを表現していきたい。」と、答えていらっしゃいます(→http://www.jcarb.com/KenchikukaShousai_8768420.html)。
「100+1のイエ」会場では竹原義二氏の処女作に始まり、101件目となった自邸までの101のプロジェクトが模型・平面図青写真と絹巻豊氏の写真により紹介されています。↓
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数点については見事な矩計図(かなばかりず=詳細断面図)の青写真も展示されていました。↓
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昨日3月9日(金)、竹原義二氏の記念講演が同氏と交友関係にある建築家の貴志雅樹氏との対談形式で行われました。
若い頃に石井修氏の下で修行した竹原義二氏が、「石井氏から受けた訓練が、今の自分の建築への取り組み方や、自分のスタッフへの接し方に大きく影響している」と話したのを受けて、安藤忠雄氏の下で修行した貴志雅樹氏が「自分も安藤氏から受けた訓練が今の自分に影響しているが、その訓練の種類は竹原氏が受けたものとはかなり異なるのではないか」と話していらっしゃいました。
木造建築の多かった石井事務所では種類の異なる木材を組み合わせていくことにより得られる効果について詳しく話し合うことがよくあったそうです。「素材について事務所内での対話が密でないと仕事が前に進まない」という点は、竹原氏が主催する「無有」という事務所にも受け継がれているそうです。
一方、コンクリートを主な建築素材として使う安藤事務所では、安藤氏から手渡されたラフ・スケッチを図面化していくスタッフには細かい指示は与えられないことが多かったそうで、「これが私の事務所内での対話の少なさにつながっているのでは?」と、貴志雅樹氏はおっしゃっていました。
竹原・貴志両氏ともに、独立後なにか新しいことに挑戦しようとするたびに「これをやったら師匠に調子に乗りすぎだといわれやしないかという思いが抑止力になるので、やり過ぎなくてすむ」というのが師匠を持った人間の利点だということでは同意見なようでした(笑)。
竹原氏のお話では、「異なる素材の組み合わせを楽しむ傾向は年を追うごとに進んでいる」そうで、自邸である101番目の家では木材とステンレスを編み上げることによって作った目隠し壁なども使っているようです。「この目隠し壁に月が反射している様子を寝室から眺めるのが楽しい」と、おっしゃっていました。
この101番目の家にも、意図的にスキマを残して組まれた2階バルコニーの床が落とす影を、1階に居ながら楽しむというような趣向が凝らされているようです。竹原氏は「意図的な演出が生活の中に溶け込むと、それはもう当たり前の風景になっていく」と、おっしゃいます。
「しかし、建築家がどのような演出を意図しても、出来上がった家の使い方を一番よく教えてくれるのはその家に住むことになる幼い子供だろう」と、続く竹原氏の言葉は興味深かったです。
竹原氏は家の引渡し後に施主さんにお願いして、幼い子供がその家で過ごしている様子を写真で送ってもらうそうです。写真に対して子供が身構えないように、子供を後ろから撮影するようにお願いするそうです。幼い子供が午前中は家のどこでどのように遊びたがるか、午後には場所を変えるのか、昼寝はどこでしたがるのか、などを写真から学ぶことを通してその建築を体験することは大変勉強になるとのことです。
竹原氏の言葉にはもう少し耳を傾けてみたくなったので、新しく出版された同氏の著書「無有」を講演会場で購入しました。後で気付いたのですが、巻末に竹原氏の署名が入っていました↓。なかなか味のある署名ですね。
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新日曜美術館-伊東豊雄

昨日放送されたNHK新日曜美術館は「建築 現在進行形 伊東豊雄の挑戦」でした。

司会は檀ふみさんと野村正育アナ、出演は出演順に伊東豊雄氏ご本人、藤森照信氏(建築史家・建築家)、佐々木睦朗氏(構造家・法政大学教授)、飯田尚樹氏(型枠大工・ぐりんぐりん統括工事長)で、45分の放送とは思えないほど盛りだくさんな内容でした。放送で紹介されたのは下に挙げた15のプロジェクトです。

台中メトロポリタン・オペラハウス (2005年コンペ応募案)
アルミの家 (デビュー作1970-71)
中野本町の家 (White U 1975-76)
シルバーハット (伊藤豊雄氏私邸1982−84藤森照信氏の回想つき)
東京遊牧少女の包I (1985)
横浜風の塔 (1986)
八代市立博物館・未来の森ミュージアム (1988-91)
仙台メディアテーク (1995-2001)
リラクゼーション・パーク・イン・トレヴィエハ (2006年12月現在建造中)
サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン (2002)
TOD’S 表参道ビル (2002-04)
Mikimoto Ginza 2 ビル (2003-05)
瞑想の森 岐阜県各務原(かかみがはら)市営斎場 (2004-06)
福岡アイランドシティ中央公園中核施設「ぐりんぐりん」(2002-05、2007年開設予定)
多摩美術大学新図書館 (2007年竣工予定)

