野球がグローバル化しない理由がわかった気がするプロ野球の統一球を飛びやすく変更したことをNPBが公表しなかった問題で、
まあ、コミッショナーの発言聞いて納得できる奇特な人はほぼいないでしょう。
セクハラで問題になった柔道連盟もですが、日本のスポーツ界を牛耳る上部団体のお粗末さというか、低レベルさに呆れるしかないのですが、その下でプレイする選手達もたまったもんではありません。
しかし、今回の統一球問題でふとした疑問が湧きました。
その前に、報道等で出ている問題を整理。
★統一球の定義は「12球団で統一した規格の球」のことである。(アメリカメジャーやWBCの規格に統一することではない)
★国内では公式球を供給できるメーカーは4社ある。
★最初、製造するミズノ社側のミスがあったが、NPB側がそのことを公表しないよう策を講じた。
★ホームラン数のデータでは、明らかに飛ばない統一球の導入前後で本数が倍近く違っている。
気になる事実?はこのぐらいなんだけど、一番問題の使用球について長いプロ野球歴史上、球団毎に規格が違っていたということと、それを格段に問題視してなかったこと。
WBCが開催されるようになって、国際規格みたいな話しが出てきたんだと思うけど、すんごい疑問なのが「何故、ボールだけが統一されなければならないのか?」ってことです。
野球も球技なんで当然、ボールの規格がバラバラだったら困るでしょうというのは事実なんですが、プレイする競技場(球場)は各地バラバラでもいいの?というごく自然な疑問であります。
日本とアメリカで違うのはもちろんですが、国内だけみてもレフト、ライト、センターのスタンドまでの距離がそれぞれで微妙に違いますよね?
ピッチャープレートからホームプレートまでの距離や塁間は統一されていますが、球場全体の広さは統一されていません。
昔の甲子園球場なんてラッキーゾーンってのがあったぐらいです。
(最近また復活したんでしたっけ?)
言ってみれば、ホームランの出やすい球場、出にくい球場があってそれが野球の特色でもあったわけです。
これがサッカーやバスケット、テニスなどで考えたらどうでしょう?
コートの広さが使用会場ごとでバラバラというのは聞いた事がありません。
なぜ野球は球場の広さが統一されていなくても良いか?
一つには、野球はショーの要素が強いということ。
そして、得点の方法はホームランだけではないというスタイル。
ホームランは誰の目にもわかりやすい華のある得点方法ですが、塁感をヒットで激走してのクロスプレイによる得点だってあります。
そういう意味では、そう極端に違わなければ球場の広さがバラバラでも、野球という娯楽を楽しむには充分なんでしょうね。
なので、仮に統一球を導入するんであれば球場の広さも統一しなければ意味ないのではないでしょうか。
公平性、統一性を求めるつもりが本当にあればですが。。
今回の問題見ていると野球って高校野球含めて、やっぱりムラ社会の娯楽なんだろうなと感じます。
曖昧さがあって当然であり、新参者、異質な者は排除されますが、輪の中で楽しむには充分な要素を満たしているスポーツ娯楽、それが野球なんじゃないですかね?
オリンピック公式競技に野球を復活とか言ってますが、ボールも球場も規格がバラバラで良いと自分達で決めているスポーツを公認するには無理があるように思えます。
本当に野球を世界的に普及させたかったら、世界統一規格を作る覚悟が必要では?と思ったわけ。
ちなみに、ミズノ社のコンプラ違反とかは問われないんですかね? |
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