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2016年10月17日
猿岩からあまごころ本舗に移動し、ここでウニご飯の昼食を摂った後、今日最後の見学場所の原の辻遺跡に向かいました。
壱岐は、3世紀の中国の歴史書「魏志倭人伝」に記載された倭国30国の中で唯一、国の位置と王都の場所が確定しています。その王都跡が原の辻遺跡です。
2200年前に低地に水田を開き、丘陵地に祭儀場や住居を作り、その周りを深い堀や高い土塁を巡らせた環濠集落を形成し、中国の貨幣、棹秤の錘(権)などの外国渡来の出土品から、朝鮮半島などからの渡来人も居住していた国際都市であったと推定されています。
原の辻遺跡の中心部は「原の辻一支国王都復元公園」として整備されています。
物見やぐら、主祭殿や神器庫、使節の邸など17棟の古代建造物を、出土した柱穴などから推定し、史実に忠実に復元しています。
主祭殿
一支国の王が神を祀るための建物で、ここで祭祀や儀式を執り行いました。
平屋脇殿
主祭殿で儀式を行う王が、身を清め、衣服を着替える場として使われていました。
食材の倉(板壁式高床倉庫)
嘗めのまつりやその他の祭儀で使用されるコメや海産物、木の実、酒等が保管されていた倉。
祭器・儀器の倉
儀式やまつりに使用する衣類や装飾品、楽器や供え物をつくるための調理器具等が保管されていた。
王の館
丘陵部で一番標高の高い所に建てられた、一支国をを治めた首長の館です。中には首長の身分を示す青銅鏡や武器などが置かれていたと推定されます。
迎賓の建物と従者の宿舎
一支国を訪れる使節団が滞在する建物と使節団の長に仕える料理人や護衛官が滞在した従者の宿舎。
使節団の倉
使節団が滞在している期間、持ってきた荷物や食材などを保管・管理していた建物。
使節団の宿舎と譯(やく)の家
使節団の一員として同行している者たちが滞在する宿舎と、使節団と一支国の首長の間を取り持ち、交易や交流を行うための通訳が滞在する建物。
交易司の家
一支国の交易を司る有力者の住まい。
建物の隣接する場所から青銅製の権(けん)が出土しています。
交易の倉
外国や九州本土との交易品を収める倉。
穀倉
収穫されたコメやムギを保管しておく国有の倉庫。
建物を支える柱に分枝柱を使っているのが特徴で、束柱で支えて床が抜けないようにされている。またねずみ返しも設けられている。
物見やぐら
一支国に出入りするものを監視し、国を見張るための施設。
非常時には鳴り物を鳴らし集落内に危険を知らせる役割を持つ重要な施設。
へびがやぐらの枠組みに登っていたので撮影しました。
番小屋
一支国を守る兵士が待機する場所。
中には武器や武具が保管され、物見やぐらの見張りや集落内の警備を行いました。
長老の家と集会所
祭儀場周辺から200棟以上の建物跡が発掘されています。有力者階級の住まいであったと考えられています。
その代表例を長老の家として再現しています。
集会所はそれぞれの分野を司る有力者が集まって話し合いを行う建物。
弥生時代の原の辻一支国王都復元公園から、黒川紀章氏設計で平成22年に開館した壱岐市立一支国博物館を遠望することができました。
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こんばんは〜。
壱岐、対馬には以前に行ってますのでトラバします。
ナイス
立派な施設でしたよね。
2016/11/5(土) 午後 6:52
> ヒロ ♪さん ナイスありがとうございます。
ヒロさんのブログを拝見していると、日本全国色々な処行かれているのですね。
2016/11/6(日) 午後 5:47 [ pa2***** ]