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以下は伊藤豊雄氏の番組内での発言をなるべく本人が選択した語彙を尊重しながらまとめたものです。

---放送冒頭の言葉として---

「建築の理想は内と外の区分がないことである。つまり、中でもあり外でもあるという空間は理想の建築空間である。しかし、その一方で建築とは外と中を切ることである。これが僕の抱えている永久の矛盾だ。」

---台中メトロポリタン・オペラハウスに関して---

「(どこまでが床かどこからが壁かよくわからないような建築は)通常の梁や柱をコンピューターによってねじっていくことにより、連続する洞窟のような空間を生み出すことで創造した。・・・(中略)・・・オペラハウスのような建築は長い歴史の中で形態が型にはまってしまったが、元来演劇は、日本の歌舞伎がそうであったように、屋外で行われていたものだ。だから屋外的空間を、開放感を含めてそのまま建物内部に持ち込むことは意味のあることだ。ストリート・パフォーマンスを楽しんでいる時のようなくつろいだ雰囲気を可能にする空間を作りたかった。」

---仙台メディアテークに関して---

「設計の初期から水のイメージを強く意識していた。川の流れにさした棒の後ろにできる渦のような建築を作りたかった。渦は周りの環境(水の流れ)とは少し異質なものであるが、周りが変われば渦もまたそれに対応して変わってゆく。このように周辺の環境にフレキシブルに対応してゆく建築を目的とした。」

---三次元曲面の床について---

野村正育アナウンサー 「(曲面の床を歩きながら・・・)酔ったような気分になり、平衡感覚を失いますね。」(このあと、野村アナウンサーは実際に転びかける。)
伊藤豊雄氏 「でもここに子供達が来ると、どんなに走ったらだめだと言っても走り始めるんですよ。大人の人たちも穴に入り込んでみたり、ねっころがったりするようです。床が波打っているといろんなものが流れ始めるんですよ。」

---最後に、今後の自分の建築について---

「これまで静的であった建築というものに流動性を与えたい。これは建築がもう少し自然界のシステムに近づいていくことを意図している。単に形態を有機的にするのではなく、(建築形態を律する)原理を作り出していきたい。・・・(中略)・・・ものを作っていくというプリミティブな喜びがコンピューターテクノロジーの先にもまだある。仙台メディアテークがオープンしたとき初日から利用者が建物を使いこなしている様子を見て、世の中で建築はこうあらねばならないとされている約束事とは結構いいかげんなものなのだなと思った。それが新しい実験を繰り返すきっかけとなった。無意識に実験を繰り返しているうちに木の上にいるような建築(TOD’S表参道)や洞窟の中にいるような建築(台中オペラハウス)が生まれてきたのは興味深いことである。人間はもともと木の上や洞窟の中に住んでいたのである。高層ビルに一度住んでしまった現代人がそこに戻ることはもうできないが、コンピューターテクノロジーの先にある自然を模索してみたい。モバイルフォーンを使いながらでも自然を感じ取れるような環境を建築的に実現することは可能であるはずだ。ハイテクを利用した結果として生まれてくる建築ではあるが生身の身体にフィットする建築をつくりたい。」

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傾斜地に建設中で2007年に竣工予定の多摩美術大学新図書館では一階ギャラリー部分の床をあえて水平にせず土地のスロープをそのまま利用した傾斜にしているそうです。どういう仕上がりになるのか楽しみです。三次元曲面や傾斜を使った床に対しては、水平面が人間に与える心理的安心感や安全に対する人間の潜在的欲求に反するものだとしての反論もあろうかと思います。番組中に野村アナウンサーがうねった床の上でよろめいたのを見て、「それ見ろ」と言う人もいると思います。しかしあれはスタジオ(もしくは展示会場?)内で、うねった床をその床本来の建築から切り離した特殊な状態での出来事なので、あのシーンだけを見てうねった床に対する正当な評価を下すことはできないと思います。大阪に住んでいる私は伊藤さんの作品を体験する機会がないままでいます。 実際に体験する日までは批判的な先入観は持たないでおきたいと思っています。

「コンピューターテクノロジーの先にある自然を模索してみたい」という伊藤さんの言葉が心に残りました。便利さやコスト削減のためにハイテクに頼るのではなく、人間の生活を人間本来の自然さで潤すためにハイテクを使いこなしてやろうという意気込に裏打ちされた言葉だと思います。

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