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第64:あなたならどうしますか?
骨折から1月半が経過して、右手のギプスが取れました。
が、骨折箇所が完治するまでにはあと4週間(一ヶ月)は
安静が必要で、鉛筆を持つのはいいけれど、力をかける
使い方はまだだめだそうです。
ギプスが外れたと同時に、リハビリが始まりました。
それまで当たり前に使っていた指(手)も、1月半も
固定していたので、思うように動くわけもなく、
とはいえ、どんなに痛くても動かさないと動くようには
ならず...そんなこんなで、久々に切羽詰って、
痛い思いをしています。
 
さて、今日は部下(女性)に、自分で仕事に責任を持って
行動してもらうために声かけした一言についてです。

部下はグループリーダーとして、チームをまとめています。
そのメンバーの一人が、研修の受講を希望しました。
部門のルールとして研修受講は部門トップの承認を得る
必要があり、そのための説明責任が発生します。

これまで、私の部門では、(今回の決済事項に限らず)
私が部門長として、組織のトップに説明を行っていました。
私が決済事項を起案する本人にヒアリングし、簡単な資料の
作成を促し、私がそれを説明し承認を得るのが通常であり、
私と起案者(室員)の間に存在するリーダーは、(私が
見る限り)第三者的で、
「Ojaさんが承認をとってくれるから、自分は無関係。」
という考であることが感じ取れました。

本来であれば、そのグループを任せているリーダーなので、
メンバーの決済起案に対しては、その目的や必要性について
説明する責任があり、「Ojaさんが承認を取ってくれるから。」
では、彼女自身の成長にならないなと、常々感じていました。

そして、昨日の出来事ですが、
メンバーが私に決済案件を起案してきました。
たまたま、その本人が休暇を取得していたことと、決済案件が
日程的に急を要する事項であったため、リーダーの女性に
内容を確認しました。
私なりに、メンバーが作成した資料と、ヒアリングした結果
から、上長への説明シナリオを考えていく中で、いくつか
確認したいことが発生し、本人が休暇であったために、それを
リーダーである女性に確認したというものです。
ところが、そのリーダーの女性に確認したところ、
そのリーダーは、決済案件を起案していることは知っており、
内容も概ね理解していたのですが、それを第三者(今回は
組織のトップ)に説明するという視点で考えたときに、
どのように説明して、説得するかということについては
全く考えていない(今までも考えた経験がない?)ことに
気づかされました。
日ごろから、室員の業務についての折衝に関しては、
上長の私がやっていることで、本来リーダーとして
やるべきことまで私がやってしまっていたために、
リーダーが全く育っていない、ことに気づかされました。
(もちろん、そうでないリーダーもいますが、彼女の場合は
 自分がリーダーとして、チームや業務を遂行することに
 ついてのコミットが甘いように感じます。)

これは、ある意味、私自身の責任でもあるなぁ〜と
痛感させられました。

今回の件で、私とリーダーの女性とのやりとりは、
私「この、決済承認を取るために、○○という説明を考えています。」
リーダー「そういう考えもあるのですが、実際は...モゴモゴ...」
私「でも、その説明では上長を説得できませんよ。」
 「承認を取りたいのであれば、必要性をピンポイントで説明しなきゃ。」
リーダー「そうなんですけど、複雑で、説明が難しいんですよ。」
私「その説明を私にさせて、承認を取るように言っていますよね。」
リーダー「そうですけど。」
私「では、○○という説明でいいですか?」
 
と、ここまでのやり取りをしても、リーダーはどうも納得が
いかないようだったので、私は一言だけ彼女に伝えました。
 
 
私「説明は、明日9時からなので、それまでに、
  あなたなら、(組織のトップに)どう説明して、承認を取りますか?
  その答えを考えて、私に教えてください。
  私は、あなた(リーダー)に言われたとおりに説明しますから。」
彼女は今朝始業前に、私のところに来て、彼女のメンバーが作った
資料を修正し、私に説明するポイントを教えてくれました。

マネージャーとして、メンバーの業務をフォローすることは
とても大切なのですが、同時に、自分で考えさせる機会を提供する
ことも同じくらい大切で、そのバランスをとることは、簡単そうで
けっこう難しいなぁ〜と思った出来事でした。

最近、私自身が部門のメンバーとする会話は、
提案してみて、考えを聞かせて(教えて)、どうしたい、
どうすればいいと思う...と、聞いてばっかり。と言われた。
でも、相手に質問を投げかけて考えを引き出すと同時に、
私自身の考えを持ち、相手の提案を想定して考えておく
必要があるので、質問して考えさせるってことは、
自分がそれ以上に考える必要があり、疲れますよね...
 
