pacemのつぶやき

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旅は道連れ

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ソウル 南大門

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中部国際空港セントレアから韓国の仁川空港に到着。
 
夫がソウルには仕事で来ているので、お任せすることにして何も調べず、何も考えず
 
インターネットで航空券とホテルだけ予約してやって来ました。
仁川空港広いですね。
 
ソウルまでバスで行くことにして、何とかチケットを買って乗り場もみつけました。
 
バスだとホテルまで行ってくれます。ホテルは南山にあります。
 
バス代は一人16000ウォン。日本円でだいたい1600円です。
 
チェックインしてから、タクシーで南大門まで出かけて行きました。
 
 
元気のいいおばちゃんにお店の中に誘い込まれました。

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これはサービスのビビンバです。

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これもサービスのお豆がいっぱい入ったおこわのようなものです。
 
韓国のりの刻んだものをまぶして食べます。
 
これ美味しいです。
 
写真を撮るの忘れましたが、温かいうどんが美味しかったです。
 
手造りのほうとうに似たもっちりしたうどんです。
 
珍しいことに、ここのは唐辛子で真っ赤ではありません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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南大門は名古屋の大須にも似ています。
 
韓国のり、高麗人参、衣料品などいろんな店が並んでいます。
 
この日も茹だるような暑さでした。
 
 
 

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南大門の辺りを歩いていると、明洞も近くにあるみたいです。
 
 
 
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オラショ 3

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        オランダ坂です。昨日までいいお天気だったのに、今日は雨です。

 
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              グラバー園から見た長崎の街です。
 

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               蝶々さんのつもりで海を眺めてみました。
 

 
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こうして、たくさんの教会を観て回っていると、教会の壁に垂れ幕が下がっています。
去年と今年は信仰年間。「主よ、信じる」 と書かれています。
 
日本に1549年にキリスト教が伝来してから50年位の間に、凄い勢いで大名から一般庶民までキリシタンになりました。
 
これは、ヨーロッパではルネサンス、日本では下克上の戦国時代ということも関係しているのでしょうか? 私は不思議な気がしてなりません。
この勢いに恐れてキリスト教を為政者たちは禁制にしたんでしようね。

天正遣欧少年使節団を送り出した後、秀吉がキリシタン禁令をだし、日本に帰ってくるのですが、秀吉の前でジョスカン・デ・プレの曲を演奏したそうです。
ヨーロッパの音楽には、日本にはないハーモニーがあると言ったそうです。
 
私はキリスト教徒でもなく、仏教徒でもないですが、音楽をするものとして、この時代に居たら、どんな立場に居たのだろうと思います。
想像してみると、ワクワクしますね。
 
殉教した人も、隠れキリシタンになった人も、「信じる」ことを大切に生きたのでしょうね。
 
 
 
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                          カトリック大浦教会

 
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                              大浦天主堂
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長崎は確かに坂だらけ。足にきます。
ここから、路面電車に乗って長崎駅に戻り、後悔しないように、チャンポンを食べました。
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オラショ紀行 2

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長崎県の北西に位置する平戸市は、日本の陸路(離島除く)の最西端に位置する
歴史とロマンがあふれる城下町です。
 
400年ほど前、日本で最初の西洋貿易港として
イギリスやオランダとの交流が始まりました
西洋文化の橋渡しとなった平戸。
 
オランダ商館や平戸城を始め、歴史を物語る建物や史跡が、たくさんあります
 
又、平戸を訪れると数多くの教会に出会います。
 
教会の美しい外観、神秘的な雰囲気の内観に思わずうっとり魅入ってしまいます。
 
時は1550年、平戸へフランシスコ・ザビエルが訪れて以降広まった
 
平戸のキリシタン信仰。厳しい禁教時代がありながらも今なお
平戸に息づいています。
 
現在、平戸の人口の約1/10がキリスト教を信仰し、13のカトリック教会があります。
特に田平天主堂と宝亀教会は世界遺産構成資産候補として挙がっています。

 
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              これは、生月の山田教会でいただいて来たパンフレットです。





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                                         生月大橋

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平戸と生月島は600m離れていて、今は生月大橋で結ばれています。

皆川達夫著  「オラショ紀行』という本があります。
友人が図書館で借りて来て見せてくれました。

遠藤周作、海老澤有道、田北耕也、H.チースリク、間宮芳生、以上の方々がいろいろな方向から、オラショについて語って、皆川さんがまとめておられます。

遠藤さんは、沈黙について。
永遠に沈黙していると言うのではなくて、それぞれの人間の苦しみを通して、自分の存在を神は語っているのだ。ということを微かな声で言いたかった。
 
