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2018年9月22日
毎年この時期になると印西市結縁寺地区に彼岸花が咲き出します。
この周辺は「にほん里100選」に選ばれている場所で、また結縁寺の風景は、吉高の大桜、コスモス畑、夜明けの利根川などと共に、新・印西八景にも選ばれています。
結縁寺地区の彼岸花
結縁寺は山号を晴天山と号し、真言宗豊山派の寺で現在は無住です。
松虫姫ゆかりの寺の松虫寺の住職が結縁寺の住職を兼務しています。
創建は奈良時代初期に遡り、行基によって開基されたと伝えられています。
朱雀天皇の頃この寺に住んでいた真言僧が、一般の人々に仏縁を結ばせる結縁灌頂を行っていたことから、結縁寺と呼ばれるようになりました。
山号の晴天山は、晴れた日に井戸の水面に白蓮の花が咲いているのが見えたことから、晴天山と名付けられました。
この井戸は蓮池の側に復元されていて、花井戸と呼ばれます。
ハスの花が咲いた時復元された井戸の水面に蓮の花が写るかどうかは分かりません。
高さ的に微妙な感じですが。
復元された花井戸
結縁寺の山門
本堂
六地蔵
大師堂
第46番札所
印西市、白井市にかけて四国八十八カ所遍路を模した印西大師八十八カ所霊場があります。
私たちは昔の住宅公団が千葉ニュータウンとして開発した地区に転入してきた新住民です。
宅地開発は今でも続けられていて新住民の方が多くなっています。
昔から住んでいた人たちは毎年4月1日から8日までの8日間の巡礼で100キロ以上の遍路を歩きます。
各部落では接待をするようで、巡礼に参加する人は減っていて、ごく一部の人達だけで回っているようです。
結縁寺は印西大師の第46番札所です。
私は参考資料として五十嵐行男監修「北総の自然と共に歩く印西大師八十八カ所」もとに一人で調べて巡礼したことがあります。
資料の地図は双六の図のような簡略な地図で、しかも昔の村の名前が記載されていて、これらから札所の場所の特定はかなり難しく、市立図書館のゼンリンの住宅地図を頼りに、お寺や部落長さんに電話して問い合わせました。
印西大師のあるお寺が真言宗とは限りません。
むしろ真言宗の寺は圧倒的に少なく、他の宗派の寺が境内の一部を大師堂に提供しているだけで、印西大師とは無関係という返事しかもらえないこともありました。
それでも寺ならまだ探しやすいのですが、廃寺になっている所とか、道端にある札所は見つけるのが本当に大変で大分手こずってしまいました。
印西大師にかかりきりですべてを回りきるのに約6か月かかってしまいました。
同じような準四国八十八カ所霊場として、柏市・白井市を中心とした「東葛印旛大師」、船橋市・八千代市を中心とした「吉橋大師」があります。
こちらもすべて廻りました。
「印西大師」で調べ方のコツを学んだので、札所の特定は割とスムーズにできました。
「吉橋大師」の中で八千代市に在る札所の寺が廃寺になっていて、凄いブッシュの中に入って行ってやっと見つけた思い出があります。
実際に巡礼でここまでやって来る人がいるのか疑問に思いました。
道路から札所の方を向いて遥拝するだけではないかと思いました。
今振り返ってみると自分ながらよくやったのだと思います。
今はやり抜くエネルギーがありません。
横道に逸れてしまいました。
結縁寺の本堂の中です。
本尊は不動明王で、47cmの像高の銅造不動明王立像が正面厨子に安置されています。
鎌倉時代末期の嘉元元年造像されたもので、国の重要文化財に指定されています。
毎年9月28日が御開帳日ですので、今年も間もなく対面できます。
本尊に向かって右側の仏像
左端が菩薩立像でしょうか。
続いて阿弥陀三尊像でしょうか。
映像がはっきりしないので、脇侍が観音菩薩と勢至菩薩なのか判別できませんが。
右端が阿形の二天像で、前の彩色された坐像が伝教大師像です。
本尊向かって左側
右端は智拳印を結んでいるので大日如来坐像でしょう。
続いて左手に錫杖を持っているから地蔵菩薩立像でしょう。
左端は吽形の二天像のようです。
ニ天像の前の小さな仏像は判別できません。
前にある彩色された坐像は弘法大師像でしょう。
本尊以外の仏像は特別な指定は受けていませんが、結縁寺の創建が奈良時代なので、仏像も古いものだと推定できます。
ベランダのスズメウリノ実がようやく大きくなってきました。
まだ花が咲くので実もこれからも増えていくはずです。
家庭菜園の脇のカラスウリは色づき始めて居ます。
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