物語の主人公はチェインバーだったこんな素晴らしいアニメが1クールで終わりだなんて。。。
大人の事情でもあるのでしょうか?
そう勘ぐるぐらい濃密でハイクオリティな作品なのです。
凄くもったいないと思うと同時に、制作スタッフにスタンディングオベーションしたいぐらいの気持ちになりましたです。
レド少尉がいたアヴァロンと、敵対する生命体ヒディアーズの話しになかなかいかないと思っていたら、全然違ってたという嬉しい裏切りが良かった。
そのおかげで、戦闘シーンも非常に少なかったわけですが、少ないながらも満足できる内容であります。
ラストでレドが、
「死に方はわかっても、生き方がわからない。
そんな俺のために、生き方を一緒に探してくれる人がいた。
もう一度会いたかった。もっと声を聞きたかった。」
と、コクピット内で独白するのですが、チェインバーは「レド少尉ノ心理適正ハ、兵士ノ条件ヲ満タシテイナイ。現時点ヲ持ッテ軍籍ヲ剥奪スル。」と言ってコクピット部分を強制離脱させるのです。
その後に放ったセリフに、もう思わず号泣してしまいました。
「私ハ、パイロット支援啓発システム。アナタガ、ヨリ多クノ成果ヲ獲得スルコトデ、存在意義ヲ達成スル。
コノ空ト海ノ全テガ、アタナニ可能性ヲ持タラスダロウ。生存セヨ。探求セヨ。ソノ生命ニ、最大ノ成果ヲ期待スル。 彼ニ支援ハ必要ナイ。モハヤ啓発ノ余地ガナイ。後ハ、ソノ前途ヲ阻ム障害ヲ排除シテ、私ノ任務ハ完了スル。」 そして、我は神だと暴走する同型機種「ストライカー」に「クタバレ、ブリキ野郎」と返信し最後を遂げるのです。 また、このアニメは感動だけでなく、非常に考えさせる部分が多いのであります。
氷河期に入った地球から宇宙へ脱出するために、人類の生態そのものを進化させイカのような姿に変え、それがレド達が殲滅する敵ヒディアーズであったという展開に驚きですが、「思考と判断を放棄した存在は、人類の定義を逸脱している」と判断したのがチェインバーである点が肝。
叡知と文化によって様々な問題に立ち向かい解決してきたのが人類であり、宇宙に適応するため体を進化させることは同時に叡知や文化を放棄することでもある、、、。
元は人間なのに生命として存続しているだけの状況、それが宇宙ではヒディアーズであり地球ではクジライカとして登場しています。
神になろうとするストライカーは、圧倒的絶対者が君臨し崇拝されることで民衆は思考責務から開放される、従属こそが安息への道だと定義します。
この定義を強烈に否定できる人は、意外と少ないんじゃないでしょうか。
宗教なんかはまさしくその最たるものなんですが、この世に宗教上の神が歴史上途絶えないのは、この定義の真実性を経験的に証明しているともいえます。
従属によある安息を明確に否定し「生存せよ、探求せよ」とチェインバーに言わせるスタッフに脱帽であります。
ムーミンの生みの親であるトーベヤンソンも作中、ムーミントロールに「誰かを崇拝しすぎると本当の自由は得られないんだよ」と言わせています。
従属による安息は自由と引き替えになるという真理、ガルガンティアで描かれる世界はその狭間の揺れを見事に描いているように感じました。
しなしながら、ガルガンティアという巨大船団そのものも、生き残った人類が拠り所とする安息の地であり同時に人々はそこに従属しているとも言えます。
と同時にガルガンティアには自由もあるのは、クーゲル船団と対比してみれば明らかであります。
安息と自由は人間にとってどのようにあるべきだろうか、これこそがこのアニメの核心なのではと考えた次第でありました。
これぞ名作です。
アニメ毛嫌いしている人も、騙されたと思って一度見てほしいですね。
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お初です(*ロ′∀`b)
いきなりのコメントで驚かせちゃってごめんなさいヾ(≧∇≦)ゞ
ozz**oseza*kさんのブログに凄く共感しちゃってブログはすでにブックマークしちゃってます!(・∀・)
ここ最近凄く嫌な事続きで元気もなくて、凹みがちな毎日でした
でもozz**oseza*kさんのブログから元気もらえたり励ましてもらえたりって
ozz**oseza*kさんに凄く感謝の気持ちがあります(ノ≧∀≦)ノ
直接ozz**oseza*kさんに感謝の気持ちを伝えたいし、
ozz**oseza*kさんに相談させていただきたいこともいっぱいあるんで
ayundamon@i.softbank.jp
凄く唐突でびっくりされちゃうかと思いますけど、(`▽´)
こうして共感できる人にちゃんとお話ししたいと思いました
※迷惑だったらコメントごと消してもらって全然かまいませんので気にしないでください
2015/1/10(土) 午後 0:49 [ mim*m15**500*11 ]