Pochi の 神戸・大阪 行ったり来たり

旨い、美味しいなどの単語を使わずに、どれだけ表現できるか。

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 尼の商店街を歩いていますと、足下に手形がありました。


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 ああ、ワタクシの世代がよく知っている芸人さんの手形ばかりです。



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 横山やすし、西川きよし。


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 木村進、間寛平。


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 島田紳助、松本竜介。


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 林家小染、桂三枝。


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 オール阪神巨人。


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 西川のりお、上方よしお。


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 今いくよ、くるよ。


 懐かしい名前ばっかりやっ! あ、現役の人もいるか。



「手形プレート」
1982年に新三和サンロード商店街がアーケードを新築した際、真鍮製の手形プレートをアーケードの歩道タイルに埋め込んだものです。手形プレートはサンロード商店街にある3ヶ所の交差点に、80年代阪神タイガース・阪急ブレーブスの名選手や人間国宝になられた桂米朝さん、吉本興業のタレントなど有名人のサイン入り手形48点が埋め込まれています。




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 「尼」の出屋敷駅から線路沿いの大阪方面に歩いていますと、古い、実に味のある建物があって「大衆喫茶」と書いてあります。


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 大衆食堂ならば、まだなじみのある言葉ですが、大衆喫茶って、どういうことだろう?

 尼崎支店?

 ほかに、本店があるのでしょうか?


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 それよりも何よりも、この年季の入ったお店で、まだ営業しているのでしょうか?

 夜だったので、このお店の営業時間が終了して閉まっているのか、それとも閉店しているのか? よくわかりません。

 伝わってくる感じでは、廃墟ではなさそうです。

 次々と疑問がわいてきましたが、解決の糸口は見つからなかったのでございました。





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 地球儀を見ると狭いように感じる日本にも、いたるところに秘境と呼ばれるところがございます。

 そのひとつ、四国の山奥の祖谷にある「かずら橋」があります。

 そのかずら橋は、山口県の「錦帯橋」、山梨県大月市の「甲斐の猿橋」と並び、日本三奇橋の一つにも数えられています。甲斐の猿橋って、知らんぞ・・・・・

 一度は行ってみたいと思っておったのですが、公共の交通機関で行くにはあまりにも遠く、車で行くのもしんどい山奥ですので、日帰り観光バスで行ってきました。

 朝の7:30に大阪集合で、現地に13:00頃到着です。ああ、らくちんだ。

 めっちゃ山奥にあって、道が整備されているからいいけど、昔は大変だっただろうな。平家の落人が潜んでいるにふさわしい奥地です。

 バスが止まった駐車場から5分ほど歩くとかずら橋です。


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 かずら橋は一方通行です。それを聞いた時、帰ってくるときどうすんねん、遠回りせんとあかんの? 歩くんしんどいやん、って思ったのですが、現地には「かずら橋」の少し手前に橋がかかっていて先に渡ることができ、それからかずら橋まで行って、料金所を通って橋を渡ります。


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 思ったよりも大きな橋です。


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 みんな、橋の手すりにしがみつきながら歩いておりまして、なんじゃい、普通に渡られへんのかいなと思いながら橋を渡り始めます。


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 げげっ、橋の床の所「さな木」(渡し木)と呼ぶそうで、板を蔓で編んで橋床にしているのですが、それらの隙間が20cmぐらいあいてます。


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 その隙間から、祖谷川の流れが見えます。


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 デブでちびで禿のワタクシは、その間を落ちることはないとわかっているのですが、短い脚がかなりの所までずぼっとはまり込みそうでございます。


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 そんなにでもないですが、揺れてます。

 足元がしっかりしていないってこんなにも不安なもんだな。

 緊張感がとてつもないです。

 手を離すことができません。


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 五分ぐらいで渡り終えることができました。





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かずら橋 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

 かずら橋(かずらばし)は、サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊り橋。徳島県三好市西祖谷山村善徳にあるものが著名である。

 祖谷のかずら橋の場合、古文書によると、かつては7ないし13の橋が存在したとされる。最古のものは、1646年(正保3年)の「阿波国図」にかずら橋が7つ存在したと記録されている。また1657年(明暦3年)「阿波国海陸度之の帳の写」の祖谷紀行には13のかずら橋があったとされる。

 起源はその昔、空海が祖谷に来たとき困っている村民のために架けたとか、あるいは平家の落人がこの地に潜み、追手が迫ってもすぐ切り落とせるように葛を使って架設したとの伝説もあるが定かではない。





