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2019年3月31日
埼玉県寄居町の鉢形城跡から行田市の忍城へ移動していきます。
行田市に入ってから、途中でこんなものが見られました。
忍城はボランティアの方が説明・案内してくれました。
北に利根川、南に荒川が流れ、2つの川から生まれた湖沼が拡がる水郷の地に、文明年間(1469〜1486)に武蔵の武将・成田親泰によって忍城は築城されました。
その後成田氏は小田原北条氏の配下に入り、北条氏の宿敵上杉謙信からの攻撃を受けることになりましたが、城の周囲に拡がる湖沼が天然の要害となり、攻撃を退けることができました。
天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めのとき、石田三成は北条氏傘下の忍城へ進軍しました。
その時三成がとった策は城の周囲に堤を造成し、利根川と荒川から水を引くと言う水攻めでした。
ところが城は持ちこたえ、それどころか大雨で包みは決壊してしまい、水攻めは失敗してしまいました。
三成は秀吉の備中高松城の水攻めの真似がしたかったのでしょうか。
しかし小田原城が落城したため、前に訪れた鉢形城などと同様に開城しました。
この辺の事情は映画化され「のぼうの城」として上映されています。
徳川家康の関東入封後、忍城は江戸城の防衛の要として重要視され、1639年に老中阿部忠秋が入城しています。
1823年には伊勢桑名から松平忠堯が入封し、忠誠のとき明治維新を迎えました。
現在目ぼしい遺構は本丸土塁位でしょうか。
藩校の進修館の表門だったと伝えられている門が移築されていました。
元禄15年(1702)に三階櫓一棟と二階櫓二棟が建てられましたが、明治6年の廃城で解体されました。
櫓に使用されていた石垣の一部です。
本丸跡には行田市郷土博物館が立っています。
ここで続日本百名城のスタンプが押せます。
博物館の前では、当時の衣装をした市の外郭団体の職員が写真撮影に応じていました。
また松平氏が伊勢桑名から写したと言われる忍城の鐘が目を惹きます。
本丸跡には昭和63年に建てられた御三階櫓があります。
三階櫓は三の丸にあった建物なのですが。
桜と城のツアーなので
模擬城門
堀
コスプレファンがカメラマンを連れて撮影に来ていました。
許可を得て撮影させてもらいました。
行田市は足袋の製造で有名な土地です。
市内には足袋を保管する蔵が幾つも建てられ、現在も古い蔵が残っています。
テレビドラマ「陸王」撮影は⑱のイサミコーポレーションでした。
ドラマのシューズも足袋型をしていました。
この後、栃木県佐野市の唐沢山城跡に向かいます。
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