ブタの生活

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薄曇り 遠き朝日に 君、思う

職場近くのコーヒーショップで、
最近お気に入りの「ショート抹茶ラテ、ノーファットで」を飲みながら、メールをした。

彼は「メタファー」も「文学的表現」も、そして「センチメンタル」とも縁遠い男なので

よくわからない?

と返事が返って来る。
それでも、仕事中にメールをしているスーツ姿の元上司を想像すると、
私は素っ気ないメールにさえ、幸せを感じてしまう。
単純だ。

「お前は自分の我が儘が受け入れられると100%幸せで、
 受け入れられないと、70とか80とか幸せで、そういう風に生きているんだろう。」

と、昔、男友達に言われたことを思い出す。
私はそんなに単純な女ではない、と反抗した。
自分が複雑で、不幸で、そして面白い女だと思わせたかったのかもしれない。
でも男友達は正しかった。

私は我が儘が通りさえすれば、自分の思い通りにさえなれば、幸せだ。
だから我が儘が通らないと、自分の思い通りにならないと、不幸だ。

最近の私は不幸だ。
上手くいきかけた仕事は、嫉妬や私の経験不足や年齢のせいで白紙になった。
相談したかった男友達は音信不通で、
元上司である夫だけが、号泣する私を冷静に抱いていた。

女は嫉妬深く、仕事に私情を平気で持ち込むことと、
自分の夫が、とても優秀な社会人であり、上司であることを学んだ。
そして、自分が無力なことも。

今日も曇だ。
朝日を見た朝が、昔の出来事のように遠い。
それと同じように、今朝、見送ったスーツ姿の夫が、
遠い昔の出来事のように思えて、私は今、彼の姿がとても懐かしい。

好きではない。
というと、きっと多くの人の反感を買うのだろうけれど、
好きではないものを、好きとは言えない。
はっきり言うと、苦手だ。

「私たちはこんな病気と闘っています」

「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
と思ってしまう自分が、嫌いだ。
人の人生の一部分だけを見て、
...この場合、障害や病気
その人のすべてを評価してしまうような気持ちが、嫌なのである。
嫌なのに、
裂けた皮膚や、歪んだ関節を見ると、思ってしまう。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」

障害を持つ人も、健常者も、
同じように生きているのだから、
同じように楽しくて、苦しくて、無垢で、汚れているはずだ。
個人差はあるにせよ。

私の友人が、一昨年亡くなった。
日本でも数少ない病気で、麻疹か水疱瘡の菌が脳を侵してしまう病気。
発病は、麻疹か水疱瘡になった何年も後である。
彼の場合、小学校5年生だった。

はじめに、物忘れが激しくなった。
宿題を忘れることなどなかったのに、忘れるようになった。
解けるはずの問題が、どうしても解けなくなった。
ちゃんと椅子に座っているはずが、何度も落ちてしまう。
「僕、おかしくなっていく。」
と思っていたらしい。

しばらく入院していたが、退院したというので、一緒に昼ご飯を食べた。
退院した...と聞いて、私は病気は治ったと思っていた。
けれど、それは違っていた。
だって、彼の病気は治らないものだったのだから。
ただ、病名がわかり、病状が安定しただけだ。
病気の進行が、ある程度揺るやかになっただけ。

言葉もでない。
ただ恐ろしい。
奇声を発する、暴れる、言葉を話すことも、表情さえも彼ではない、
はじめて見る生き物。

子供の私は、そう思った。
だって、つい一年前まで芋掘りを手伝ってくれていたのに。
優しくて、物静かで、普通のお兄ちゃんだったのに。
逃げ出すように、ピアノ教室に行った。
何の曲を練習したのだろう。
何も覚えていない。
後から知ったのだけれど、私の母親は、彼の母親に怒られた。
「どうして、ちゃんと現状を話してくれなかったの?」
私の母は恐かったらしい。
自分が、彼を障害者だと差別しているのではないか...と。

