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【政論探求】「開戦排除せず」の重み
6月18日17時4分配信 産経新聞
台湾も中国と同様に尖閣諸島の領有権を主張している。その台湾の劉兆玄行政院長(首相)が
立法院(国会)で、日本との領有権をめぐる争いについて「開戦の可能性を排除しない」と答弁した。
日本の巡視船と台湾の遊漁船の接触事故についての質疑で、
勢いあまっての発言ということのようだが、政治リーダーとしては当然の弁である。
自分のところの領土であると主張する以上、最終的には戦争で奪い取るのが古今の国際常識だ。
サッチャー英首相がフォークランド奪還戦争をやったのも、国際的にはなんら非難されなかった。
台湾にはその国際常識があるのだが、日本にはない。憲法9条の制約によるもので、
そこが日本の外交パワーを減殺させる最大の要因だ。
北朝鮮が拉致問題について「再調査」を約束したことで、対北制裁の部分解除が
進められる方向なのだという。
北朝鮮の手口には、これまで何度も煮え湯を飲まされてきたはずなのだが、
日本政界の一部にある歓迎ムードはいったい何なのか。
拉致問題は北朝鮮の国家犯罪だ。
ひそかに侵入した工作員によって大量の日本人が拉致され、日本の主権が侵害された。
国民の生命を守るのが国家の最高の責務であるはずなのだが、日本政府はこれを果たせなかった。
その屈辱感が政治指導者にいまもあるのかというと、これまたなんともあやしい。
憲法9条があろうとも、主権侵害に対する防衛手段は否定していないのだろうから、
拉致問題は「開戦排除せず」の対象であるはずだ。
対北制裁は戦争の代替手段としての意味があったからこそ、
北朝鮮は「宣戦布告だ」と反発してきたのである。
「開戦」の一歩手前でのぎりぎりの外交交渉なのだという深刻な認識が、
日本政治には決定的に欠けている。再調査の表明程度で一定の進展があったとし、
「それ制裁解除だ」となるのも、そのためだ。
拉致も領土も同様だ。ハナから「竹みつ」であることが分かっているサムライなど、
怖くもなんともない。(客員編集委員 花岡信昭)
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どう間違っても、わが国の首相が同様の発言をすることなんて、
考えられないのであるが、
例えば、安倍さんが首相在任中に、この様な発言をしたと仮定しよう。
恐らく、世論の大半は批判的意見に流れていってしまうのが、
わが国の現状ではなかろうか。
福田首相の弱腰外交について、世論も批判的であるが、
実際に「開戦」などという言葉に対しては、アレルギー反応を示す国民なのだろう
と思う。
戦争なんて、私もできれば避けて通りたい。
死ぬのは怖い。
家族や、仲間が死んでいくのも耐えられない。
だからといって、自分の住んでいる国が犯されて、何もしないなんてことが許されるはずもない。
自らの命や財産が奪われそうになったら、誰だって必死になって、
守ろうとするだろう。
そんな基本的なこともできない国民に我々は成り下がってしまったのか。
9条があろが、主権侵害に対する防衛手段は否定していないとのことであるが、
これは、政治家にみならず、わが国の国民に巣食ってしまった「心」とか、
「スピリット」の問題なのだ。
もはや、9条改正と徴兵制しか、この国がこの国として存在していく為の
術は残されていないような気がする。
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