天皇、皇后両陛下来県、「勇気づけられた」避難者、感激の涙 「大変でしょうけど頑張ってください」――。27日、東日本大震災で大被害を受けた本県を訪問された天皇、皇后両陛下は、被災者を励まされ、復興にあたる関係者にはねぎらいの言葉をかけられた。被災者らは「勇気づけられました」などと、感激した様子だった。
■南三陸
両陛下は午後1時頃、津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町を訪問された。陸上自衛隊のヘリコプターで歌津地区の伊里前小に着かれると、校庭の端に立ち、家が流されたり橋が壊れたりしてがれきの山になった町を見渡し、そろって黙礼された。
両陛下は避難所となっている歌津中を訪れられ、ひざをついて避難者と話されると、涙を流す人もいた。
同中の佐々木しげ美教諭(42)は、天皇陛下から「生徒さんたちはどうでしたか」と震災当時の様子を尋ねられた。「生徒は全員無事でした」と答えると、皇后陛下が「お導きいただいてありがとう」と声をかけられたという。佐々木教諭は「気遣う言葉が胸にしみて、これからに向けて勇気づけられた」と笑顔をみせた。
皇后陛下は、自宅が流された千葉美奈子さん(53)に「大変でしょうけど頑張ってください」と声をかけ、手を握って励まされた。千葉さんは「避難所生活が長くなり疲れも出ていますが、両陛下のお心遣いと優しさに触れて本当に心が癒やされました」と感激していた。
両陛下は、復興支援にあたっている関係者のねぎらいも行われた。同町消防団の菅原一朗団長(66)は、両陛下から「団員の中に津波の犠牲者は何人ぐらいいましたか」と尋ねられた。「4人です」と答えると、両陛下は「それは大変残念でしたね」と、悲しい表情をされたという。菅原団長は「状況を気にかけて下さっているのがわかり、『町民のために頑張ろう』という思いが一層強くなった」と話した。
両陛下は、ヘリコプターで同町を去られる前、もう一度、海とがれきに向かって黙礼をされた。
■仙台
両陛下は続いて夕刻、約270人が避難する仙台市宮城野区の宮城野体育館を訪問された。段ボールで仕切られた居住スペースに入り、仕切り越しに被災者に声をかけるなど、約20分かけて回られた。ひざをつき、時には手を握りしめて「体に気をつけてください」などと被災者を励まされ、ここでも涙を流す人たちがいた。
津波で家と職場を失った似内真紀さん(41)は「小5の長男がトランプを広げているのを見て、皇后陛下が『七並べわかる?』と声をかけて下さった。声だけで心が癒やされて、職探しなどを頑張ろうと思った」と話した。小野寺可純ちゃん(9)は天皇陛下から「何年生?」と声をかけられた。「ずっと笑顔で、すごく優しいと思った。隣のおばあちゃんも泣いて喜んでいた」と笑顔を見せた。
秋葉けいこさん(51)は「両陛下とも避難所の一人ひとりに、目線を合わせて声をかけられた。ご自身の体を顧みず、大変なスケジュールで来てくださり、感謝してもしきれない」と話していた。
奥山恵美子・仙台市長が、同じ学校区の人々が津波で別々の避難所に分かれ、再び同体育館で一緒になったことを説明すると、皇后陛下は「地域の方が災害の中で一緒に生活できるようになったのは、一つの希望ですね」と話されたという。
■東松島 東松島市の自衛隊松島基地に戻られた両陛下は午後6時10分頃、羽田空港に向かう小型ジェット機が待つ滑走路に出られた。皇后陛下の手には、仙台市の避難所で市民から受けとられ、「ずっと離さずに持っておられた」(村井知事)という黄色のスイセンの花が見えた。天皇陛下は、疲れた様子も見せず、村井知事らに感謝の声を掛けられた。
村井知事は取材に対し、機内の両陛下が、眼下の被災地に驚きと悲しみを隠せずにおられた様子を説明。「宮城は復興に歩み始めたばかり。両陛下の『頑張って下さい』という(県民への)力強いメッセージを感じた」と話した。
(2011年4月28日 読売新聞)
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ただただ、涙。
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