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http://www.youtube.com/v/AcAGiM4VxBg?fs=1&hl=ja&fs=1 ホッチョセ クリックしてくださいね。 この演奏は男声のアンサンブルですが、曲の雰囲気は分かりますね。 中央アルプスの南端にそびえる標高2191mの恵那山ですが、この山の麓に位置する恵那市、中津川市、 恵那郡の南部と北部をまとめて、かっては恵那郡と呼び、今でも恵那地方といえば、この地域をさし ています。 『ホッチョセ』は初夏の頃に山や谷で鳴く山時鳥(ほととぎす)の鳴き声を短くしたもので、 この民謡の中に何回となく出てくる『ホッチョセ』という合の手(かけ声)が曲名になっています。 旋律が『小諸馬子歌』の最初の部分とよく似ていることから、小諸から中山道経由で『馬子』とか 『ごぜ』といった人たちによって伝えられたこの旋律が中津川に入って短縮され、地域独特の歌詞 がつけられて、歌い継がれてきたものと思われます。 |
歌は友達
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けっして来ない聖者の日
詞 ベルトルト・ブレヒト
訳詞 長谷川四郎 作曲 林 光
貧しい生まれの者なら 一度は聞いた話 貧乏女房の小せがれが 玉座に座る日が来ると その日の名前は 決して来ない 聖者の日 決して来ない聖者の日に 奴は玉座に座ってる この日 善には報いあり 悪事は首をチョン切られ
稼ぎと儲けはニコニコと パンと塩とを取り替える その日の名前は 決して来ない 聖者の日 決して来ない聖者の日に パンと塩とを取り替える 草は天から逆さに生え 川は下から上へ流れ
人みな善人ばかりなり この世はほんにパラダイス その日の名前は 決して来ない 聖者の日 決して来ない聖者の日に この世はほんにパラダイス 失業亭主は職見つけ 貧乏女房に休みあり その日の名前は 決して来ない 聖者の日 決して来ない聖者の日に 貧乏女房に休みあり これ以上は 待てない その日がすぐに 来て欲しい
夜の七時や八時じゃなく 一番鶏の鳴くときに その日の名前は 決して来ない 聖者の日 決して来ない聖者の日は 一番鶏の鳴くときに これは、ブレヒトの戯曲「ゼチュアンの善人」の挿入歌です。 意味が分かるような分からんような歌詞です。
ホッチョセ 恵那地方の民謡をうちの指揮者が無伴奏の女性合唱曲に作りました。
ここは山家じゃお医者はないで ア〜ホッチョセ ホッチョセ 可愛い殿さを見殺しに ア〜ホッチョセ ホッチョセ
月のなー出ごろと約束したが ア〜ホッチョセ ホッチョセ 月は山端にわしゃここに ア〜ホッチョセ ホッチョセ
美濃のナー中津を出て行くときにゃ ア〜ホッチョセ ア〜ホッチョセ 三度見返す恵那の山 ア〜ホッチョセ ホッチョセ
この2曲が6月の本番に歌う曲です。 |
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本当は、与謝野晶子の詩集についての本が
欲しかったのですが、見つかりません。 2冊の本を買いました。
短歌から詩集について探ろうとしています。
与謝野晶子は1878年(明治11年)〜1942年(昭和17年)。
1901年(明治34年)23歳で与謝野寛と結婚し、1919年 (大正8年)41歳の18年間に12人の子供を産み、出産後すぐに 男子を亡くしていて、5男6女・・・11人の子供の母である。
64歳で亡くなっている。 舞ごろもの抄の「舞ごろも」のはじめに さきごろわたくしは「歌の作りやう」1巻を書いて私の短歌を作る
心もちを少しばかり述べました。 私の詩を作る心もちも歌と同じです。 私は無学である上に順応性の非常に鈍い人間ですから、芸術上の どの主義傾向をも知らず、どの先輩の文学論や詩論にも教えられずに 居ります。従って私の詩が世に謂う詩と云うものになっているかどう かを知りません。
忙しく暮らして居るために詩壇に名ある人人の作物と比較して自省す る時間をも持ちません。・・・・・・・・・・・・・・・
又、「太陽と薔薇(抄)」の自序に
私は久しく歌を作っていながらまだ自分の歌に満足する日が無く
断えず不足を感じて忸怩として居る人間です。 自分はもう歌が詠めなくなったと悲観したり、歌というものは どうして作るものであったかと当惑したりすることが毎月幾回 あるかしれません。
私は歌で現はし得ない所のものを詩で現はさうと試みました。 私たちが4月のコンサートで歌う「歌はどうして作る」の中の詩は
大正4〜6年(37歳〜39歳)に作られました。
夢と現実(雑詩40篇)から、幻想と風景(雑詩87篇)から抜粋されています。
34歳の時、寛を追っかけて、7人の子供を置いてパリに行くんです。
5ヶ月もの間です。子供の面倒は誰が見ていたのでしょうね。
でも、パリでは置いて来た子供のことを思って 8人目を妊娠したことが分かって帰国することになります。
帰ってくるのに40日もかかるのです。
行きも帰りもひとりで強い人ですね。
晶子37歳、結婚15年目に詠んだ歌です。 こんな歌を見つけてしまいました。
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五月の海
与謝野晶子:詩
おお、海が高まる、高まる。
若い、優しい五月の胸、
群青色の海が高まる。
金岡の金泥の厚さ、
光悦の線の太さ
写楽の神経のきびきびしさ、
それらを一つに融かして
音楽のように海が高まる。
さうして、その先に 美しい乳首と見える。
まんまるい一点の紅い帆。
それを中心に
今、海は一段と緊張し、
高まる、高まる、高まる。
おお、若い命が高まる。
わたしと一所に海が高まる。
組曲「歌はどうして作る」の最終曲です。
金岡の金泥の厚さ、 光悦の線の太さ
写楽の神経のきびきびしさ、
巨勢の金岡〜こんな言葉が詩の中にさりげなく入っているのが 与謝野晶子の深さでしょうか。
音楽が高まる〜といいながら、どんどん盛り上がっていきます。
最後、Aのロングトーンでフォルテッシモで終わります。
死にそうです。
5曲どれも難解です。
コンサートまで2ヶ月ちょっとしかありません。
ちょっと焦っています。
暗譜なので苦労します。
いつものことですが、ブログ、マタマタさぼり気味になります。
ちょっと、日の暮れるのが遅くなってきましたね。 一年で一番寒い時ですが、自然の中に春の兆しを感じますね。
私たちの体もそろそろ春の準備をはじめているのではないでしょうか。
追記
今、話題の人〜与謝野さんは与謝野晶子の
お孫さんなんですね。
全然、知りませんでした。
相変わらず無知な私です。
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昨日、鶴舞公園に行ったのにはもうひとつ訳があった。
与謝野晶子のことを調べに図書館に行こうと・・・・・
これは、来年の4月に歌う曲なのだけれど
この詩は、若い子には歌えないだろう
与謝野晶子の何歳の頃の詩なのかまだ調べてはいないのだけれど
わたしたちくらいの年齢なのかと・・・・
まだ、枯れてしまうには未練があるというか
焦りがあるというか
苛立ちがあるというか
そんな気持ちが、この曲のリズムの刻み方に
現れているのです。
いまだから、歌える歌だと思っているのです。
そんなわけで、図書館に行ったのですが、薔薇と紅葉の
写真を撮るのに疲れて図書館は次回ということになりました。
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