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2018年11月27日
上野の森美術館でフェルメール展があったので、行って来ました。
今回はフェルメールの作品が9点展示され大変混雑が予想されるので、「日時指定入場制」をとっています。
私の場合は9:30〜10:30の入場可能時間でした。
会場15分前に到着しましたが、かなりの行列を作っていました。
上野の森美術館
フェルメールの現存作は全部で35点とか37点とか言われています。
同じオランダのレンブラントの作品が約1000点とも言われていますから、フェルメールがいかに寡作だったか分かります。
意地の悪い言い方をすれば、当時は売れない作家であったために、購入されて保存されていた作品が少なかったと言うことでしょう。
フェルメールの若い頃は物語画や宗教画を描いたりしていました。
<<ダイアナとニンフ>>
画面中央の女性が髪に三日月を飾っているのでダイアナで、周辺にいるのが休憩する仲間のニンフです。
彼女たちはダイアナが足を洗うのを手伝っています。
視線が伏目勝ちであるか、背中を向けていて、表情にフェルメールらしい特徴が感じられません。
それに全体が暗い感じです。
それに修復される以前は画面右上に青空が描かれていたようですが、調査によって、この青空は後世に描き加えられことが判明しています。
そのため本作品に疑義を表明する人もいます。
<<マルタとマリアの家のキリスト>>
キリストが姉妹の家を訪れると、姉マルタはもてなしのために忙しく働き、妹マリアはキリストの足元に座り込み、キリストの話を聞き始めます。
忙しく働く姉マルタは、キリストに働かない妹マリアをたしなめるように頼みますが、キリストは「マリアは良い方(神の話を聞くこと)を選んだ」と妹マリアを褒め、姉マルタを諭したというエピソードの絵。
宗教画だから割合大きく、フェルメールの作品の中では最大で160x142cm大の大きさです。
フェルメールはもう1点宗教画を残しています。
それは<<聖女プラクセデス>>です。
大きさは101.6x82.6cmです。
常設館で展示されるので、500円で観ることができますが65歳以上だと無料です。
日本の美術館の常設展でフェルメールの作品が観れるなんていいですね。
当時は宗教画の方がステイタスというか、格がが高かったのですが、あまり評判が良くなかったのか宗教画は3点しか現存しません。
そんな訳でフェルメールは活路を、当時は格の低いと言われた風俗画に求めていきます。
風俗画は一般家庭で飾られるので、宗教画ほど大きくありません。
有名な<<牛乳を注ぐ女>>では45.4x40.6cm、<<真珠の耳飾りの少女>>では44.5x39cmとなっています。
<<真珠の耳飾りの少女>>
その時、私たちは恋に落ちてしまいます。
これがフェルメールの絵への恋の始まりです。
トルコ風のターバンを巻いた少女の目線は、注意してみると観客の目とクロスせず、観客の横から背中の方の空間に向けられていることが分かります。
このわずかな視線のずれが、視線の先に自分がいたかったという奇妙な渇望を引き起こす、この絵の魔術なのです。
この少女は「北方のモナ・リザ」と称される美少女で、フェルメールの理想の女性像と思われます。
フェルメール自身も自分が描いていているにも拘らず、描かれた少女の直視に耐えられず、思わず少女の視線を外させ、少女を光像そのものとして闇の中に浮かび上がらせた、と言うことでしょうか。
ターバンを巻いた少女の格好は当時西ヨーロッパで流行っていた、「トルコ趣味」を反映したもので、今で言うコスプレです。
あまりにも大きな真珠は東洋への憧れの大きさを表しているのではないかと考えてしまいます。
<<手紙を書く女>>
部屋に誰か入ってきた。
そんな瞬間を思わせる作品です。
他の人物をが年に登場させることなく、視線だけでその存在をほのめかす素敵な作品です。
壁の画中画には楽器が描かれているので、手紙は恋文と言うことになります。
楽器特にビオラ・ダ・ガンバは恋愛を象徴します。
<<リュートを調弦する女>>を観ると、
恋人のビオラ・ダ・ガンバとリュートで合奏するそのための椅子も用意されている。
恋人を待つ女性の眼差しと、椅子による恋人の「不在」の演出が素晴らしい作品です。
<<真珠の耳飾り>>
真珠の耳飾りを似合うように調整しているようですが、何かぼんやりと思っているようにも見え、彼女の内なる世界は読み取れません。
その不思議な状況が、見る人を惹きつけるのだと思います。
画面下半分の黒に部分が、壁が窓から射し込む光で左から右への明暗のグラデーションしていくのを意識させます。
女性が身に付けている毛皮の付いた黄色のジャケットは<<手紙を書く女>><<リュートを調弦する女>>のジャケットと同じです。
