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第一章 家族の歴史と私の生い立ち
(一)祖父たちの時代
一九〇〇年代の中頃、パレスチナの地中海沿岸の町、ジャファ(ヤッファ)━━ 現イスラエルのテルアビブジャファ ━━ で、地元特産品オレンジの貿易を営んでいるパレスチナ人の家族がいました。広大なオレンジ畑を所有し、産物は、王冠をモチーフにした商標を使って、イギリスに輸出しておりました。家長のいとこには、地域のリーダー的な存在で、常に武器を携帯して歩く有力者もいたようです。このパレスチナ人の家族の名は、ooooooo家。同家には八人の子供がおり、次男は、名前をoooooooといいました。歴史をさかのぼると、一族の中には、トルコの植民地時代、アルカリルとエルサレムで、税務署長を務めた者もおり、その名が記された書類も現存しています。アラビア系の名前で、エルが付くものは、その一族が相当な地位と力を持っていたことを示しているのです。
当時、パレスチナではアラブ人とユダヤ人との間に争いは起きていたものの、この家族の住んでいた辺りは、まだ平和が保たれており、家族は豊かな生活を楽しんでいました。・・・・・・・・・・
しかし、この家族にとって幸福な時代は長く続かず、他のパレスチナ人と同様に、歴史の荒波を受け、苦難の時代を歩むことになります。パレスチナ人はどうして今も昔も悲しい試練の時を過ごさなければならないのでしょうか。ここで、パレスチナの歴史を短くまとめてみましょう。
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