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今帰仁城跡

2014年2月1日
2010年1月29日
今帰仁城跡は那覇空港から約110㎞で、車で2時間45分くらいかかります。
14世紀沖縄本島では北部地域を北山、中部地域を中山、南部地域を南山が支配していました。
北山では13世紀頃湧川王子が今帰仁城を築城したとされています。
湧川王子と子孫は代々城主を継いでいましたが、係累の怕尼芝に討たれ北山王国が始まりました。
しかし1416年に北山王国は中山尚巴志によって滅ぼされ、北山としての歴史は閉ざされました。
中山は今帰仁城に監守を設置し、1422年より今帰仁城を居城として利用し始めます。
1609年の薩摩軍による琉球侵攻にあい、今帰仁城は炎上して、それ以降は監守はすまなくなり、拝所として精神的な拠り所として機能するようになりました。

駐車場より道は今帰仁城跡の外郭に通じています。
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大隅の城壁が見えます。
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外郭の石垣は
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今帰仁城跡碑
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今帰仁城跡は世界遺産に登録されています。
また日本100名城にも選定されています。
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平郎門の前に入場券売り場があります。
ここが今帰仁城跡の入口になっています。
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内側から見ると
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平郎門は昭和37年に修復されたものです。
銃眼のような穴があります。
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内側から見ると人が入れるほどの広さです。
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今帰仁城跡は寒緋桜の名所です。
映像を幾つか。
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主郭には建物の跡がいくつか見られます。
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主郭の城壁部
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志摩真門郭
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御内原から大隅が見えます。
戦時に備えて馬を養い、兵馬を訓練した場所と言われています。
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遠く海が見えます。
御内原には志慶真乙樽の歌碑がありました。
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今帰仁の城  しもなりの九年母
志慶真乙樽が  ぬきやいはきやい
王妃に子が授かり、このことを季節外れの蜜柑が見ったことに例えて、子供のはしゃぐ声に満ちた平和な様子を歌ったものです。
 
帰りは旧道を通りました。
現在は七・五・三の階段ができたため、旧道を歩く人も少なくなったそうです。
大庭と平郎門を結んだ道です。
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駐車場の側に今帰仁村歴史文化センターがあります。
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今帰仁城跡で出土した資料を展示してありますが、ここでは蝶の標本が目に付いたのでその映像を
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名護城跡の寒緋桜も有名ですが、城の遺構は殆どありません。

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