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あなたにあげたくて

思わず、声が漏れる。
最近、こんなことばかりだ。
以前のような自制心も、理性もない。

職場に置き去りのプレッツェル。
袋を開けてみると、ホワイトチョコレートがかかっていた。
こういうのに、弱い。
甘いのに、辛い。
辛いのに、甘いって奴に。

コンビニで見つけた、塩メロンパンも...もうちょっと塩辛い方が好みだけれど..
スーパーで見つけた、トッポの「青」も、
バイト先でもらった柿の種チョコレートも。
甘いくせに塩辛く、
塩辛いくせに、私の唇を甘く染める。

「おお。」
思わず大きな声が出てしまった。
想像以上の美味しさだったのだ。
仕事中ということを忘れ、その甘さと辛さにもう一口、と誘惑される。
誰かのおやつということを忘れ、無心に頬張ってしまう。

愛とは何か...と問われると迷ってしまうけれど、
たまにそれに似たものを感じることがある。
こういうときだ。
「この感動を、夫にも伝えたい。」

愛を伝えたくて、
翌日、ルミネの成城のスーパーで一所懸命探し、
食べたい誘惑をはらい...少しだけ快楽に身を任せてしまったけれど...
夫にそれを感じてもらいたかったのに、
「んうむ。微妙。」
と関心はTVの向こう側のサッカーに向かっていた。

愛は難しい。
それを得ることは簡単なのに、伝えることが難しい。
「たかがお菓子でしょ。」
と言うけれど、同じ快楽を貪りたいという気持ちは、
私とあなたにとって、とてもとても重要なものだと思う。
男と女なんだから。

薄曇り 遠き朝日に 君、思う

職場近くのコーヒーショップで、
最近お気に入りの「ショート抹茶ラテ、ノーファットで」を飲みながら、メールをした。

彼は「メタファー」も「文学的表現」も、そして「センチメンタル」とも縁遠い男なので

よくわからない?

と返事が返って来る。
それでも、仕事中にメールをしているスーツ姿の元上司を想像すると、
私は素っ気ないメールにさえ、幸せを感じてしまう。
単純だ。

「お前は自分の我が儘が受け入れられると100%幸せで、
 受け入れられないと、70とか80とか幸せで、そういう風に生きているんだろう。」

と、昔、男友達に言われたことを思い出す。
私はそんなに単純な女ではない、と反抗した。
自分が複雑で、不幸で、そして面白い女だと思わせたかったのかもしれない。
でも男友達は正しかった。

私は我が儘が通りさえすれば、自分の思い通りにさえなれば、幸せだ。
だから我が儘が通らないと、自分の思い通りにならないと、不幸だ。

最近の私は不幸だ。
上手くいきかけた仕事は、嫉妬や私の経験不足や年齢のせいで白紙になった。
相談したかった男友達は音信不通で、
元上司である夫だけが、号泣する私を冷静に抱いていた。

女は嫉妬深く、仕事に私情を平気で持ち込むことと、
自分の夫が、とても優秀な社会人であり、上司であることを学んだ。
そして、自分が無力なことも。

今日も曇だ。
朝日を見た朝が、昔の出来事のように遠い。
それと同じように、今朝、見送ったスーツ姿の夫が、
遠い昔の出来事のように思えて、私は今、彼の姿がとても懐かしい。

好きではない。
というと、きっと多くの人の反感を買うのだろうけれど、
好きではないものを、好きとは言えない。
はっきり言うと、苦手だ。

「私たちはこんな病気と闘っています」

「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
と思ってしまう自分が、嫌いだ。
人の人生の一部分だけを見て、
...この場合、障害や病気
その人のすべてを評価してしまうような気持ちが、嫌なのである。
嫌なのに、
裂けた皮膚や、歪んだ関節を見ると、思ってしまう。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」

障害を持つ人も、健常者も、
同じように生きているのだから、
同じように楽しくて、苦しくて、無垢で、汚れているはずだ。
個人差はあるにせよ。

私の友人が、一昨年亡くなった。
日本でも数少ない病気で、麻疹か水疱瘡の菌が脳を侵してしまう病気。
発病は、麻疹か水疱瘡になった何年も後である。
彼の場合、小学校5年生だった。

はじめに、物忘れが激しくなった。
宿題を忘れることなどなかったのに、忘れるようになった。
解けるはずの問題が、どうしても解けなくなった。
ちゃんと椅子に座っているはずが、何度も落ちてしまう。
「僕、おかしくなっていく。」
と思っていたらしい。

しばらく入院していたが、退院したというので、一緒に昼ご飯を食べた。
退院した...と聞いて、私は病気は治ったと思っていた。
けれど、それは違っていた。
だって、彼の病気は治らないものだったのだから。
ただ、病名がわかり、病状が安定しただけだ。
病気の進行が、ある程度揺るやかになっただけ。

言葉もでない。
ただ恐ろしい。
奇声を発する、暴れる、言葉を話すことも、表情さえも彼ではない、
はじめて見る生き物。

子供の私は、そう思った。
だって、つい一年前まで芋掘りを手伝ってくれていたのに。
優しくて、物静かで、普通のお兄ちゃんだったのに。
逃げ出すように、ピアノ教室に行った。
何の曲を練習したのだろう。
何も覚えていない。
後から知ったのだけれど、私の母親は、彼の母親に怒られた。
「どうして、ちゃんと現状を話してくれなかったの?」
私の母は恐かったらしい。
自分が、彼を障害者だと差別しているのではないか...と。

