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構成資産の”富士山麓”の最後の構成要素”須山口登山道(現御殿場口登山道)” については、私自身が登山していないので
紹介は実際に登った後にご紹介することにします。
 
今日は、その”須山口登山道”の起点となり、構成資産にも含まれている
”須山浅間神社”のご紹介をします。
 
まずは、その前に耳にすることの少ない”須山口”について
簡単に説明します。下の地図をご覧ください。
イメージ 1
少し見にくいですが、須山浅間神社を起点に水ヶ窪を通り
宝永山の火口に続く登山道です。
そのまま宝永山を超えて、現在の”御殿場口登山道”に合流します。
もちろん、反対側に進めば現在の”富士宮登山道”にも合流できます。
もともと、富士山の東側の登山道はこの須山口のみでした。
(当時須走口は下山専用道)
後年、須走口が登山道になり、東海道線の整備により御殿場口登山道が
整備され、衰退していった登山道です。
その途中には、1707年の宝永山の大噴火により登山道は崩壊。
1780年に復旧という、栄えたり、衰退したりと浮き沈みの激しい登山道でした。
 
では、須山浅間神社の紹介に移ります。
 
富士登山道南口の下宮として祭られた須山浅間神社。
イメージ 2
イメージ 3
境内は、樹齢500年の杉の木が所狭しとそびえたち、神聖な空間を
かもし出しています。
イメージ 4
社殿は2013年(今年)大規模改修が終わったばかりで、とても綺麗で立派ですよ。
綺麗すぎて、、、と感じる人もいるかもしれませんね。
イメージ 5
樹齢500年のご神木の切り株も旧社殿の前に無造作に置いてあります。
イメージ 6
境内のまわりが全て杉の大木で囲まれ、完全なる神聖な別世界ですね。
イメージ 7
勉強不足で存じ上げないのですが、聖護院28世道興法親王の歌碑があります。
その時代時代の有力者がこの神社には関わったようで
平兼盛、源頼朝、武田信虎、勝頼、今川家、小田原城主と
その頃の須山浅間神社の勢いと力を感じさせます。
 
また、富士吉田の御師のまち同様
須山浅間神社の周りにも12軒あったそうで、
北口本宮浅間神社同様、富士山南口の富士山信仰において
大きな意味合いを持つ神社だったのが、構成資産に選ばれた理由のようです。
イメージ 8
道案内の看板等も整備され、是非一度
須山浅間神社から須山口を登ってみたいと感じました。
 
 
 
富士山ボランティアガイドの勉強しながら
と、いうか本職はペンションオーナーです。
いつでも世界遺産のお話しますよ。
お暇な時に遊びにきてくださいね。
 
 
 
 

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