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オラショとは祈りのこと。
わたしたちのコーラスは只今存続の危機です。 わたしも昨年のコンサートをもって退団を決意しておりました。
気楽に80才まで歌うという環境ではなく背負う責任が重い。
それには体力に自信がない。
ソプラノ以外のパートの人 は人数に変化が無いので続けたいと言うけれど、
ソプラノが居なくてはコーラスにはならない。
それでなくても高齢化の一途をたどっているのに。 辞めどきはいつか? 私は一年を区切ってやめるというのはいやなのだ。
どうせなら、80才まで歌っていける方法をみつけたい。
これは三ヶ月休んでいて考えに至ったこと。
新人募集しかない。若いひとに入ってもらうしか無い。
こんな時に辞めるなんてあなたらしくないと指導者にいわれ、私らしいとはなに?と 思うのだけれど、、、、 そして、指導者が選んだ曲がオラショ。 「ミサ曲第2番 オラショ」 偶然にも、遠藤周作の「わたし・が・捨てた女、」を読んだあとで、「沈黙」も読み直してみた。 先日、その本番が終わったばかりだ。
人数が少ないと思うだけで、力みが入ってしまう。
このところ、力が抜けて発声的に見えてきたことがあったのに、緊張することで
それが、また見えなくなってきた。
人の心と体は不思議に絡み合っている。
だからというわけでもないけれど、本番が終わるのを待っていた夫と長崎に
旅をすることにした。
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歌は友達
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pacemさん、悩むときは徹底的に悩んでください。そうすればきっと何かが見えてくるはずです。継続は力なり。すべてにおいてそうだと思います。遠藤周作を読んでどう思われたか聞いてみたい気もしますが、いまは止めましょう。きっと「オラショ」で何かヒントを得たはずです。私もまた悩み続けているひとりです。
2013/6/21(金) 午前 1:44 [ sada ]
sadaさん、ありがとうございます。
新聞などに募集をかけたんですが、一向に音沙汰なしです。
悩んでいるんですが、割と楽観的でそのうちこの状況にも
慣れるかなとも思っています。遠藤周作は読んだ感想を書きたい
と思っているんですが、ちょっと力不足でなかなか更新するところまで行きつきません。
2013/6/21(金) 午後 5:09
pacemさん、もう少しいわせて下さい。文章を書くのに力など使うから先に進めないのでは。上手い下手はあっても自分の思いを伝えるのが文章ではないのでは。きっとコーラスにしてもあなたは思い違いをしている。80まで続ける気持があれば何を躊躇っているのか。ソプラノのパートの重責。ただそれだけでしょう。声がでなくなっなら仕方ないでしょう。でもそうでなかったら続けるべきだと私は思います。辞めることはいつでも出来ます。続けることの困難さに負けで欲しいと思います。メンバーが増え、あなたが辞めても大丈夫な時期を選んで辞めるのがあなたらしい、私はそう思います。なぜ他のパートのひとがソプラノをカバーできないのか。またメンバーを増やすのにどれだけ全員協力しているのか私には分かりません。でももっと皆さんで話す機会をもてばきっと方法が見つかるはずです。
2013/6/22(土) 午前 0:53 [ sada ]
sadaさん、だから老体にムチ打ってやってるんだってば。
2013/6/22(土) 午後 11:13