第63:立場の違い?関係の違い?で考えも変わる
 
 
我が家ごとですが、下のチビ君は毎日のバッティング練習で
いつの間にやら左打ちをマスターしつつあります。

もしかするとどんなことでも、本人を「その気にさせる!」
ってことは、全ての成長に共通するキーワード?かな。
...って、そんな気がしています。
 
 
そしてもうひとつ。
モデリングは成長するための近道(お手本?)で、
真似ることが成長の基本になるのでしょうか。
チビは最近テレビの野球中継を好んでみるようになりました。
ピッチャーが投げるのや、バッターのバッティングを見て
真似しています。
 

昨日、久しぶりに違う部署にいる仲良しの後輩と飲みました。
 
その中の話で、
後輩は今、ある開発チームのリーダーを任されていました。
リーダーとしてはチームをうまくまとめているようで、
開発チーフからも信頼されており、仕事ぶりに対して評価も
されていることが彼の話の中から知ることができました。

しかしながら、その状況下にあっても、彼は自分自身の
仕事に対しての充実感や、評価されていることに対して、
更なるやる気を出すわけではありませんでした。

逆に彼が話すのは、彼以外のチームに対する不満や、
チーフから求められる彼への要求に対する不満でした。
 
もともと彼とは一緒に仕事をしていたこともあり、
彼の仕事ぶりや、性格も知っているので、彼の話の中で
チーフが彼に求める要求や、アドバイスが非常に的確で、
仮に私がチーフの立場であっても同じようなことを言う
であろうと思いながら話を聞いていました。
 

昨晩、私が彼に言ったのは一言だけです。
「もし、お前が○○チーフだったら、お前にどうなって
 欲しいと思う?」
 
おそらく彼自身、私の言ったことは分かっているんだと
思います。彼の答えは、それでも不満があるというのです。
 
そこで、
「では、私がお前のチーフで、同じことを言ったら?」
それなら、私の言うことを聞くというのです。
 

彼のチーフも、私も、彼が今いるポジションよりも
一つ上に上がることを期待し、それを求めています。
彼は頭でわかっても、どこかそれを受け入れられない
状況にあるのでしょう。
 
が、自分が一つ上の立場で、自分を客観視することで
きっと見える世界が広がるのでしょうけど。
 
また、彼の納得度は、求める人によって変わる...
というのも、確かにそのとおりかなとも思います。
 
これが、信頼関係であり、コミュニケーションなのでしょうか。

 

第62回:褒める効果


第62回:褒める効果
 
前回からずいぶんと間が開いてしまいました。
右手が使えず、字を書くのもパソコンのキーボードを打つのも
普段の何倍も時間がかかるようになってからは、ずいぶんと
不精になっているこのごろです。
 
前回書いた子供のいじめに関しては、その前に一度先生に
電話をしたこともあって、事実だけを連絡帳に記載して
先生に伝えることで対応してみた。
が、先生からは結局何の反応もなし...
理解に苦しむ対応です。
 

さてさて、今日は褒めることの効果の実体験です。
我が家のチビ君(下の息子)は、半年前から野球部に
入部して以来、週末は野球三昧の日々を過ごしています。
 
入部時はまだ1年生なのでキャッチボールもままならず、
打つのも普通に投げた球が打てるはずもなく、朝8時から
夕方5時まで一日中球拾いや、走るだけの野球ですが
それでも本人はものすごく楽しんで参加しています。
 
そんな状況ですから、まともに守備を教えてもらっている
わけでもなく、バッティングも教えてもらっていません。
 
ところが、4月を過ぎて2年生になってからというもの、
なぜだかチビ君が、自分から夕食後に家の空き室を利用して
スポンジボールを使ったバッティング練習をしよう!と
言い出して、いつの間にかそれが毎晩の日課になりました。
 

