長文&ネタバレあり♪いいもの見せてもらった、としか言いようがないアニメでした。
終わって欲しくないと思いながら観てましたね。
この作品について語るには、その物語の特殊な設定や背景を説明しておく必要があります。
近未来の日本、そこはシビュラシステムによって人間の心理状態を計測し管理される社会。
それはPSYCHO-PASSと呼ばれ、人間の能力やストレス等をデータで把握し職業までも決めてしまうシステムなのですが、最大の特徴は人間の中にある犯罪係数という潜在数値を計測し、罪を犯してなくてもそれが高ければ潜在犯として裁くというものです。
このシステムが導入されたことにより、人々はあらゆるストレスから解放され、どんな仕事に就くのかということでも悩まなくてよい社会になったのであります。
シビュラシステムが潜在犯を見つけてくれることや、ドローンと呼ばれるITロボットのおかげで、最小限の組織と人員で治安維持が可能になりました。
その治安維持にあたるのが、厚生省公安局刑事課の監視官と執行官達。
執行官は実質的な捜査をする刑事で犯罪捜査の能力に長けている反面、犯罪係数が高い潜在犯でもあります。
そのため、執行官が暴走しないよう彼らの監視する役目を負うのが、監視官というわけです。
物語において監視官はエリート職業という位置付けなのですが、犯罪者や執行官のアブノーマルな精神世界や環境に必然的に接するため、監視官自身の犯罪係数が上昇するリスクもあり、過酷な職業でもあるのです。
犯罪者に接したり、異常な環境下に置かれた時に犯罪係数が高まることを「色相が濁る」という言葉で作品内では表現しています。
彼らは、シビュラシステムに直結している武器、「ドミネーター」を使用することができます。
(ちなみにドミネーターの音声役は、日高のり子)
拳銃のようなものですが、生体認証機能が付いており認証されないとロックされ発砲不可となります。
最大の特徴は、犯罪者もしくは被疑者にドミネーターを向けると、対象者の犯罪係数を測定し規定値を超えた場合のみ発砲することができるというもの。
逆に、犯人を捕らえようと思ってもドミネーターの数値が規定値以下だとロックされてしまいます。
全てはシビュラシステムが判定するというのがミソ。
この作品の主人公は2人いて、一人が執行官である狡噛慎也、もう一人が新人監視官として赴任してきた常森朱(あかね)。
狡噛も元々は監視官だったのですが、自分の部下がある事件で殺されたのきっかけに犯罪係数を上昇させてしまい、その後セラピーも受けなかったため執行官に格下げされたのです。
物語はこの2人を軸に展開していきます。
この細かい設定や世界観だけでも生唾ゴックンなのに、きめ細かい作り込みまでしっかりしているのですからレベルが高いと言えましょう。
さらに世界観にリアリティを持たせているのが、人口減少を受けヒトの活動区域は都市部に集中し、「農業」は既に喪失、無人となった北陸の穀倉地帯にあるオートメーション工場で生産される食料で100%自給している時代になっているということ。
無人化システムの食糧自給はともかくとして、人口減少の対策として都市部に居住空間を集中させるというのは今後ありえる話しです。
だって、そうした方が効率が良いですもんね。
この作品には、そうした経済学的エッセンスも仕込んであるので余計にハマるのです。
また、個人的な話しですが、僕自身ハルキストならではのお気に入りポイントもあります。
狡噛らが追うもう一人の主役キャラ槙島が言うのが「紙の本を読みなよ」。
この時代、紙媒体のものは既に古典的遺物になっているのでしょう。
そして、作中登場する本がいくつかあるのですが、そのうちの一つがプルーストの「失われた時を求めて」とかジョージ・オーウェルの「1984年]とか。
特に「失われた時を求めて」がモチーフになっていると感じられる部分もあり、村上春樹氏の「1Q84」にも登場します。
繋がっているなぁと、ひとりでニヤニヤ♪
話しが逸れましたが、公安局の前に立ちはだかるのが、様々な殺人事件の裏に潜む槙島聖護という人物。
彼は、どんなに犯罪を犯しても犯罪係数が上昇しない特殊な色相を持っており、免罪体質と呼ばれています。
つまり、ドミネーターで槙島を計測しても犯罪係数が規定値に達していないので、シビュラシステムが対象外と判断し武器が使用できないのです。
槙島が人を殺す理由、それは人は自らの意志で選択・行動するからこそ価値があり輝けるのであり、シビュラシステムによって自らの意志を放棄した人間には存在する価値が無いというものです。
槙島は「僕は人生のプレイヤーでいたい。」という台詞を言ってますね。
しかし、執行官である狡噛は槙島に対し、社会から仲間外れにされイジけている只の孤独な人間だと言い追い続けます。
一方、常森朱はシビュラシステムの真の姿を知ることとなり、そのシステムによって動かされている社会、シビュラが絶対的正義であることにに対し苦悩します。
観ていると、狡噛と槙島の2人は陰と陽なんですよね。
コインの裏表のように、決してそれは合わさることはないけど、両方がなければコインとして成立しない。
陰と陽を併せ持っているのが人間本来の姿であるのに、シビュラシステムによってそれが崩壊してしまったのです。