脳の病気だから、知的障害を伴う。身体障害も。
簡単に、失礼な言い方をすれば、障害者になった。
そして最後には、寝たきりに。
生きて、20歳まで。
それ以上の症例がない。
と医者は言ったのに、彼は27歳で亡くなった。
「残りの年月は、おまけ。」
彼の母親が言っていた。

近所に住んでいて、普段は自宅療養をしていたので、
彼の家をよく訪れた。
私の母に関して言えば、彼の母親の変わりに付き添っていることもあった。
その間に、彼の母親は美容室に行ったり、用事を済ませたり。

何度も救急車を走らせ、
何度も死が、彼を掠めた。
なのに、彼の家に、家族に不幸な影はなかった。
不自由がなかったとは思わない。
辛さも、大変さもなかった、なんて思わない。
けれど、そこには闘っている姿ではなく、
共に生きる姿があったのだと思う。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
そんな言葉、彼らの前では浮かんで来なかった。
そこにあるのは、
私の家族と変わりない家族の愛で、彼の人生だった。

「私たちはこんな病気と闘っています」
その題の裏側に、
障害者を、病気を、一つのものとして括ろうとしている姿が見える。
そこに「一個人」として人生が、
私には見えてこない。

昔、私の友人の彼も、同じような番組に出たことがある。
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
ばかりが目についた。

彼がサザエさんとドラえもんの音楽が掛かると笑い、
彼の知らない新しいアニメの曲には笑わないことも、
いつも左手で握っているウルトラマンのぬいぐるみの目を(目なのか?)
私が取ってしまい、彼が発作を起したことも、
おばさんたちばかりだと寝ている癖に、
私が来た途端に目を覚ますことも、
(私が人妻になった途端、寝るようになった)
省略されていた。
病気が、彼の人生の主役になっていた。

彼と彼の家族の人生のある部分だけ取り立たし、
...病気や、辛さや、幸せについて
ある部分を削り取り、
それがあたかもすべてであるように、TVの中で流れていた。

一部分だけを見て、その人を感じたくない。
すべてを見た上で、知った上で、色んなことを思いたい。
それが健常者であれ、障害者であれ。
男であれ、女であれ。
大人であれ、子供であれ。

私はそんなに平等な人間ではないし、
慈悲深くも、親切でもない。
だから、私にできることは
彼らの全てを見て、知って、
その上で何かを思い、発言することだと思っている。

苦手だ。
人生を切り売りして、私を惑わせる。
私は賢くないから、鵜呑みにしてしまい、ついつい
「可哀相」「辛い」「大変」「幸せ」
ばかり、思ってしまう。
涙すら浮かび、見ていられない。
もう亡くなってしまった、私の友人が
「違うよ。それは、僕の人生ではない。」
と言っているような気がして、
私は自分の涙が、誰のものでもなく、自己満足に過ぎないことを知らされる。

指先を大胆に滑らせて

額からじっとりと汗が滲み、
頭の中が白くなる。
目の前も。
もう、二時間もこうしている。

指先はすっかり、ふやけてしまった。
お風呂に入る前にネイルを落としてしまったせいで、
私のそこは無防備に曝け出され、居心地が悪い。
子供の戻ってしまったみたいだ。
何の色も塗られていない、肌の色が透けたままの爪。

お風呂から上がると、ネイルを塗る。
いつもより念入りに。
この前、新しく買ったシャネルの「ジャスミン」という色。
指先が大人になる。
足の先も、手の先も。
ふとベッドに視線を移すと、
いつのまにか目を覚ました彼が、私の様子をじっと見ていた。
私は指先に気をかけながら、彼の枕元に座り、大人っぷりを披露してみせた。

