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2017年12月31日
昨日より息子家族が2泊3日で来ているので、家内の家事の手伝いと孫の世話で手いっぱいで、今日から2日間ブログ休みます。
皆様良いお年をお迎えください。
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2017年9月9日
盛岡駅9:50発こまち12号に乗り、仙台に10:29に到着しました。
改札口を出ると、今日は凄い数の人です。
なんと9〜10日は第27回定禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台が催され、大勢の人が集まったようです。
ジャズフェスティバルのことは仙台に着くまで知りませんでした。
昼食にピッツェリア・トラットリア・ダ・ジェンナーロに寄るために仙台に下車したのですが、ダ・ジェンナーロも定禅寺通りにあり、周りの人出も多いのではないかと気になりました。
一応予約を11:30に入れておいて良かったと思いました。
仙台駅
地下鉄南北線の仙台駅に行く途中でソフトバンクのCMでお馴染みのふてニャンとお父さんに会いました。
ふてニャン
お父さん
地下鉄勾当台公園駅で下車して、定禅寺通りに出てみると結構人が歩いています。
徒歩7分位でダ・ジェンナーロに着きました。
11:30オープンで、少し早く着いたので席に案内されるまで待合所で待たされました。
ダ・ジェンナーロ
店内の様子
石窯
ランチメニュー
オーダーはピッツァセットでオルトラーナにしました。
アイスコーヒー
サラダ
オルトラーナ
オルトラーナはモッツァレラベースでナス、パブリカ、黒オリーブ、マッシュルーム、アーティチョーク、バジルの野菜が載っています
彩が良く、味も中々良いものでした。
この店では夏のメニューに載る、ズッキーニの入ったピッツァソフィアローレンが有名です。
モッツァレラ・燻製プロヴォラ・サラミ・ズッキーニのピッツァです。
ズッキーニを広くスライスしてあるのが特徴です。
後でソフィアローレンのことを店の女の子に聞いたら、今の時期だったらシェフに頼めば特別に焼いてもらえるかもしれませんよと言われました。
でもオルトラーナも美味しかったので十分満足でした。
デザート
リコッタチーズのケーキと苺のジェラートでした。
店の女の子は話し好きなのか、私の手提げのRosso Biancoを見てデザインが良いですねと話しかけたのをきっかけに、色々と私のことを聴いたり店の話をしてくれます。
今日は定禅寺ストリートジャズフェスティバルだから、これから店も忙しくなりそうだと言っていました。
店から定禅寺通りに出てみると、道路は交通規制されていて歩行者天国になっていました。
通りの3,4カ所でバンドやジャズコンボがステージで演奏していて、それを観客が聴いていました。
仙台市内の演奏ステージは全部で48カ所あり、9日〜10日の二日間で700グループ以上のバンドやコンボが演奏するそうです。
定禅寺通り
勾当台公園 時の広場の観客
ビッグバンドのmasuter of jazz okitama
ジャズコンボのAKIU JAZZ UNIT
ジャズコンボのayujan
ブルースグループのALL RIGHT NOW
時間がないので演奏はゆっくり聴けません。
仙台発12:44のやまびこ140号に乗りたいので、急いで仙台駅に戻りました。
仙台駅の東西自由通路「杜の陽だまりガレリア」でもジャズコンボのTiny Mellow Stringsが演奏していて、駅構内を通るのが大変でした。
やっと発車4分前に新幹線ホームに出られましたが、指定車両の10号車辺りで先頭方向にある自由席車両までまだ走らないといけません。
やっとの思いで空いている2号車に飛び込みました。
程なくして発車し、上野には14:22にやっと戻って来れました。
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2017年9月9日
夕顔瀬橋から「啄木新婚の家」に行くときに、材木町街並みを歩きました。
宮沢賢治の理想郷イーハトーブを目指した街並みを目指しているようです。
静かで清潔な感じの通りです。
通りには宮沢賢治に因む詩座、花座、絹座、音座、星座、石座のモニュメントが配されていました。