自分に欠けている陰陽それぞれの部分を取り戻そうと、お互い対峙しつつも無意識に求め続けているのです、狡噛と槙島は。。
その2人を元のコインのように繋ぎ合わせる媒介の役目になっているのが、常森朱ということなんでしょう。
常森朱は頑なに法を守り、槙島を殺そうとしませんでした。
(常森朱は、自分の友人を目の前で槙島に殺されています)
その法と秩序はシビュラによって作られたもの。
でも常森朱は言います。
「法が人を守るんじゃない。人が法を守るんです。…怒りや憎しみの力に比べたら、どうしようもなく簡単に壊れてしまうものなんです。より良い世界を作ろうとした過去の人達の祈りや無意味にしてはならない。最後まで頑張って、守り通さなきゃいけないんです。あきらめちゃいけないんです。」
コインの裏表がもう一度背中合わせになって、コインがコインとしてあり続けるための答えがこれなのでしょう。
どんな法であっても守り抜くことに意義がある。
僕は、古代ローマに登場したカエサルの言葉を何故か思い出しました。
「始めた時は、それがどれほど善意で発したことであったとしても、時が経てばそうでなくなる。」
シビュラシステムによる社会統治も、最初は人間にとって役に立つもの、良いものだという思いでスタートしたけど、時間の経過とともにそれは最初の目的とは違うもの、もしくは有害なものへと変わっていく。
またカエサルは「人は現実の全てが見えるわけではなく、多くの人は自分が見たいと思う現実しか見ようとしない。」とも言っています。
シビュラシステムに管理されたこの世界の人々は、まさしくそうです。
逆に、見たくない現実も見ることができる、それが常森朱というキャラなんでしょう。
最初の頃からすると、彼女の成長ぶりは目を見張るものがありますね。
常森朱監視官の成長物語と観てもいいかもしれません。
ですが結局狡噛は、槙島をリボルバーで撃ち殺します。
というか、槙島自身が狡噛に殺されることを望んでいたのですが。。
トラックが横転し、麦畑の中を槙島が逃げ狡噛が追うシーンがきれいで印象深いです。 べた褒め状態の感想ですが、もちろん不満が無かったわけではありません。
槙島は人生のプレイヤーとなるべく、シビュラシステムに喧嘩を売りましたが、狡噛はあくまでも槙島を殺すことだけに執着しました。
シビュラシステムのPSYCHO-PASSで管理されている社会に対して、狡噛は一歩引いた立ち位置なんですよね。
僕らの目から見たら異様に映るシビュラシステム、全ての病的根源はそこにあるのは明確なのに狡噛のディレクトリは向かいません。
ストーリーも、シビュラシステムV.S主人公(公安局)には最後までならないのです。
逆にそこにもリアリティが追求されているのかも。。。
狡噛や常森朱がどんなに優秀であろうと、一国を管理するシステムに簡単に立ち向かえるわけないですから。
なのでラストは、常森朱がシビュラシステムに向かって「尊くあるべきはずの法を、何よりも貶めることは何だかわかってる?それはね。守るに値しない法律を作り、運用することよ。人間を甘く見ないことね!!私たちはいつだって、よりよい社会を目指してる。いつか誰かがこの部屋の電源を落としにやってくるわ。きっと新しい道を見つけてみせる!シビュラシステム!あなたたちに未来なんてないのよっ!」
と言うのが精一杯。
シビュラは、そういう常森朱に対し「もっと抗え」と上から目線で言うだけです。
この感じ、漫画版「風の谷のナウシカ」のラストを思い起こします。
ナウシカは物語の最後、旧人類が作り上げた墓主に対し言い放ちます。
「私達の身体が人工で作り変えられていても、私達の生命は私達のものだ。
生命は生命の力で生きている。
その朝が来るなら、私達はその朝に向かって生きよう。 私達は血を吐きつつ、くり返しくり返しその朝を越えて飛ぶ鳥だ。 清浄と汚濁こそが生命だ。 生きることは変わることだ。 王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう。 腐海も共に生きるだろう。 だが、おまえは変れない。組み込まれた予定があるだけだ。 死を否定しているから。 真実を語れっ! 私達はおまえを必要としない!」 憎しみも争いも全ては人の業であり、それを捨てた人間は人間で無いということなんですが、奥底に流れるものはPSYCHO-PASSも一緒でリンクしているなと感じました。
そのシビュラシステムがこれからも存在し続けるというエンディングに、もどかしさを覚えつつも「やっぱりそうだよねぇ」と納得せずにいられなかった自分がいました。(ナウシカは墓主を破壊しましたが)
時が経ち、新しい監視官(物語中、事件に巻き込まれた女子高生)が常森朱の部下として登場、先輩監視官は「執行官達は信頼できるが用心しろ。舐めてかかると大けがする。君が預かる部下達よ。」と後輩に忠告します。
ここ、第1話のオマージュになっていて芸が細かい。
後、他のキャラクターももう少しコミットして描いてもらえれば、より良かったかなと。
続編を作ろうと思えば、できそうな終わり方でしたね。
このアニメは是非見て損なしというのが僕の感想でありました。 |
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