祖谷のかずら橋 出典: 『徳島県観光情報サイト「阿波ナビ」』より抜粋

 緑の葉陰から浮かび出て、両岸の老木に重みを託し、そよ風にゆらゆらゆれるかずら橋。
祖谷川の清流にその影を映す悠然とした姿は、四季を通して自然と調和した美しい景観を生み出します。
 冬場の厳寒な山野で採取した自生の「シラクチカズラ」を編み連ねて創られるかずら橋は、当時の人々には大切な生活路として祖谷川各所に架けられていたそうですが、今では西祖谷山村の「祖谷のかずら橋」 と東祖谷の「奥祖谷二重かずら橋」を残すのみとなっています。
 かずら橋の由来は、祖谷に巡行された弘法大師が困っている村人の為に作ったという説や、追っ手から逃れる平家の落人が楽に切り落とせるようシラクチカズラで作ったという説等諸説が残っています。
 村人に護られてきたかずら橋は、訪れた人々に遠い昔の祖先の暮らしを感じさせてくれます。


 三好市西祖谷山村にある「祖谷のかずら橋」は、日本三奇橋のひとつとして知られています。重さ約5トンにもなるシラクチカズラで作られおり、3年毎に架け替えが行なわれます。
 現在は周辺が整備されており、大型バスやマイカーでも訪れることのできるスポットになっていますが、その昔は断崖を通らなければ辿り着けない「秘境」でした。

 一歩踏み出すたびに軋んでユラユラと揺れる橋はスリル満点!

 長さ45m・幅2m・水面上14m。 (国指定重要有形民俗文化財)

住所:三好市西祖谷山村善徳162-2
料金:大人:550円 小人:350円
時間:日の出〜日没、年中無休








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 四国の徳島県の山奥に、大歩危、小歩危というところがあります。歩危を「ぼけ」と発音するのが印象に残って忘れることがない秘境です。

 旅の難所で、大股で歩くのも危険な大歩危、小股であるくのが危険な小歩危、よくわかりませんが、どちらにしても危険なのでしょう。


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 バスツアーで、大歩危まで行きました。


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 四国三郎、吉野川が山の中にえぐった、V字の峡谷です。

 舗装された二車線の道路ができているのでバスでも簡単に訪問できるのですが、昔の、ちゃんとした道がなかった頃って、どうやってこのV字渓谷を旅したのでございましょう。平家の落人は、どのような苦労をして大歩危よりもさらに奥地の祖谷まで逃げ延びたのでございましょう。

 おもしろいことに、ATOKを使っていると祖谷(いや)って変換できるのですが、MS-IMEですと、変換できません。
 祖谷が変換できるとは、さすが、四国の会社でございます。

 Windowsが一般的になる前は、主流のOSはMS-DOSで、そこにワープロソフトを走らせて使っていたのでございます。その時代のワープロソフトの主流を一太郎と松が争っておりました。ワードなどが使われるずっとずっと昔の話でございます。
 当時のパソコンはパワーが無く、ワープロソフトを使うと動きが悪かったので、エディターにFEP(かな漢字変換ソフト)だけを乗せて、TXTファイルで文章を書き、パソコン通信でアップするのがおしゃれでございました。エディターはMIFES派とVZ派があり、FEPは、松に搭載されていたマツタケと一太郎に搭載されていたATOK、フリーソフトから商品化されたWX2などがありまして、このような話をしていたら、どんどん大歩危小歩危から話が遠くなるので話を戻しましょう。

 閑話休題。


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 写真って大きさがわからないのですが、この写真の中央付近の白く泡立っているところが、次の写真でございます。


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 ラフティングの大会があるらしく、ゴムボートで激流を下っている集団がありました。渦巻いている水を突っ切って川下りをしているって、とっても勇気がいるなぁ。


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 吉野川の渓谷、大歩危で遊覧船に乗りました。

 とても深い渓谷です。

 駐車場から、遊覧船の乗り場のある水面まで降りるのに、ずいぶん下らなければいけません。

 山奥の吉野川の水量がとても多く、とうとうと流れています。


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 左の崖の上を走っている道路の街灯の高さと比べてみてください。

 遊覧船の船頭さんが、このあたりの水深は10mぐらいあると教えてくれます。

 台風などがくると、すごく水かさが上がると教えてくれます。


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 見上げて、草木の生えているところと、岩がむき出しの部分が明確に線になっています。きっと、あの線のところまで水量が増すことは珍しくないんだろうな。


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 地層が傾いています。一瞬、柱状節理かと思いましたが、そうではなくて、地層が傾いているのでございました。

 船頭さんが教えてくるには、この地層の傾きが、もう少し川下の小歩危ぐらいまで来ると反対向きに傾いているそうです。
 大歩危と小歩危の間ぐらいで、なにかの加減で盛り上がったと想像されているそうです。