ネイルというのは不思議なもので、
しないとしないでも大丈夫なのに、
一度塗ると、何も塗らない指先が恥ずかしくなってしまう。
何色でも構わない。
真っ赤だろうが、薄いピンクだろうが、青だろうが。
別に透明でも構わないのだ。
ただ、何も塗っていないととても不安になる。
まるで、裸足で街中を歩かされているかのように。

指先に薄いベールをかけるように、色を重ねる。
幼い指先は「女」という防具をつける。
ネイルを塗った指先は大胆だ。
スーツの肩についたゴミを祓ったり、
見せつけるようにメモを渡したり、
そっと、何処かに触れたり。

何も塗らない指先だと、躊躇してしまうことも
薄い薄いベールをかけただけで、迷うことなくやってしまう。
私の大切な防具。
赤やピンクやベージュの防具。
これを纏うたびに、私は「大人」になり、
これを脱ぐたびに、私は「子供」に戻る。

彼らに囚われた。
最初に奪われたのは、抵抗という言葉。
次に奪われたのは、自由。
その次は、私自身。

囚われ、奪われ、失っていく。

「囚われる」というのは、本当に恐い。
昨日、韓国映画を見ながら、ふと思った。
「リベラ.メ」という映画。
主人公はトラウマのせいで放火を繰り返し、
最後には、自分自身も炎に包まれる。

「もののけ姫」の中で
高尚なイノシシの長が憎しみに囚われ、
黒いドロドロとしたものを纏い、
我を忘れて走る姿が、とても恐ろしかった。

私の昔の彼氏は、
裕福な家庭から、借金取りに追われる生活になり
お金に囚われ、人が変った。

囚われるのは、恐ろしい。
すべてを奪われ、失っていく。
気がつかないうちに。

過去のことなんか忘れて...と言えるほど、
生きることが簡単で、単純ではないことを私は知っている。
「囚われたくない」と思うのは、
私自身「囚われるべき過去」があり、囚われてきたからだ。

「囚われない」という気持ちとは裏腹に、体は正直で、
吐いたり、熱を出したり、
眠れなかったり、眠り続けたり。
囚われない、と思うことすら囚われていたり。
「囚われない」ということは、本当に難しい。

過去が消せる消しゴムがあれば、誰も囚われずに済むのに。
でも、そんなもの何処にもない。
忘れることも、消し去ることも、難しい。
一番簡単なのは「囚われる」こと。

過去は私を囚人にしたがる。
でも、私は抵抗し続ける。
自由に手足を伸ばし、思考し、生きていく。
彼らには何も奪わせないし、
私は何も失わない。

変化を嫌う人間が、今では変化を楽しんでいる。
あるものが壊れていく様が気持ちが良い。
もっと、もっとと望む。
肉体も、精神も、あらゆるものがもっと壊され、変ることを欲する。

きっかけは、変らないと思っていたものが変わり、
あり得ないと思っていた方向へ人生が進んだからだと思う。

数年前、私は白紙のような状態になったことがある。
仕事ができなくなった。
本を読むことも、映画を見ることもできなくなった。
恋は味方にも、支えにもなってくれなかった。

真っ白な中で、
私は恋に落ちる予定のない男と恋に落ち、
気がつくと「男」は「夫」になっていた。
その数カ月後には、離れることがないと思っていた関西を離れ、
行くことなどないだろうと思っていた東北にいた。
あれから一年経って、今は横浜にいる。

白紙になる前、3年前からでは考えられない「今」がある。

人間一度白紙に戻ると、その上に何色でも塗れるし、何でも描ける。
今あるものをすべて失ったところで、私はまたやり直せる。
それに、失ったところで困るほど、大したものは持っていない。
地位も名誉も、才能も。

私は変化する。
今あるものを壊して、新しいものを手に入れる。
青虫のように。
地面から空へ。
サナギから、蝶へ。

あぁ、そろそろ脱皮しそう。
腰の辺りが痛い。
脇腹も。
きっと、これは...
2日前の水泳の筋肉痛だ。

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