材木町案内図
夕顔瀬橋方面から見た材木町通り
小さなフクロウが
最初に詩座がありました。
詩座の説明
次は花座です。
花座の説明
そして絹座です。
絹はシルクロードのシルクです。
絹座の説明
街並みの商店
純木家具店
くるみ館
西萬堂
郵便局
公衆電話
フクロウ
商店街案内図
通りの様子
音座です。
音座の説明
そして星座です。
星座の説明
街並みの商店です。
お仏壇の村庄
フランス料理のレストラン
光原社
通りには本正寺もあります。
宮沢賢治の死後、父の政次郎は遺言通り「国訳妙法蓮華経」1000部を刊行し、賢治の友人知己に配りました。
刊行に当たって文字の校正をしたのが、法華経の専門知識のあった本正寺の七世住職松本日宗でした。
石座
賢治像
石座の説明
宮沢賢治は子供のころ昆虫採集や鉱物採集が好きで、11歳の頃家族から「石コ賢さん」とあだ名をつけられていたとか。
この通りは建設省より「手づくり郷土賞」を受賞していました。
最後に旭橋側から見た街並みです。
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2017年9月9日
盛岡で一泊し、仙台に行く前に少し時間に余裕があったので市内を散策してみました。
主に石川啄木関連の場所を観て廻りました。
石川啄木は明治19年岩手郡日戸村の常光寺で生まれています。
盛岡は明治28年に盛岡高等小学校に入学し、明治39年に渋民小学校の代用教員として赴任するまでの11年間を過ごした場所です。
盛岡駅
盛岡駅の「もりおか」の文字は啄木自筆の文字を集字して造られたものです。
駅前の広場には横長の大きな歌碑があります。
啄木の50回忌を記念して昭和37年に建てられたものです。
言うことなし
ふるさとの山はありがたきかな
ついでに駅前には新渡戸稲造の胸像もあります。
駅から南の方向に進むと、北上川に架かった開運橋があります。
ここから北上川沿いに「啄木であいの道」が続きます。
北上川
途中にも啄木の歌碑があります。
大切の言葉は今も
胸にのこれど
旭橋です。
旭橋の際には
旭橋から夕顔瀬橋までの間の材木町側に石積護岸があります。
舟の荷積み、荷下ろしのために築かれたものです。
ここは朝の連続テレビ小説「どんど晴」のロケ地となった所です。
石積護岸
夕顔瀬橋
この辺りから岩手を代表する北上川と岩手山の両方が見れます。
夕顔瀬橋付近には河童が住んでいて、お百姓さんの馬に悪さをして、馬を溺死させたりしていたそうです。
岩手県の各地にはこの「駒引き河童」の話があちこちにあるそうです。
夕顔瀬かっぱ
夕顔瀬橋から徒歩10分位の所に「啄木新婚の家」があります。
明治37年に年来の恋人堀合節子と結ばれています。
明治38年、一時は東京で新婚生活をも考えていた啄木ですが、父親が住職罷免で渋民の宝徳寺を去り、この家に転籍したことから、一家の生計をささるため5月20日帰郷の途に着きました。
金策の必要から仙台に下車して土井晩翠などと会ったりして、仙台を立ったのが5月29日でした。
一方、盛岡では5月30日に結婚式を挙げるために、花嫁の堀合節子が首を長くして啄木を待っていました。
だが啄木は盛岡駅を素通りして渋民へ向かってしまいました。
ついに30日になり、その日の夜、画家の上野広一の媒酌で奇妙な「花婿のいない結婚式」が行われたのです。
啄木がこの家に顔を見せたのは6月4日でした。
8畳と4畳半に玄関だけの小さな家に、啄木夫婦と両親、妹光子の5人の一家が借家住まいが始まります。
その部屋
啄木の妻節子の写真
表玄関、玄関を入った6畳2部屋と10畳には啄木関連の資料が展示されていますが、これらの部屋は啄木が借りていた部屋ではありません。
表玄関
啄木一家が揃ってこの家で過ごしたのは3週間で、6月25日には中津川の畔の加賀野碩町に移り住んでいます。
現在、盛岡市内の啄木遺跡と言えるものはこの「啄木の新婚の家」だけです。
啄木のの歌碑は盛岡城二の丸跡にもありました。
不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心
少年時代の啄木が学校の窓から逃げ出してきて、文学書、哲学書を読み、昼寝した岩手城の二の丸がこの地でした。その当時の盛岡中学は内丸通りの在り、岩手公園とは200mと離れていませんでした。