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 この岩が、獅子岩って言って、薄めで遠目にみると、ライオンみたいに見えます。
 右の所が口で、ちょっととんがった鼻です。


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 川岸にはいくつも滝があります。


 船着き場についてから駐車場に上がるまでの階段で、息が切れてしまった体力不足のワタクシでございました。



大歩危 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

 大歩危(おおぼけ)は、吉野川中流域に位置する渓谷(先行谷)。

 吉野川西岸の徳島県三好市山城町西宇地区の歩危茶屋付近から高知県長岡郡大豊町大久保地区の一部までと、その対岸となる徳島県三好市西祖谷山村の一部を指す総称でもある。
 峡谷そのものを指す場合は大歩危峡(おおぼけきょう)と呼ばれることが多い。

 夏季には多くのラフティング・カヤック愛好者を集めるほか、百年以上の歴史がある大歩危峡遊覧船で知られている。
 数km下流の小歩危(こぼけ)と共に、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)として一括りにされることが多い。剣山国定公園に含まれている。

 一般には「大股で歩くと危険」が「大歩危」の地名由来とされているが、本来「ほき、ほけ」は渓流に臨んだ断崖を意味する古語である。「崩壊(ホケ)」とも書き、奇岩や怪石の多い土地を示している。

 この地域の地質は三波川帯に属し、8千万年〜6千万年前にできた変成岩類で構成されている。変成岩中に礫(れき)の原型を留めた礫質(れきしつ)片岩が含まれているものもある。
 大歩危の礫質片岩は含礫片岩として徳島県天然記念物に指定され、2014年3月18日には国の天然記念物に、2015年10月7日には国の名勝に指定された。



大歩危峡遊覧船 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋

 大歩危峡遊覧船(おおぼけきょうゆうらんせん)は徳島県三好市の大歩危峡を行き来する観光遊覧船。

 明治24 - 25年頃、国道開通景気にあおられて宿屋兼飲食店(現在のレストラン大歩危峡まんなか・峡谷の湯宿大歩危峡まんなか)を始めた大平磯吉(山城町水無)が一艘のかんどり舟を仕立ててきぎや鰻の漁を始めた。朝夕に吉野川を上下する内、その景観にうたれ、宿泊客を舟に乗せて大歩危を見せ、喜ばせた。

 現在は大歩危峡観光遊船(有)として運営しており、5艘の舟で船頭の軽快な説明を受けながら、多くの観光客に大歩危の奇岩・怪岩を堪能できるようになっている。






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 溝の口駅の駅前に西口商店街という、極めて昭和なところがあります。


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 入り口のあたりまで焼鳥のいい匂いがただよってきます。

 目に付いた立呑に入ってみましょう。

 玉井西口店です。

 カウンターにたち、まずはハイボールを頼みましょう。


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 メニューをみますと、ほんまもんの焼鳥屋さんです。焼鳥屋といいながら焼トンも出しているのが東京地方の焼鳥屋なのですが、串焼をみると焼鳥ばかりです。


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 あ、2本縛りだ。5本セット\600がありますのでそれにしましょう。久しぶりにタレで。


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 どのような組み合わせの五本でしょうか。いつもムネモモ問題を口にしているように、ワタクシさくっとした胸肉とかささみより弾力のあるもも肉が好きなのでございます。

 砂肝ニンニクも頼みましょう。


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 ハイボールのジョッキが大きくてうれしいです。


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 砂肝ニンニクがやってきます。


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 スライスしてゆでた砂肝にニンニク醤油をかけてあります。砂肝の歯ごたえが大好物でございます。この食べ方もいいな。


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 焼鳥がやってきました。


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 おおおお、大きい。右端の手羽が目立って大きいのでございます。そして、肝、ねぎま、ササミ、正肉でございましょう。


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 ああ、残念だな。ハツとか皮とかズリとかがない。いつもは食べないササミは、やっぱり弾力がなくてもの足りませんでした。



大衆酒場 玉井 西口店 食べログ
住所 神奈川県川崎市高津区溝の口2-7-11
TEL 050-5869-7930 (予約専用番号) 044-833-5775 (お問い合わせ専用番号) 予約可
営業時間 15:00〜24:00(L.O.23:30) 日曜営業
定休日 年中無休
カード 不可
席数 100席 (2階 座敷あり)
個室 無
貸切 可 (50人以上可)
禁煙・喫煙 全面喫煙可
交通手段 溝の口駅正面改札口から徒歩1分 西口降りてすぐ! 西口商店街にある 溝の口駅から72m
駐車場 無(駅すぐだから必要なし!)
空間・設備 カウンター席あり、座敷あり、オープンテラスあり
ホームページ http://www.tamai-group.com/tamai-nisigichi.htm
オープン日 2011年2月9日
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