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2018年4月10日
石川城は三芦城とも呼ばれる、古来より里人の信仰を集めた石都々古和気神社が鎮座する八幡山に築かれた中世城郭です。
伝説によると石川氏の祖となる源有光が最初にこの山に城を築いたことになっています。
歴史的に確かなことは、石川持光が応永30年(1423)に館の八幡に鰐口を寄進したことが銘文に記載されていることから、その頃に館をつくり、以前からある神社に源氏の氏神・八幡神を合祀したとみられています。
24代城主石川昭光の時、豊臣秀吉の奥州仕置きにより領地が没収され、昭光は角田(宮城県)に退去したため、廃城になりました。
北須川側からの石都々古和気神社の参道が石川城の大手道だったのでしょうか。
途中に石門と呼ばれる巨岩があります。
これは天然の岩を利用した城門だったのではないでしょうか。
神社の拝殿のある場所が主郭です。
主郭の西側に約60mの土塁があります。
土塁の一部分は丁度水仙の花で覆われていました。
主郭には狼煙台や見張り台があったようです。
狼煙台跡
見張り台跡
主郭から西側に下りていくと鏡岩がありました。
(昨日のブログでは鏡岩の映像は無いと記載してしまいましたが、その時点では映像の整理が不十分で捜し出すことができませんでした。)
ここで改めて三種の神器の剣・勾玉・鏡の岩を紹介します。
剣石
勾玉岩
鏡岩のある部分も曲輪になっています。
二の郭でしょう。
二の郭より見た主郭の城塁です。
二の郭には北側より自動車で登ることができ、西側へと抜けていきます。
途中に堀切がありました。
西舘には二つの曲輪があります。
西舘の曲輪から下の方を見ると、愛宕台が見えます。
西舘の斜面の桜が満開です。
この斜面に小観音霊場がありました。
斜面に札所が点在しています。
22番札所
23番札所
24番札所
31番札所
桜を眺めながら33観音霊場巡りを味わうのは、意外に楽しいかもしれません。
宮城・鹿ノ坂にも曲輪や土塁があったらしいですが、こちらは行かなかったので様子が分かりません。
石川城跡にはソメイヨシノの他にこんな桜も咲いていました。
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日記
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2019年4月10日
高田桜から磐城石川駅方向に徒歩で15分ほど行くと、陸奥一之宮石都々古和気神社の参道口の鳥居に着きます。
鳥居を潜り抜け進むと、狛犬があります。
この構図は18世紀前半に遡る高遠藩の石工系譜を引くもので、時代的には昭和期の作品と新しいものの、高度な彫刻技術と美術工芸的にも価値の高い貴重な文化財と言われています。
さらに石段を進んでいきます。
この神社は約1万年位前から信仰されていたとされ、多くの磐境(いわさか)が点在しています。
天狗岩
亀石
屛風岩
石門(鳥居)
神籬岩
船形岩
さらに三種の神器と言われる剣、勾玉、鏡もあります。
剣石
勾玉岩
しかし残念ながら鏡岩は撮影を忘れてしまい、映像の紹介ができません。
季節的には春なので参道には色々な花が咲いていました。
樹齢160年の天龍桜
ここから最後の石段です。
拝殿
本殿
祖霊社、多賀神社、諏訪神社などもありました。
狛犬の作者・小林和平が昭和13年に制作した石造りの五重塔です。
こんなものもありました。
祠にハート形があります。
樹齢350年の神木高野槙だったそうです。
拝殿のある場所は石川(三芦)城の本丸跡です。
遺構の土塁が拝殿の後側にあります。
土塁は長さ約60mあり、一部水仙の花で覆われていました。
本丸跡には花々が咲いていました。
社務所は山を下りた少し離れた場所に在り、ここで御朱印を頂きました。
社務所
御朱印
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2019年4月13日
3齢で越冬したアカボシゴマダラの幼虫が3頭脱皮してエノキを摂食していました。
同じ木で越冬して4齢か終齢幼虫はまだ脱皮はしていないようです。
この個体も既に摂食は始めているものと推測しています。
終齢なら蛹化の時脱皮するだけですが、4齢だと脱皮して終齢になり蛹化の時にも脱皮します。
4齢か終齢は脱皮する過程を調べると、判別できます。
小まめに様子を観察に行く必要があります。
環境によって発芽が送れているエノキでは3齢幼虫はまだ脱皮していない個体もいます。
この個体は越冬に入る時期もかなり遅かったです。
家庭菜園の花も少し様子が変化して来ました。
雑草取りが大変です。
小まめに目の肥やしをやりに行く必要があるのですが。
仏壇にあげる花には事欠かなってきました。
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2018年4月10日
JRの水郡線の案内パンフレットを見ていると、磐城石川駅の項にイタリアンのくっちーな・じらそーれのフルーツピッツァが載っていて食べてみたくなりました。
石川町を調べてみると、4月には桜祭りがあり、また陸奥一之宮石都々古和気神社、三芦城跡もあることが分かり、ここは行かねばと決心しました。
磐城石川駅に行くには東北新幹線で郡山駅に行きここで水郡線に乗り換えていく方法と、常磐線で水戸駅に行きここで水郡線に乗り換えて磐城石川駅も出行く二つの方法があります。
乗車料金は水戸経由の方が安上がりなのと接続時間などを考慮すると水戸経由の方が便利なようなので、こちらに決めました。
