|
2018年11月5日
三島駅北口からクレマチス丘行きの無料シャトルバスが、大体1時間に1本の割合で発車します。
終点がベルナール・ビュッフェ美術館になっています。
バス停から細い道を登った右手に井上靖文学館があり、左手正面奥にベルナール・ビュッフェ美術館があります。
全景はこんな感じです。
カフェとミュージアムショップを兼ねたツリーハウスが右手に、
正面奥に美術館があります。
前庭には昆虫のオブジェがあります。
ベルナール・ビュッフェ美術館はフランスの画家ベルナール・ビュッフェの作品を約2000点所蔵し、質・量とも世界一のコレクションを誇っています。
今日は「ベルナール・ビュッフェ再考」と言う企画展が催されていました。
ビュッフェは1928年パリのモンマルトル近郊の病院で生まれ、21歳までモンマルトル近郊で育ちました。
貧しく、孤独の中で制作された作品は、その頃のビュッフェの状況を如実に反映しているようです。
風景
ケノアの風景
ナンス
部屋
アトリエ
でも抑えられた色彩と虚無的な雰囲気が受けたのでしょうか、ヴィスコンティ画廊とドルーアン=ダヴィッド画廊と専属契約を結び、両画廊で毎年テーマ展を開催することとなります。
最初のテーマ展
キリストの受難
戦争の惨禍1954年
1955年のテーマ「サーカス」
トロンボーンとピエロ
曲芸師
パレード
「(あなたをサーカスの虜にしたのは何か、と聞かれて)それは人生におけるわらいです。
そこにはユーモアや笑いがあり、悲しみもあります。
サーカスは子供のためのものではありません。
道化師は少しも滑稽ではないのです。」
ビュッフェで思い出すのは、ニューヨークの摩天楼ではないでしょうか。
特別な黄色に、鋭い垂直と水平の線で人間性を切り刻むかのような印象です。
ビュッフェのニューヨークは、誰もがこの街にいだいている見方をそれほど裏切らない。
それは高い、幾何学的な、石と化した街であり、鉄格子を嵌められた砂漠、平坦な空の元で広がる緑がかった抽象画の地獄、あまりにも人が詰め込まれているため、
人が不在になってしまった本物の大都市。
ビュッフェは女性をどう描いているでしょうか。
夜会服のアナベル
カルメン
女
モナリザやアングル、ルノワールの世界の女性ではありません。
昆虫などの生き物や花などの植物も描いています。
褐色の昆虫
赤い昆虫
蟹
しかしビュッフェの目は対象を精密に把握する科学者、生物学者の目ではなかったようです。
ダリの作品に登場する生物はまるで図鑑から抜け出たような姿をしていて、ダリは生物学者のような目をしていたんだと気づかされます。
花にも興味を持っていました。
ヒアシンス
パンジー
花のアンサンブル
例えばパンジーについて
季節の巡りは、
ケンタウロスの二輪車、
それは貴方が犯したかくも多くの過ちに捧げられたシクラメンの花を咲かせる。
季節の巡りは、セントレアとパンジーの花を咲かせ、
そして濫費された時間について思いを抱かせる。
と、添えています。
1950年代はアメリカのアクション・ペインティングを意識した作品も。
皮を剥がれた人体 頭部
ピカドール
二人の狂女
死者の顔をした二人
心穏やかな時もあったのでしょう。
ベルネイ1975年
サン=ナゼール1972年
でも結局はこんな作品に
ダンテ地獄篇 死の河を渡る
1989年はドン・キホーテをテーマに。
ドン・キホーテとラバ引き
ドン・キホーテ、鳥と洞窟
ドン・キホーテと風車
さらに10年後の頃はパーキンソン病で腕が思うように動かなくなり始めて居ます。
死期を意識し始めたのでしょうか。
死よ万歳
死16
有名になってこんな絵も描くこともありました。
日本女性
相撲 にらみ合い
バスの時刻表との関係もあり、あまり長く鑑賞はできませんでした。
場所が場所だけに、入場者は他に2名いただけでした。
|
全体表示
[ リスト ]



