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5月の風が吹いたら、旅に出かけましょ〜♪ でも、GW中は何処へ行っても混雑〜家の中でお掃除でもしましょうか〜 明日は5月3日憲法記念日です。 林光作曲、新川和江作詩の「わたしを束ねないで」をご紹介しますね。 わたしを束ねないで(1987)は、日本国憲法を主題として外山雄三と林光が作曲した 交響曲「五月の歌」の中の1曲。 ”わたしを束ねないで”と印象的な旋律で始まるが、作詩者は「わたくしは、何ものにも隷属しない、 わたくし自身の<女性>にすら隷属しない、自由な生き方というものをはげしく希求した」 (『朝ごとに生まれよ、私』)その想いがこの詩になってあらわれたと記されています。
私を束ねないで
あらせいとうの花のように白い葱のように たばねないでください 私は稲穂 秋 大地が胸を焦がす 見渡すかぎりの金色の稲穂 わたしを止めないで 標本箱の昆虫のように 高原からきた絵葉書のように 止めないでください わたしは羽ばたき こやみなく空のひろさをかいさぐっている 目には見えないつばさの音 わたしを注がないで 日常性に薄められた牛乳のように ぬるい酒のように 注がないでください わたしは海 夜 とほうもなく満ちてくる 苦い潮 ふちのない水 わたしを名付けないで 娘という名 妻という名 重々しい母という名でしつらえた座に 坐りきりにさせないでください わたしは風 りんごの木と 泉のありかを知っている風 わたしを区切らないで ,(コンマ)や.(ピリオド)いつくかの段落 そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章 川と同じに はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩 ブログはしていないけれど、コメントは残してくれないけれど 私の拙いブログを見ていて密かに応援してくれている友人〜 又は、ブログのお友達〜 この頃、更新さぼっていてご心配おかけしてすみません。 更新していないと、体調を崩しているのではないかと 心配してくださってありがとうございます。 とは言っても、相変わらずのボチボチですが 更新しますので、これからもよろしくお願いします。
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歌は友達
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ちょっと、重く暗い詩ですね。 永瀬さんのことをもう少し理解する為に面白いエッセイを見つけました。
反衛生
日々の過労の上に、無理をして身体のあちこちが堪えがたく痛んでいるので、
エレベーターを待つ間も腕を上下に振ったり叩いたりせずにはいられない。
午後ロッカーの上の、かさばった重い用紙の箱をとり降ろし、又のせるため、
若い人に頼みたいと思ったが、皆忙しそうなので椅子にのぼり、渾身の力を
ふるって上へのっけた。
多分そのとたんあわや卒倒と思いのほか、ふしぎにも今までのやるせない肩や腕の凝り
と頭痛はふっとんで無くなった−。
私の健康のための人々のさまざまな忠告は、常に私自身の発見と事実とに反していることが多い。
たとえば「安静に」「脂肪をとるな」「塩をとるな」「働くな」。
私自身の生命はつねに私に教えてくれる。「悩め」「力をつくせ」「戦え」「一歩出ろ」。
八歳の
八歳の異国民の娘が世尊に宝珠をさしあげた。
「異国民のくせに」「女のくせに」「子供のくせに」「身のほど知らず」。
人々から見てその事だけでも眼をそば立てる事であった。
けれども世尊はためらいなく受けとりなされた。
「今、私が受けとったのは迅やかったかどうか」と世尊がみんなにおききなされた。
「迅し(とし)」とそれに驚いていた人々は一斉に答えた。
それは彼らにとってめざましく大きな教えであった。
自分の投げた球が、そっくりキャッチされることの喜びが、
この世の中で最も高度の喜びであることを私はしばしば思う。
又それがどんなにむつかしい事であるかを。
私の事をすぐ受けとってくれる人。誰であればそのようにしてくれるであろうか。
私はこの世の中でそれを求めている。
そして又それだから私もどのくらいそうした人でありうるかと
この世の中でいつもそれを願っている。
そしてそれらの願いのすべてはわが貧しさわが幼さに基づいている。
ちょっと、意味不明なところもありますが
このエッセイを見つけて、とっても嬉しくなっています。
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♪悲しき天使 花の季節(悲しき天使)Those were the Days 作詞:ポドレフスキー(Konstantin Podrevsky) 作曲:ボリス・フォーミン(Boris Fomin/1908-1948) 『花の季節(悲しき天使)』の原は 20世紀前半頃のロシア歌曲 『長い道を/“Дорогой длинною”』 アメリカのジーン・ラスキン(Gene Raskin)は ロシア歌曲『長い道を』のアレンジ版を ロンドンのブルー・エンジェル・クラブで歌っていた。 メリー・ホプキンの大ヒットデビューシングルをポール・マッカートニーが聞き付けてアレンジを加え メリー・ホプキンのデビューシングルとしてイギリスで1968年8月にリリースした。 メリー・ホプキンの『Those were the days』は 全世界で500万枚以上の大ヒットを記録。 日本では、『悲しき天使』のタイトルで広まった ちなみに「悲しき〜」というタイトルは、 当時の日本で流行っていたネーミングの一つ。 フランス語版では『花の季節』のタイトルで知られている。 歌詞の内容は? 『Those were the days』の歌詞では tavern(居酒屋)で昔を振り返る人物の 感慨深げな心が描かれている。 楽しく飲み明かしていた若かりし頃を「あの頃は良かった (Those were the days)としみじみと振り返る。 すっかり「大人」になり そして年をとってしまった自分の姿を前にして「心の中の夢は今も変わらない」と歌い上げている。
♪私の場合は、森山良子の歌で聴いていたような記憶が〜 前ばかり見て走っていたのに、どうも懐古的になってるみたい〜 |

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クリックしてくださいね!! ♪サリーガーデン
「恋はあせらず やなぎの木に葉が茂るように」 Down by the salley gardens My love and I did meet; She passed the salley gardens With little snow-white feet. She bid me take love easy, As the leaves grow on the tree; But I, being young and foolish with her did not agree. 柳の木の茂る辺りで 僕と彼女は出会った 彼女はその白雪のような足で 茂みを通り過ぎ 僕に言った 「恋はあせらず 柳の木が茂るように」 だけど若く愚かだった僕は それが分からなかった In a field by the river My love and I did stand And on my leaning shoulder She laid her snow-white hand. She bid me take life easy, As the grass grows on the weirs; But I was young and foolish And now am full of tears. 川のほとりでたたずむ僕と彼女 僕の肩に差し伸べた白雪のような手 「自然に生きればいいわ 川の堰に草が生えるように」 だけど僕は若く愚かだった僕は 今はただ涙に暮れるばかりだ 歌詞は、ある村で農婦がよく口ずさんでいた詩を、アイルランドの詩人イェイツ(イエーツ)が編集したものだそうです。1889年に出版されたイェイツの詩集「The Wanderings of Oisin and Other Poems」に収録されています。 「サリー」の意味は? タイトルの「salley(サリー)」とは「やなぎの木(White Willow)」の事で、アイルランド語で「ヤナギ」を意味する「saileách」が語源とされている。昔のアイルランドの村々では、杖を作ったり屋根の材料として用いたりするために、「salley garden(サリーガーデン/やなぎの木の林)」を村の郊外に持つことが一般的だったようです。
アイルランドの素朴なこの歌が大好きです〜
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