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ゆったりおおぞら91号
ライブドアへ乗換予定。93号にお乗り換えのお客様は、8月31日までお待ちください。ありがとう800系。

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こんばんは。REIです。今回は珍しくだいぶ遅い時間帯の記事になりますがご了承ください。

さて、本日私は京急ファンとして欠かすことのできない「久里浜工場」の無架線地帯に初訪問してきました。厳密に言えば幼い頃に一度来ているのですが、何分カメラなども当時は持っていない上、記憶にもなく実質いままで一度も訪問できていない念願の場所でもありました。今回は、私が訪れた際に佇んでいた車両たち・無架線地帯への行き方などをご紹介したいと思います。

Ⅰ・そもそも無架線地帯とはなにか
まずは無架線地帯について軽く説明をしておきます。無架線地帯とはその名の通り京急ファインテック久里浜工場の一角にある、架線の無い留置線群の総称です。
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↑ご覧のように、車上には架線がない。
つまり、ここは京急の車両が解体に向け最後に訪れる場所であり、譲渡されない限りはここで車両としての使命を完全に終えることになります。JRで言うところの「長野総合車両センター廃車置き場」です。

Ⅱ・現在いる車両
2019/5/11時点では、廃車が進行中の800系のうち
「824Fの先頭車輪切りカットボディ」
「821F6両貫通完全体」
「825Fの前方3両」
と、これに保存が決定した2000系2011Fのうち保存されず解体予定の中間車数両が一列に並んでいます。

Ⅲ・無架線地帯への行き方
①バスで行く方法
まずは今回私も使用したバスで行く方法をご紹介。夏は歩くより格段に楽です。
まず、乗るバスは京急バス「久20系統 湘南山手行」のバスです。このバスは始発駅が京急久里浜駅、その次にJR久里浜駅を通るため、京急とJRどちらからでも行くことができます。
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↑吉井バス停。この位置に停車するため、そこから手前側に向かって歩く
そして、このバスに乗車したら10分弱ほどバスに揺られ、「吉井」というバス停で下車します。
ここから車窓を見ていればわかりますがバスが停留所につく前にローソンの前を通過するので、そちらの方面にほんの少しだけ歩きます。(つまりバスと反対方向)
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↑このローソンが見えれば、あとは左側の道に入るのみ。
そうすれば、あとはもうわかるでしょう。見慣れた老兵たちがローソンの横に静かに佇んでいるのが見えるはずです。

Ⅳ・訪問記
それでは、実際の訪問記のほうに入っていきます。このローソンからスタートしましょうか。
①824F
まず道に入って最も手前にあったのが、824Fの輪切りボディでした。先頭車3分の2と思われます。
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最も手前側にある、824-6号車の中3分の1輪切りボディ。すべての機器が取り外され、まさに鋼体のみの状況です。
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もはや生前の面影もありませんが、いつも半分構造が見えている片扉の構造を間近で見ることができるため興味深いですね。
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続いて824-6号車の前3分の1です。ライト・幕はもちろんのこと運転台周辺機器・ワイパー等々ありとあらゆる外せる機器はすべて外してあるためこちらも丸っきり鋼体そのものです。ナンバープレートも付いているように見えますが実際は取付跡です。
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824Fは800系の中でもそこそこ早く離脱し長期間の雨風さらしが続いたため、痛々しい錆や剥がれ割れが見えます。ついこの前まで元気に走っていたと思うと…時間の流れは早いものです。
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隣の821Fと合わせて。解体という運命を共にする旧友たちの最後の姿です。

②821F
824Fの輪切りボディの奥に連なるのが821Fです。この821Fは無架線地帯に連なる車両のなかで唯一完全に6両で組成されて留置されています。他の車両はいくつかにバラされていたりするため、細帯800系の完全体が見られるのはこの821Fがいまのところラストです。
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無架線地帯では最も観察しやすい車両になっています。また、久里浜工場ではあと少しでファミリー鉄道フェスタが挙行され、例年それに合わせて廃車体を整理する傾向があるため工場内の目隠しとしても機能していそうです。
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821-1号車ナンバープレート。-1のみが剥がされており、おそらくフェスタで売り出されることでしょう。
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両先頭車の分散冷房装置と絡めて。幕と車側灯は撤去されています。広告はそのままです。
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写真の通り、京急社名銘板も撤去済み。
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821-1号車の全景。
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続いて821-2号車。こちらも-2だけが剥がれていますが、幕は撤去されていません。どうも中間車は撤去されないみたいですね。
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もう二度と上がることのないパンタグラフ。三角カーボンも823が引退すれば完全消滅です。
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検査表示板は全て潰されています。
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821-3号車全景。他の号車と保存状態は変わりません。
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821-4号車全景。
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青空と太陽光に映る菱形・4扉シルエット。821-5号車
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821-6号車全景。