野球をされる方や、指導される方は、夫々持論をお持ちだと
思いますが、以下の話は野球の指導の正否ではなく、
子供の気持ちを考えてください。
 
我が家のチビ君は、右投げ右打ちです。
が、体が小さく、でも足は速いので、左で打てると少しは
そのハンデを克服できるかなという思いで、左打ちを練習
させて、左打ちか、スイッチヒッターの練習をさせると
先々で有利になるかなと思い、夜のバッティング練習の
ときに、左打ちの練習を始めました。
 
最初は、チビも左打ちは体験したことがなく、右打ちなら
そこそこ打てるのですが、左では全く打てない状況なので、
左打ちをとても嫌がっていました。

確かに、打てない左で打つよりも、気持ちよく打てる右で
打つほうが楽しかったと思います。
が、バッティング練習をすする中で、私は左で打つときは
絶対に褒めることに徹してみました。
打てないときは投げたボールが悪く、でもスイングはいいよ!
打てたときは「ナイスバッティング!」と声をかける。

右打ちのときはいろいろと指導をしても、左打ちのときは
一切の指導をやめて、ひたすら褒めてみました。
 
 
練習を始めて2週間が過ぎたころから、気がついたら
バッティング練習をするときに左打ちから練習するように
なって、左でも普通に打てるようになっているチビがいました。
 
チビ自信も、左で打つことに慣れ始めたようで、近いうちに
野球部の練習でも左打ちデビューをしてみると言っています。
 
毎日見るナイター中継(野球中継)でも、それまでは右打ちの
選手が気になっていたチビですが、最近は左打ちの選手が
気になり始めたようです。

更には、ひいき球団の阪神の選手で、普通に打つときは鳥谷や
金本のバッティングを見て練習していますが、バントの時には
平野を見てイメージして練習しています。
 

褒めたら、自分で行動し始めますね。
...でも、それは自分の身内(同じ感覚を持っている)だから?
  それとも、若くてこれからどんどん吸収する年齢だから?
  うちのチビは変化が起こりますが、会社の部下は、なかなか
  思うような行動の変化が起こらないのが悩みです。
 

第61回:いじめの芽?

第61回:いじめの芽?

今日右手の経過を見てもらったところ、概ね全治8週間だそうだ。
ふーん、8週間か...って、2ヶ月ジャン!
ものは考えようですが、8週間よりも2ヶ月のほうがずいぶんと
長く感じるのは私だけだろうか。
 
我が家の下のチビ君が2年生になって1ヶ月半が経過した昨今、
一緒にお風呂に入っていると、時々足や背中や、おなかに傷や
あざを作っているのに気づきます。
 
もともと落ち着きがない本人の資質と、腕白盛りの年頃のため
それほど気にもしていませんでした。
ところが、GWの前頃にチビ本人から、
「クラスの○○君にやられてるんだ。」
と、カミングアウト。
げ、それっていじめ???

まあ、私は小学校2年生のときにクラス全員を敵に回して
大喧嘩をして、素手で教室の窓ガラスを割ったことがあるらしい。
ので、あんまり人のことを言えたものでもないのだが、自分の子供が
被害者ということで、このまま放置しておくのもなぁ〜と思い、
早速担任の先生宛に手紙で状況を伝えたのでした。

大まかな手紙の内容は、
2年生になって子供が体中にあざを作って帰ってくるという事実。
息子が被害にあうことよりも、加害者になっていないかが心配である。
加害者になっている状況があれば遠慮なく教えてほしい。
クラスでそういうことが頻発するような状況にならないように、
担任教師として目配りをしてほしい。

手紙を読んだ先生からは当日早速電話がかかってきたのだったが、
電話の内容は以下のようなもの。
腕白盛りの子供同士なので手が当たったりぶつかったりすることはある。
うちの息子は落ち着きがないので余計にそういう傾向である。
ただし、手紙を書くきっかけとなったあざを作った出来事に関しては
加害者の子供も事実を認めて、息子に対して謝らせた。
(でも、いじめとか、そういうんじゃないですから〜...って)
うちに息子が加害者になっている事実は認められないが、子供同士の
ことなので、今後うちの息子が加害者になる可能性もある
今後は生徒をきちんと見ていく。

???
 