盛岡城跡の石垣、堀
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2017年9月8日
入道崎14:15発の乗り合いタクシーで男鹿水族館に向かいました。
今度の運転手さんは若い方で、言葉にも訛りが少なく、スムースに会話が進みます。
男鹿水族館の人気者はホッキョクグマだそうです。
14:30頃に水族館に到着しました。
男鹿水族館
入り口付近
男鹿水族館はGAOと呼びます。
GAOって解りますか。
私は最初分からなかったのでタクシーの運転手さんから教えてまらいました。
男鹿をローマ字で表記するとOGAです。
これでは面白味がないので、語順を逆にしてGAOです。
たったそれだけのことですが。
始めに大水槽があります。
40種、約2000匹の魚たちが泳いでいます。
男鹿水族館のカジワラエビは繁殖賞をもらいました。
繁殖賞
その他の魚たち
アマゾンのピラルクーや電気ウナギ
人気者のホッキョクグマ
ホッキョクグマの剝製も
ペンギン
恋人、夫婦円満に御利益のある、ペンギン社が祀られていました。
幻想的なクラゲの水槽
ドクターフィッシュもいて、水槽に指を入れると吸い付いてきます。
チョットこそばゆいです。
売店では人気者のホッキョクグマのぬいぐるみがたくさん売られていました。
水族館を早めに出て、タクシーから見えたマリア像が気になったので、そこへ行ってみました。
スイス人の女性がここで水難に遭ったようです。
その方の慰霊塔のようでした。
男鹿水族館の周りは岩場の海岸になっていて、独特の景観をしています。
水族館の周りの様子
いまま同じコースを辿ってきた若い女性とここから別コースになることが分かりました。
彼女は海岸沿いのコースで男鹿駅に、私も同じコースを選ぶつもりでいましたが、手違いで真山地区を通るコースを選んでいることに気づきました。
発車は私の方が速かったのですが、男鹿駅に着くのは私の方が後でした。
男鹿駅前と待合室のなまはげ像とホームに入線しているなまはげラインの電車を撮影しておきました。
待合室で若い女性と再会しました。
彼女によれば海岸線の岩の景観が良かったし、途中に大きななまはげ像もあったそうです。
運転手さんが咳をしていて大変そうだったので、タクシーを止めてもらってなまはげ像を撮影するのを遠慮したそうです。
私だったら絶対に止めてもらって撮影しますが、女性は優しい心遣いがあるものだと感心しました。
彼女から良かったことを色々聞かされると、海岸コースを予約しなかったことがツクヅク残念で、悔やまれます。
16:51発秋田行きに乗って、これからの行程を聞いたら、秋田に戻り新庄・山形を目指すそうです。
山形で1日観光した後、仙台に出て空路福岡に戻る予定とか。
山形で良い観光場所はありませんかと尋ねられましたが、蔵王とか立石寺は行った
ことがあり良かったですが、山形市内は山形城跡くらいしか知らないと答えました。
仏像などに興味があるのだったら、寒河江市の慈恩寺に行くと面白いですよと付け加えました。
私は男鹿駅から3番目の船越駅で下車して巨大なまはげ像を見ていく予定があります。
彼女も見たい様子でしたが、あとの電車の乗り継ぎが大変で夜遅く宿に着くことになるので、ここでお別れです。
何故かお礼を言われてしまいました。
私の方も気軽に話せて、楽しい旅になりました。
船越駅で下車して、お互い手を振り合って別れていきました。
船越駅と駅標
駅前からタクシーでなまはげ立像の場所に向かってもらいました。
着いてみるとやはり大きななまはげ立像でした。
しかし夕方でしかも逆光なので中々うまく撮れません。
何とか工夫して撮った写真です。
運転手さんに記念写真を撮ってもらうと、顔が暗く写ります。
カメラに近づいてフラッシュで撮影してもらって何とか満足できる状態になりました。
なまはげ立像を撮影後はすぐに船越駅に戻ってもらいました。
次の秋田行きは18:09発です。
これで男鹿観光は全て終わりました。
五社堂と寒風山には寄ってみたかったのですが、今日はねんりんピックの影響で秋田市内で宿が予約できなかったので、念願がかないませんでした。
その為今日はこの後秋田で19:10発のこまち38号に乗り換えて盛岡に行き、盛岡に1泊します。
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