③2011F
そして821Fの隣には、2018年に一足早く引退した2000系の一部が未だにこの地に佇んでいます。
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821-6号車と顔を突き合わせる2013号車。
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821-6号車に鮮明に焼き付いた「普通」の文字。800系が普通という地味な種別で力強く走っていた確固たる証拠です。
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821-6の隣には2011Fの2013号車が。さすがに一年も放置したからか、窓枠下に錆が目立ちます。
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幕は撤去され、物悲しくなりました。車内は特に改変した痕跡はなさそうです。
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2014号車。草でよく見えず。
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2015号車。特に変わりはなし。
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2016号車。車内が暗くてよく見えず。もしかしたらつり革などが撤去されているかもしれません。
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2017号車。無架線地帯にある2011Fはこれで全てです。おそらく、新本社保存は両先頭車と2012号車となりそうです。

④825F前3両
無架線地帯に連なる最後の車両は、825Fの前3両です。片割れの3両は後述します。
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2017号車のす具隣にある825-1号車。状態は821-1と同じと見ていいでしょう。
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825Fは私が800に乗ったときに最も遭遇率が高かったいわゆる私の「愛車」であり、この場所で再び再会できたことに感無量です…。
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825-2号車。比較的後の離脱のため、塗装などがまだそこまで劣化していません。
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825-3号車。無架線地帯に連なる車両のしんがりを務めます。

これが、無架線地帯にいる車両の全てです。しかし、実際に運用離脱したが無架線地帯に入っていないだけの車両もあるので、まとめて紹介します。
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ここは、無架線地帯からさらにまっすぐ歩いたところです。無架線地帯の隣には工場舎があり、左側にうつるのがそれです。ここにはかつて2011Fが丸々保存され定位置になっていましたが、それぞればらばらになって散ったため、現在はここに800系が連なります。

⑤825F後ろ3両
まず手前にいるのはさきほどの片割れです。これはただ単に無架線地帯の収容力が限界になったからという一時的な措置のため、821が処分され次第引き込まれるでしょう。
⑥827F
私は肉眼でうまく発見できませんでしたが、カメラ越しに825Fの後ろに827Fらしき編成がいることがわかりました。2ヶ月ほど前個まで運用していた細帯最後の編成です。

⑦826Fどこいった??
一つ気がかりなのは、826Fが見つからなかったことです。ホームドア輸送にでも駆り出しているのでしょうか。とはいえ、それ以外の編成はいると思われたものは全て確認できたため、一安心です。

このあと、私は行きのバスの一時間ほどあとのバスに乗って京急久里浜駅に戻り、2ドアクロスシート快特で帰宅しました。

Ⅴ・おまけ 金沢文庫留置線の823F
以上で訪問記は終わりですが、この久里浜工場無架線地帯に来る前に孤高の現役823Fが文庫の留置線にいるところを目撃したので先にそちらに寄りました。どうも車掌室と運転室で京急職員同士が話したりポースを撮影したりしているため、何かの特集本の取材や社内記録の作成などをしていたのではないかと思います。
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Ⅵ・結び
さて、今回は無架線地帯について記事にしてみましたが、いかがでしょうか。
つい先日京急の投資計画が発表され、823F置き換え用の1667編成の製造・さらにそれとは別に8両の製造も記されており、まさか1500系?なんて思ってしまいましたが、さすがに急ぎ過ぎでしょう。1500系鋼製車両の置き換えはもう少し先になりそうですよ。次回来るときには1500がここに居座る日が来るのでしょうか…そのときにはまた、見に行きたいと思います。ご覧いただきありがとうございました。

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