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2019年3月5日
串本町サンゴ台のホテルに着いたのは16:30頃でした。
今回のツアーでは一応潮岬に行きますが、そこでは30分の観光時間しかとってありません。
その30分以内に潮岬観光タワーに登ったり、芝生広場の最南端碑を撮ったしなければならないので、潮岬灯台まで行ってくる余裕ができません。
それで明日ツアーに出発する前に、個人的にタクシーで観てみたい樫野埼灯台や潮岬灯台、串本駅、潮岬神社を観て廻る予定でいました。
それでツアー出発前に日の出時間のことを考慮せず、5時に迎えに来るように観光タクシーを予約してありましたが、ホテルの受付の人に明日の串本の日の出時間を聞くと6:40と言うことでしたので、急遽予約の変更をしないといけなくなりました。
日の出前の5時に出発しても、真っ暗で観光どころではありません。
そこで今日早くホテルに着いたので、しかも今日の日の入り時間が17:50なので、これから1時間で大島樫野埼灯台などを見て廻り、明日6:30から1時間で串本駅、潮岬灯台、潮岬神社を観て廻る案を思いつきました。
早速タクシー会社に予約の変更のことを伝え、これから16:50にホテルに迎えに来るように予約しました。
樫野埼灯台は紀伊大島の先端部分にあります。
串本節では
ここは串本向かいは大島
仲をとりもつ巡航船
と歌われているように、大島に行くには巡航船に乗らないといけませんでした。
しかし今は大島まで橋が架けられていて、自動車でも行くことができるようになっています。
ホテルから撮った大島
大島に架かる橋
大島に行く途中で串本港や近畿大学で開発したマグロの養殖用いけすが良く見えます。
串本港
マグロの養殖用いけす
大島の中央部分に航空自衛隊串本分屯基地のレーダーが良く見えます。
柵の中は良く見えません。
樫野崎には駐車場がありここから500m先に樫野埼灯台があります。
タクシーの運転手も下車して、一緒に案内してくれました。
先ずトルコ記念館がありました。
明治23年9月16日オスマントルコ最初の使節団を載せた軍艦マルトゥールル号が暴風のため、この施設沖での岩礁で難破しました。
島民は献身的な救助活動を繰り広げ69名を救助しましたが、580余名の乗組員の命は奪われてしまいました。
この時からトルコと日本の友好の歴史が始まりました。
この施設には当時のエルトゥールル号の遺品や資料が展示されています。
モスクのような建物もありました?
土産店なのでしょうか。
明治24年には和歌山県知事や有志の義金で墓碑や慰霊碑が建立され、合わせて追悼祭が催されました。
昭和4年昭和天皇の樫野埼行幸を聞いたトルコ共和国ムスタファ・ケマル・アタテュルク初代大統領が新たに慰霊碑を建立することを決定し、トルコ共和国の資金により昭和12年6月3日にトルコ軍艦遭難慰霊碑が完成しました。
傍らにトルコ使節艦エルトゥールル号追討歌碑が
実際のエルトゥールル号遭難場所付近
2010年は軍艦エルトゥールル号遭難120年に当たる年で、日本トルコの更なる友好の為、トルコの英雄で初代大統領の騎馬像がトルコより串本町に寄贈・設置されました。
トルコ人経営の土産店も
樫野埼にはトルコ関連施設が多いのには驚きました。
エルトゥールル号が遭難した時、大島は約400戸の食糧の貯えも僅かな寒村でしたが、島民たちは非常用食料を供出し、不眠不休で生存者の救護に努め、殉職者の遺体捜索・引揚作業に関わりました。
生存者はその後治療のため神戸に移りましたが、この時明治天皇は侍医を、皇后は看護婦13名を派遣されました。
治療を受けた生存者は日本海軍の「比叡」、「金剛」に乗船し、無事イスタンブールに入港したのは1891年1月で、トルコ国民は感謝の念をもって日本海軍を大歓迎したと言うことです。
このことはトルコの教科書所にも乗っていて、トルコ国民なら誰でも知っている事柄です。
しかしエルトゥールル号遭難のことを知っている日本人は殆どいないのではないのでしょうか。
1985年イラン・イラク戦争の時、イラン在住の日本人200人以上が脱出できずに途方に暮れていました。
イラクのフセイン大統領は「48時間後にイラン上空の全航空機を撃墜する」と世界に向けて発信しました。
世界各国は自国の救援機をイランに派遣しましたが、日本は法律的問題で自衛隊機が派遣できないうえ、民間航空会社も救援チャーター機にしり込みをしてしまいました。
テヘラン空港に駆け付けた在留邦人はパニック状態でした。
その時の窮状を救ったのがトルコ政府でした。
2機のトルコ航空機をテヘランに派遣することを申し出て、215人の日本人を救出することができました。
この事実も日本人は忘れているか、知らない人が多いと思います。
在留邦人の感謝の言葉に対して、トルコ政府ははっきりと答えました。
「私たちは95年前の日本人の恩を忘れていません」
今の日本人はトルコ国民に比べたら恥ずかしいような国民のように思えてきます。
2つの事件で生まれたトルコ・日本の友情と絆をもっと大切に育んでいければと願わずにはいられません。
樫野崎先端部に樫野埼灯台があります。
慶応2年の江戸条約で建設が決められた8灯台の1つです。
明治3年6月10日に点灯されました。
日本で最古の石造り灯台で、恋する灯台にも選ばれています。
色々な角度からの樫野埼灯台
灯台の敷地内には昭和天皇行幸記念の碑が建っていました。
灯台の周囲の桜は既に終わりかけていました。
和歌山県朝日夕陽百選の碑が
間もなく反対側で日没です。
駐車場に戻って、ホテルに向かいました。
ホテルに着いたら、1時間を少しオーバーしていましたが1時間の料金で済みました。
道の駅で買った「ジャキ払いドリンク」を飲んでみました。
ジャバラはカボスやライムの様に薬味として使われることが多いそうです。
レモンとは違った味です。
ジャバラ関連のお菓子が幾つか並んでいましたが、ジャバラ飴がポピュラーなようです。
印西市に帰ってからコンビニでもジャバラ飴は売られていることを知りました。
私はジャバラと言う柑橘類は今回和歌山で初めて知りました。
明日の朝は5:15に1時間タクシーを予約してあるので、本州最南端の串本駅、潮岬灯台、本州最南端の潮岬神社を訪れます。
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おはようございます♪
大島のトルコ記念館
昨年潮岬へ行ったときに行けなかったので・・
ご紹介ありがとうございます(*^-^*)
日本とトルコのつながり
私は映画で「海難1890」で知りました。
おっしゃるようにどれだけの日本人がこのことを知っているのか・・。
友情と絆をもっと深めていきたいですね!
ナイス☆彡
2019/4/3(水) 午前 7:17
> こねこさん
おはようございます。
映画好きのこねこさんは映画「海難1890」も観ていたのですね。
恥ずかしながら私はまだです。
無償の行動をした紀伊大島の島民と受けた親切をいつまでも感じ続けていたトルコ国民は、自己を主張し他
を顧みる余裕のない現在の近隣の国々を見るにつけ、人はこうあるべきだという指針を示しているように感じました。
2019/4/5(金) 午前 4:45 [ pa2***** ]