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2018年9月7日
金沢駅に着いて荷物をホテルに預け、バスで千日山雨宝院に向かいます。
金沢駅
駅前
雨宝院の最寄りバス停は片町です。
金沢駅東口駅第8,9,10乗り場のどのバスも片町を通ります。
殆ど待つこともなくバスに乗車でき、9分で片町バス停に到着しました。
停留所から少し行くと、犀川に架かった犀川大橋です。
犀川大橋は国の登録有形文化財に登録されています。
犀川
犀川大橋
犀川大橋の上から雨宝院の小さな二重塔が見えます。
二重塔の撮影は犀川大橋から撮るのが最もいい形に撮れます。
横側に廻ってみると逆光で、黒味がかってシルエットになっています。
ご住職によるとこの二重塔は十輪堂と呼ばれ、中に地蔵菩薩が祀られていて、この寺が高野山真言宗であるため、大日如来像、弘法大師像も安置されています。
最近ではご縁のある方の御遺骨を納める納骨堂の役割もしています。
地蔵菩薩像はこの寺で開眼供養したものではありません。
安土桃山時代に前田家第3代藩主前田利常公が誕生した時立ち会った僧侶が利常公が大大名になることを予言したそうです。
利常公は予言通り130石の大大名になり 、予言した僧侶にお礼がしたくて捜した
ところ、現在忍者寺として知られている妙立寺に居ることが分かり、お礼としてその僧侶に遍照寺を建立してあげました。
遍照寺では地蔵菩薩も開眼供養されました。
時は江戸時代初期の頃です。
その後遍照寺は明治22年に火事で焼失してしまいましたが、遍照寺の地蔵菩薩だけは運び出されて無事でした。
この地蔵菩薩は同じ真言宗の寺である雨宝院に持ち込まれ、客仏として安置されていました。
雨宝院の先代の住職は、平成の少し前の昭和後期に檀家の協力で、地蔵堂としての十輪堂を建立して、地蔵菩薩像を安置しました。
これが十輪堂の地蔵尊に纏わるお話です。
地蔵菩薩像は江戸初期の造立によるものですから、文化財的価値は非常に高いものと思われます。
雨宝院は割合小さなお寺です。
第十七番札所の石碑
本堂の横には子安・延命地蔵が祀られています。
昔は水子供養のために小さな地蔵尊が奉納されたそうです。
また子授けに御利益があるとのことで、お参りに来る女性も多かったようですが、最近ではそういう女性も少なくなったそうです。
また境内の外には六地蔵もありました。
この寺は本当に地蔵尊と縁の深い寺だと言うことが分かりました。
雨宝院は作家室生犀星ゆかりの寺でもあります。
室生犀星は金沢で生まれましたが、幼少期から青年期まで養子として雨法院で育てられました。
私が高校生時代に「性」と言う字に誘われて小説「性に目覚める頃」を詠んだ想い出があります。
今読み返してみると、抹茶が好きだった養父のために雨宝院裏手の犀川の水を汲みに行ったことが記載されています。
当時の犀川はアユやウグイが棲んでいて水も清く澄んでいたようです。
また今年6月にTVで室生犀星の「あにいもうと」のテレビドラマが放映になりました。
長男の伊之助役を大泉洋が、長女のもん役を宮崎あおいが演じていました。
伊も助は小説では石工ですがドラマでは大工、もんは小説では自堕落な女性ですがドラマではトラックの運転手となっていて、現代風にリメイクされていました。
見所はもんが自堕落な生活をするようになった原因の小畑を巡っての伊之助ともんの喧嘩の場面でしょうか。
兄と妹の複雑な情愛と言うものを感じました。
雨宝院の近くに室生犀星記念館もあります。
また犀川大橋を上流に上った所に犀星のみちがあります。
その辺りに赤御影石を流しびなに型取り、「小景異情」の一節あんずの詩が刻まれている犀星自筆の陶板が取り付けられた詩碑があります。
この辺りの犀川の様子を2015年5月21日に撮った映像です。
犀川を観ると室生犀星の名前がいつも思い出されます。
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