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2019年6月18日
高林寺から引き返し、二本松ICで東北自動車道に入り吾妻PAでトイレ休憩です。
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スタンプ
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パーキングエリアの一角に「笈も太刀も 五月にかざれ 紙幟」の芭蕉の記念碑がありました。
この句は1689年5月1日に福島県飯坂町平野にある医王寺に寄った時、丁度5月の節句を祝うために寺宝である弁慶の笈と義経の太刀が飾られていて、それを見て詠んだものです。
飯坂町は吾妻PAから近く、芭蕉が奥の細道の旅に出発してからちょうど300年になるのを記念してこの碑が建てられたようです。
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さらに東北自動車道を北上し白石ICでおりて、国道457号線を辿り、遠刈田温泉を通り蔵王エコーラインに入ります。
蔵王エコーライン入り口の鳥居
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山道を進み、山頂近くなると所々に残雪がありました。
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この辺りはアオモリトドマツが松くい虫の被害でかなり枯れていました。
被害は斜面全体に広がっていました。
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蔵王のアオモリトドマツは冬季に樹氷ができることで有名ですが、こんなに被害が広がっていくと、有名な樹氷も将来見られなくなるのではと心配されているようです。
松くい虫の被害は、以前中国地方や関西地区でアカマツ林で起こっていました。
山陽本線で岡山県や広島県を通るとき赤松が枯れてひどい状態でした。
アカマツ林では松茸が採れますが、至る所で松茸が採れなくなったらしいです。
松くい虫の被害が東北まで広がって来ていることに驚きました。

途中俄雨があったりして天候が気になり、お釜は見えるかどうか心配でしたが、最近はお釜のライブ映像がネットで観られるらしく、添乗員さんが逐一チェックしていて山頂は曇りですが霧が無いため見れると言うことでした。
蔵王レストハウス前の駐車場で下車しました。
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ここからお釜までゆっくり歩いて10分ほどです。
人と比べたお釜です。
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アップすると
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少し高い場所からでは
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周りに残雪があります。
この辺りには高山植物のハイマツ
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イワカガミ
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アカモノ
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ハクサンチドリ
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などを見ることができました。

刈田岳山頂には刈田嶺神社の奥宮があります。
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山頂まで5〜6分ほどの登りです。
登り詰めると
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拝殿と授与所
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神社からお釜を覗くと
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奥之宮の扁額
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狛犬もいました。
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神社なのに地蔵尊がおられました。
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記念に御朱印を頂きました。
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御朱印の日付を見ると皆月拾捌日となっています。
6月はみなづきで、普通は水無月と書きますが、ここでは皆月となっています。
日本語は平仮名から始まりましたが、途中から漢字が採用されました。
平仮名を漢字でどのようの表すか、人によっていろいろ表現法はあったと想像されます。
表音文字の平仮名を象形文字の漢字で表そうとすると色々候補があがります。
どれでも良いわけです。
時とともに表記法が統一されていって、水無月が主流になっていた。
中には皆月を使い続ける人達もいて良いわけです。
そういうことだと思います。
拾捌日ですが、捌はさばくとゆう意味が普通ですが、八の代用字でもあります。
ですから18日を表しています。
年号も干支の己亥(つちのとい・きがい)と表記しています。
2019年の干支は己亥です。
干支は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干と子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支で、十干の最初の「甲」と十二支の最初の「子」を組み合わせて「甲子(きのえ)」から始まり、「乙丑」、「丙寅」、「丁卯」と続き、「癸亥」で一巡します。
一巡は10と12の最小公倍数60で終わります。
干支が一回りして同じ干支が巡って来ると「還暦」です。
60歳の還暦はここからきています。
60年周期の干支紀年法は中国などで始まり、日本では欽明天皇15年(554年)に採用されたと言う説があります。
672年の「壬申の乱」、1868年の「戊辰戦争」、1911年中国の「辛亥革命」などの歴史上の大事件に干支が使われています。
阪神甲子園球場の名称も竣工された1924年の干支が「甲子(きのね)」だったかです。
残念ながら寅年ではなかったようです。

御朱印の日付から横道に逸れてしまいました。
 
添乗員さんの話では、レストハウスで販売している玉コンニャクがお勧めと言うことで、安いので買って食べてみました。
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味がコンニャクの中まで浸みていて割合美味しかったです。

この後チーズ工房に寄った後、遠刈田温泉にあるホテルに宿泊しました。
ホテルで刈田嶺神社のことを調べていたら面白いことが分かりました。
刈田嶺神社は遠刈田温泉に在る神社と、今日御朱印を頂いた刈田岳山頂の刈田嶺神社が対になっていて、山頂の方を「奥宮」、遠刈田温泉にある方を「里宮」と言います。
御神体は夏季は山頂の「奥宮」に、冬季は麓の「里宮」に季節遷座されます。
「里宮」から「奥宮」への遷座は、大体蔵王エコーラインの開通する4月下旬ころです。
また「奥宮」から「里宮」への遷座は秋の彼岸が終わった後、10月第1日曜日に「御神体下山式」が執り行われます。
蔵王連峰の「蔵王」は刈田嶺神社が蔵王権現を祀っていたことに由来しています。
蔵王権現と言えば吉野山の巨大な青い三体の立像が有名ですが、刈田嶺神社は吉野と関係があるのでしょうか。
奥宮を見たら里宮も見たくなり、スマホで調べると宿泊しているホテルから約2キロほどの場所の里宮があることが分かりました。
翌日早起きして朝食前に行ってみることにしました。

2019年6月19日
朝から体力を消耗したくなかったのでフロントでタクシーを頼むと、タクシーは7時から営業で早朝は利用できないと言われました。
里宮まで往復で4㎞以上です。
観たい一心で出発しました。
ゆっくり歩いて里宮まで40分くらいかかりました。
一の鳥居
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蔵王権現の扁額がかかっています。

二の鳥居には三角形の扁額でしょうか。
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三角形の扁額はブログを書くために映像を見ていたら初めて気づきました。
珍しいです。
当日気付いていたら、詳しく撮影しておいたのですが。少し残念です。

鐘楼がありました。
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神仏習合の名残でしょうか。
そう言えばこの門は山門のような造りに見えませんか。
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もともと権現自体が神仏習合から誕生したものですから。

狛犬
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さらに拝殿の前には2対の狛犬のようなものが見えます。
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小さい方の1対は
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どう見ても狛犬には見えません。
後で神社に問い合わせたところ、これはカエルだと言うことが分かりました。
蔵王権現信仰は山岳信仰です。
先ず里宮にお参りしてから、険しい山道を辿って奥宮に参ります。
道中危険な場所があったり険しい難所などを無事の通過して帰って来るのがなかなか大変でした。
そこで無事に帰って来られるようにとの願いから  帰る➝カエルとなり、奥の宮から無事に帰れるようにと狛犬のように一対のカエルの像を建立したと言うことです。
もう一度拝殿や狛犬などを
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参拝後御朱印を頂きたかったのですが、5時40分頃なので神社の人が起きておられるかどうかわからなかったので、呼び鈴は押さずにホテルに戻りました。
御朱印のサンプルがあったのでそれを撮影して来ました。
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結局1時間20分の散策となってしまいました。
これが影響して後で行く立石寺では奥之院まで登る余力がなくなっていました。
雨の中と言う悪条件も重なったからかもしれませんが。

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