これは実際にフェルメールの妻が所有していたジャケットで、彼の没後の財産目録の中に「黄色のサテンのガウン、白い毛皮付き」という記載があるそうです。
このジャケットはフェルメールの作品の中で、6作品に出てきます。
<<ワイングラス>>
主題の原型となっているのがキリストが説いた、譬え話「放蕩息子」です。
「放蕩息子」を主題とした作品では、娼家で女性を買う場面が好んで描かれました。
やがてこの主題から宗教的な意味が薄れていき、男女が遊ぶ風俗画に移って行きます。
おそらくこの作品のテーマは「恋の駆け引き」。
この絵はまっとうな恋愛であれ、金銭を媒介した恋であれ、男女の恋の道徳性を問うものだという。
例えば椅子の上のシタールは他の楽器同様に恋愛を想起させます。
一方で室内に光を射し入れるステンドグラスには手綱を持つ女性像が描かれているという。
節制の寓意像として、性的な誘惑を警告しているという。
観る者はこうした小物から意味を読み取り、作品から教訓を学ぶらしい。
<<手紙を書く夫人と召使>>
奥方が手紙を書いている。
一歩離れて召使が立ち、その手紙が書きあがるのを待っている様子。
待っている間、外の鴉か何かを見つめながら、
「・・・・そういえば、三丁目のサトウさん、旦那様がご旅行だそうだけど、毎日お出かけですね・・・・」
と、奥方に言うともなく呟いている。
奥方の方は、手紙を書きながら、
「あそこは子供もいないし・・・・、近所には親戚もいないみたいだし・・・・、白猫はいるけど・・・・、なんだかあの猫・・・・、最近皮膚病じゃないのかしら・・・・、」
と呟いているかどうか、全く分からないが、でも互いに視線は外れていながら、そして身分にも段差がありながら、その上での安定した関係が緻密に描かれている。
部屋の床は市松模様になっています。
他にも、<<ワイングラス>><<リュートを調弦する女>>でもこの市松模様が見られます。
<<牛乳を注ぐ女>>
女性の衣装の青と黄色の鮮やかな対比、パンや甕などに打たれた白い点で光を眩しく反射させる点描法などなど。
色彩と形と構図をシンプルに表現しながら、観る者に多くのものを感じさせる完成度の高い作品となっています。
また人間生きるのに必要な基本的なもの、ミルクとパンが描き込まれていることから彼女は聖女マリアとして描かれているという人もいます。
<<赤い帽子の娘>>
ヴィヴィアン・ウエストウッドがこう言っています。
「<赤い帽子の娘>の着ているジャケットは、当時ではありえないボタンのかけ方をしている。もっと新しい時代のものでフェルメールが知っている訳がない。
あの絵には嘘がある。」
「私自身フェルメールの作品は、現在26点しかないと思っている。」
この絵は研究者の間でも真作かどうか諸説あるようです。
最後にフェルメールに人気があるのは現存作品の少なさが要因のひとつではないかと思っています。
一冊の美術書で彼の全作品を観ることができる。
少しおカネのある人は外国の美術館に所蔵されている彼の作品を全て直に観て廻れる。
これはフェルメールの作品が少ないからにほかなりません。
全部見たという満足感。これが堪らないのだと思います。
・・・・」
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関西は上野が終わった後の2/16から大阪市立美術館で約3カ月開かれる予定です。入場料1800円で、シニア割引はないのだそうですね。pa2さんのコメント付きの絵を鑑賞させてもらったので、大阪の天王寺まで見に行くの大変だから止めにしょようかな。
2019/1/6(日) 午後 3:02 [ ujinakimaro ]
赤い帽子の娘は初来日ですよね。
関西での公開はないので、東京まで観に行きたいと思っていましたが無理なので残念
日本人はフェルメール好きですよね〜!
2019/1/6(日) 午後 10:34
> ujinakimaroさん
おはようございます。
フェルメール展関西でも催されるようですね。
1800円あればフェルメールの全作品の解説本が買えるから悩むところですね。
本物も見てみたい。それもありますよね。
2019/1/8(火) 午前 3:46 [ pa2***** ]
> こねこさん
おはようございます。
「赤い帽子の娘」は関西では公開されないのですか。
それは残念ですね。
大阪では6作品となりますが、東京で観れなかった「恋文」が含まれていますよね。
私も見たいけれど行く余裕がありません。
フェルメール展はいつも「チョットだけよ。」と小出しされて他のも余計に見たくなる。
そんな心理作用が働いていつもフェルメール展が人気なのかもしれません。
2019/1/8(火) 午前 4:09 [ pa2***** ]