加害者の子供が事実を認めているのに、それに対する対策ではなくて、
子供同士のことなのでよくあることで、うちの子供が加害者になる
可能性があるって...
~~~~~~

そりゃ可能性はみんなにあるでしょう。
だけど、人に危害を加えることは良くないことだってことは、親として
ちゃんと教育しとるわい!
と、思ってしまいました。
 
が、先生に電話でお願いしたのは2つ、
・息子が加害者になったら些細なことでもいいのですぐに教えてほしい。
・クラスでいじめとかがないようにちゃんと見てほしい。

上のお姉ちゃんのときから、担任の先生とは比較的本音で付き合ってきて、
うちの子供が悪かったら、ひっぱたいてもいいからガンガン叱ってください。
と言ってきたし、(実際にそんなことはなかったのだが、)先生も
われわれの意向を汲んだ対応をしてくださっていたのだが、
どうやら今回の先生はそれまでの先生とずいぶんと違う。
 
事なかれ主義というか、何事もないように問題を避けて通ろうとしている
のが見え見えで、こりゃ少しまずいなぁ〜と思いつつ、このまま無事に
おさまればいいのだが、と、そのときの対応は終了した。

しかし...
 
今日も息子と一緒にお風呂に入って、体を洗ってやっていると、
「お父さん、背中の真ん中が痛いんだけど。」
確かに見てみると、背中の真ん中にあざを作っています。

どうしたのか聞いてみると、以前と同じ子に殴られたようです。
 
私「先生とお話して、もうやらないって約束したんじゃないの?」
息子「約束した後だけはやらなかったけど、やられなかったのは
  そのときだけで、今も変わらずやられてるよ。」
 
って、おい!

いじめとか、そういうんじゃないですから〜...って、
いじめじゃなくてもあざを作って帰ってきてるし、手紙でも電話でも
ちゃんと見ていてねってお願いしてるんだから、ちゃんと見てなさい!
 
心配したとおりで、何も対策を打たないと、何も解決しない。
これって、大人の社会とも全く共通することですけどね。

さあ、次の一手をどう打とうか
第60回:当たり前のものが、当たり前でなくなるとき
 
 
GW中に息子が所属している野球チームで、他チームとの
コーチ同士の大人の交流戦を行いました。
子供たちも日ごろはコーチに色々と指導されているので、
コーチたちの実戦ぶりに興味津々。
コーチ陣は、子供たちにいいところを見せようとハッスル。
なかなか盛り上がった試合でした。
その試合でボールを打ちに行ったときに、右手の甲で
ボールを打ってしまい、結果的に骨折、全治2ヶ月と、
かっこいいところを見せた代償は大きかったです...
右手の人差し指と中指の2本を固定しているために、
箸は持てない、鉛筆は持てない(字もかけない)。
パソコンを入力するのも、今までとは勝手が違うので、
5倍くらいの時間を要して入力している有様です。
そんなこんなで、ブログの更新もまたまた間が開きました。

思い起こせば、これまでの人生の中で、毎年のように
骨を折ったり、つめをはがしたり、そこそこ大きな怪我を
してきたように思います。
そして、怪我の度に不自由を感じ、同時に普通に生活が
できることや、当たり前にいつも存在しているものが、
いつもの通りにある、ありがたさを考える体験をしてきた。
不思議なもので、怪我をしているときの自分って少しだけ
いつもの自分よりも謙虚な気持ちになったり、普段やって
もらっている普通のことにも感謝する気持ちになったりします。

普段奥さんにやってもらっている、食後の皿洗いも、
普段なら僕もできるけど、奥さんが先に食べ終わるから
奥さんが片付けていて、当たり前のようになっていた。
ところが、今自分が手を水につけて皿を洗えない状況では、
奥さんにやってもらうしかなく、そうなると奥さんが少しでも
早く楽に片付けられるように、お皿をまとめて運んだり、
ごみを片付けたりと、自分でできる協力をしようと心がける。
お風呂でも、普段は私が子供の体を洗ってやるのだが、
右手が使えない状況を見て、息子が自分から私の体を洗って
くれるというし。
(但し、ちゃっかり毎日のお駄賃を要求されるようだが。笑)

きっと、こういう感覚って、自分を基準に周りの物事や人を
見るのではなく、自然体で見る(無の境地?)ということに
近い感覚なのかなぁ???
と、思ったりする今日この頃。
この感覚で職場で行動できたら、自分も、周りとの関係も
変わったりするのかぁ〜
な〜んて考えると、ちょっと楽しいですよね。

でも、あと1ヵ月半も右手が使えないのは、本当に不便だ!

.


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