脳の病気だから、知的障害を伴う。身体障害も。
簡単に、失礼な言い方をすれば、障害者になった。
そして最後には、寝たきりに。
生きて、20歳まで。
それ以上の症例がない。
と医者は言ったのに、彼は27歳で亡くなった。
「残りの年月は、おまけ。」
彼の母親が言っていた。

近所に住んでいて、普段は自宅療養をしていたので、
彼の家をよく訪れた。
私の母に関して言えば、彼の母親の変わりに付き添っていることもあった。
その間に、彼の母親は美容室に行ったり、用事を済ませたり。

何度も救急車を走らせ、
何度も死が、彼を掠めた。
なのに、彼の家に、家族に不幸な影はなかった。
不自由がなかったとは思わない。
辛さも、大変さもなかった、なんて思わない。
けれど、そこには闘っている姿ではなく、
共に生きる姿があったのだと思う。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
そんな言葉、彼らの前では浮かんで来なかった。
そこにあるのは、
私の家族と変わりない家族の愛で、彼の人生だった。

「私たちはこんな病気と闘っています」
その題の裏側に、
障害者を、病気を、一つのものとして括ろうとしている姿が見える。
そこに「一個人」として人生が、
私には見えてこない。

昔、私の友人の彼も、同じような番組に出たことがある。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
ばかりが目についた。

彼がサザエさんとドラえもんの音楽が掛かると笑い、
彼の知らない新しいアニメの曲には笑わないことも、
いつも左手で握っているウルトラマンのぬいぐるみの目を(目なのか?)
私が取ってしまい、彼が発作を起したことも、
おばさんたちばかりだと寝ている癖に、
私が来た途端に目を覚ますことも、
(私が人妻になった途端、寝るようになった)
省略されていた。
病気が、彼の人生の主役になっていた。

彼と彼の家族の人生のある部分だけ取り立たし、
...病気や、辛さや、幸せについて
ある部分を削り取り、
それがあたかもすべてであるように、TVの中で流れていた。

一部分だけを見て、その人を感じたくない。
すべてを見た上で、知った上で、色んなことを思いたい。
それが健常者であれ、障害者であれ。
男であれ、女であれ。
大人であれ、子供であれ。

私はそんなに平等な人間ではないし、
慈悲深くも、親切でもない。
だから、私にできることは
彼らの全てを見て、知って、
その上で何かを思い、発言することだと思っている。

苦手だ。
人生を切り売りして、私を惑わせる。
私は賢くないから、鵜呑みにしてしまい、ついつい
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
ばかり、思ってしまう。
涙すら浮かび、見ていられない。
もう亡くなってしまった、私の友人が
「違うよ。それは、僕の人生ではない。」
と言っているような気がして、
私は自分の涙が、誰のものでもなく、自己満足に過ぎないことを知らされる。

最低な数字で、最高記録を出してしまった。
血圧。

スイミングスクールで血圧を測るのだが、
これが私は苦手だ。
その理由は、私の血圧が低く、
「今日は入っては駄目。」
と言われるのではないか...と心配になるからである。

83と55
89と54
84と47

いつもの数字。
「しんどくないですか?」
と体調を聞かれても、
「いつも通りです。」
としか返せない。
ちなみに、脈拍はいつも早い。
「走ってきましたか?」
と聞かれますが、実は緊張のためです。

前々からお医者さんに
「薬、飲む方が良いですよ。」
と言われてはいたのだけれど、
別にいつもこんな感じで「辛い」ので、
辛いとは思わず、ついつい病院から足が遠のいていた。
けれど、水泳の記録帳を見たつれあいから指令が...。
「病院に行きなさい!」

ヨガに水泳、
それに養命酒も野菜ジュースも胡麻も、きな粉も、ヨーグルトも....
随分と健康フェチなくせに、
不摂生なつれあいより、
...それでも彼はこの4.5ヶ月で体重を5kg、体脂肪を3%落とした。
私はいつも不健康。

あぁ、気が重い。
腰はだるいし、体は痛い。
これは水泳のせいですが。

舌の上の快楽

甘く、柔らかな舌触りに満たされる。
チョコレートで空腹を満たす日々。

つれあいが、会社の人からチョコレートを貰ってきた。
マルコリーニのトリュフに、
コージコーナーのプラリネに、
手作りのチョコレートケーキ。
...これは先日、知り合いになった会社の女の人から私に。
そして、ゴディバの大きな箱。

おいおい、義理にしてはすごくない?
かなり大きな箱なんですけれど。
絶対、義理ではないサイズですよ。
脳裏に不安がよぎる。
ライバル出現。

いくらでも受けて立とう。
妻という立場に胡座をかく女ではない。
正々堂々と、戦いましょう。
そっちがその気なら。

好きという気持ちを、
私の男だから、夫だから我慢しろなんて言いたくない。
正々堂々と恋をして、
私が負けたら、それはそれで仕方がない。

既婚者だから、と遠慮して欲しくない。
気持ちを受け入れる、入れないは、つれあいの問題で、
好きな気持ちは、誰にも邪魔することができないことなのだから。
好きな気持ちは、彼女も、妻である私も同じ。
どちらかが正しくて、どちらかが間違っているなんてない。
でも、まずは腹ごしらえ。
と私はチョコレートを頬張った。

「それは、お客さんからだよ。」
つれあいが呟く。
ゴディバの箱を指して。
「そう。」
と私は素っ気なく答えたが、
拍子抜けしたのか、安心したせいなのか、
舌の上に溶けていく、甘い固まりに頬が緩んだ。

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