水郡線は運転本数が少なく、水戸から磐城石川駅まで行ける電車は、午前中は2本だけで、実際に乗れそうなのは水戸発9:22の1本のみです。
柏発8:27のひたち3号に乗ると水戸駅に9:18に到着できます。
4分の接続時間で9:22発郡山行きに乗り換えます。
水戸駅の水郡線駅標
E130系水郡線電車
発車して20分位した時、バス停のポールがたくさん置いてあるのが見えたのでパチリ。
水郡線は奥久慈清流ラインの愛称があり、車窓から久慈川の流れが見られます。
袋田駅
常陸大子駅で4両編成の電車が3両切り離されて、これから先は1両編成となります。
常陸大子駅駅標
待機中の回送電車でしょうか。
常陸大子駅を出ると吊り橋が見えました。
矢祭山駅
11:43に磐城石川駅に到着です。
乗ってきた電車
磐城石川駅駅舎
石川町は岐阜県苗木地方、滋賀県田ノ上地方と並んで日本三大鉱物産地と称されます。
鉱山が幾つかあり、特にペグマタイトが産出されます。
ペグマタイトは石英、長石の大きな結晶が含まれていることが特徴です。
石英はガラスの材料に、長石は陶磁器の釉薬の材料として利用されます。
駅から3〜4分の場所にイタリアンのくっちーな・じらそーれがあり、予約を取っておきました。
店内
フルーツピッツァを予約しておきました。
フォトジェニックなピッツァです。
結構甘いピッツァなので、普通の人は一人では食べきれないでしょうが、私は食べてしまいます。
ドリンク類も色々用意されていて、セルフで飲めます。
ショップカード
店を出て6〜7分行ったところで、犬かと思いましたが良く見ると野生のタヌキでした。
タヌキのいた環境
石川桜まつりは始まっていて、桜は今が満開でした。
今出川沿いに道を進んでいきます。
くっちーな・じらそーれから10分位で陸奥一之宮の石都々古和気神社の参道口に着きます。
神社と三芦城跡は帰りに寄ることとし、高田桜を目指して今出川沿いの道をさらに進みます。
途中桜も変化します。
磐城石川駅から徒歩25分位で高田桜に着きます。
高田桜は推定樹齢500年のエドヒガンザクラです。
福島県の天然記念物に指定されています。
花の付き方が少ないせいか、予想より貧弱に感じてしまいました。
まだ満開でないのかもしれません。
石川町の滞在時間は2時間48分なので、急いで石都々古和気神社に向かいます。
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2019年4月8日
東京より少し遅く印西市でもソメイヨシノが5日に満開になりました。
家の前の通りが桜並木になっていて、毎年ここで花見ができます。
ソメイヨシノよりやや遅れて、印西市吉高のヤマザクラの大桜が満開になります。
樹齢は300年以上で印西市の特別天然記念物に指定されています。
最近この大桜が有名になり毎年桜祭りが催され、今年は4月6日と7日でした。
この日に行くとシャトルバスが出てアクセスに便利なのですが、人出が多くなりゆっくりと桜見物できなくなるので、1日置いた月曜日の今日行くことにしました。
車で行けば臨時駐車場から徒歩で15分位ですが、電車で最寄り駅の印旛日本医大駅で下車して歩くと45分はかかります。
北総線の印旛日本医大駅です。
駅から北総線沿いに歩いていきます。
途中の印旛松虫公園にはソメイヨシノとは異なる白っぽい桜が咲いていました。
花の数の少ないピンク色の桜も
またボケやレンギョも咲いていました。
約35分位歩いて吉高の信号まで来ました。
ここで臨時駐車場から歩いてきた人達と合流します。
土日の桜祭りを過ぎても、結構見物客がいます。
暇な老人が多いと言うことでしょうか。
ここから農道に入ります。
途中に光明真言塔や普門品塔がありました。
普門品塔はある程度の回数、10万遍くらい観音経を唱えてから建立されます。
普通観音経は個人の供養のために唱えますが、普門品塔は村落共同体の安泰のために建てられます。
吉高郷の村人たちが協力して建立したものでしょう。
光明真言塔は100万遍唱えてから建立するのが普通です。
光明真言は
おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら
はらばりたや うん
ですから、吉高郷の村民がそれぞれ真言を唱え、其の延べの回数が100万遍になるようにすれば、一人当たりの唱える回数が少なくて済みます。
光明真言は「御仏の光明に照らされて 三妄の霧おのずからはれ浄心の玉明らかにして 真如の月まどかならん 悟りが得られますように」ですが、病疫、災害、苦厄などに対する万能薬のような機能もあるのかもしれません。
普門品塔も光明真言塔も19世紀頃の建て始められたようです。
道ばたにはヤマブキ
ムラサキケマンソウ
ソメイヨシノとは違ったサクラなどが見受けられました。
農道を10分ほど進むと吉高の大桜です。
吉高は奈良時代和名抄にも記載されている、下総国印波郡吉高郷のことで、古から知られた地域です。
吉高の大桜は須藤家の所有で、須藤家の氏神様の祠の在った場所に1m位盛り土をして植えられたものです。
良好な環境に恵まれて、
樹高 11.7m
樹齢 300年以上
根周囲 6.65㎡
根張り 最大24.5㎡
と樹勢を拡大してきています。
ヤマザクラの大桜
根元部分
須藤家の氏神様の新しい祠
下から
ヤマザクラのアップ
菜の花とヤマザクラ
吉高の大桜を色々な角度から
近くには花桃も綺麗に咲いていました。
今日は徒歩90分で少しきつかったですが、予想以上に花が綺麗だったので気分的には楽でした。
これから桜関連のブログを3〜4回続ける予定です。
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