ヨーロッパ的な秩序のキリストと違う赦すキリスト。仏教なんかも日本人の歯で噛み砕かれると赦す宗教がでてくる・・・・・・と言っています。
 

「沈黙」の中にも出てきたパライソ
あー 参ろうやな 参ろうやな
パライソの寺にぞ参ろうやなぁ
(地獄さまのうた)

生月の山田集落の素朴な漁民が作ったそうです。
  

オラショとはグレゴリオ聖歌なんですが、キリスト教が禁制になって400年余りの間に隠れキリシタンとして口頭伝承されて、you tubeで聞いて見ると分かりますが
日本の御詠歌のようになっています。
 
全然意味の分からないラテン語を丸暗記して、それを400年も伝承するんですから、凄まじい信仰だと思います。

 
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夫は長崎旅行と思っていましたから、長崎に2泊したのですが平戸と長崎はかなり遠いです。
 
私はひそかに生月に行ければいいと思っていました。
 
説明するのが面倒なので平戸のイカたこまつりに行くよ〜〜〜と言ったのですが・・・・・
 
早朝に長崎をたって、平戸桟橋に着いたのが、11時11分。
 
観光ガイドで聞く間もなく、生月行のバスが11時20分。  飛び乗ってしまいました。
 
運転手さんに山田教会に行くにはどこで降りるのか?と聞いて、飛石というバス停を確認だけして。
 
降りるときに、どちらに行けばいいかを聞いて、帰りのバスの時間を確かめて歩き始めました。
 
人っ子一人いないし、暑いし、教会は見えないし、ちょっぴり不安になってきましたが畑仕事をしているご婦人に会うことができて、そこまっすぐ行ったら教会が見えると言われたのだけれど、またも見えてこない。
 
このあたりでは、すぐはかなり遠いようです。
 
教会はどこも美しいけれど、周りの環境を歩いて肌で感じるのもいいなと思えました。
 
結局、山田教会しか行けなかったけれど、鶯も泣いていたし、良かった。
 
バスが出てしまったので、次のバスまで1時間あるのでバスで来た道を歩いてみました。
 
やっと、お店を見つけて焼きそばを食べたら、あごだし?、凄く美味しかったです。
 
平戸桟橋まで戻って、イカたこ祭りのイカを食べました。
 
 
 
 
 

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                          もう一度、平戸に行きたい。

 
 
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6月16日、県営名古屋空港から福岡空港へ。
 
博多から長崎まで高速バスで・・・・オラショ紀行のはじまりです。

長崎のホテルに荷物を置いて、昼食をすませ、長崎港まで歩いて船で伊王島まで。
 
梅雨どきなのにいいお天気。  海も空も美しく素晴らしい。
 

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港を離れて、島までの中間点辺りで、急に霧が出てきてちょっと不安になりました。
 
あんなに晴れていたのに・・・・・そして、また島に近ずくと晴れてきたんです。
 
 
 
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夫が2〜3年前に来た時には無かったんですが、橋ができて陸からも行けるようにな
長崎駅からバスでたくさんのお客を乗せ、安らぎの里という温泉に運んでいます。
 
その道を暑い盛り歩いて、とぼとぼと聖ミカエル教会までたどり着きました。

 
 
 
 
 
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28日に以前コーラスの仲間だった友人がシャンソンを歌うということで、
もう一人の友人と出かけた。
 
話のついでに京都に行って桜にはちょっと早すぎた話をして、今度は4月9日に
 
行くつもりだと話した。その友人も11日に京都に行くそうだ。
 
帰ってから、メールで「あんたらな、桜の蕾見て、今度は葉桜見る気か?」って。
 
「自分たちは桜をはずしてるからいいけど・・・・・」って。
 
確かにね、そうかな?  京都は遅めだとか、みんないろいろ言うんだけど・・・
 
 
私は本当は次の日曜日は富士岡に行って、富士山が見たかったんだけど。
 
夫は東方面は賛成できないって言うけど・・・・・
 
ぎりぎり、土曜日まで一生懸命時刻表を調べて富士岡に行くつもりでいたけれど
 
天気予報を見て、やっぱり京都にしよう!と決めた。
 
関東は雨、京都方面は昼から晴れ、お花見日和。
 
京都、主に左京区だったら、地図も時刻表もなくてもOK。
 
 
 
 
 
先回とは逆で地下鉄で蹴上に出て南禅寺、永観堂を通って哲学の道で銀閣寺まで。
 
 
蹴上は地下深く、エスカレーターで上がっていくと外に出た途端、桜の花が目に飛び込んできて、インクラインに惹きこまれた。
 

 
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“京都の名所”といえば、神社仏閣のイメージが強い。『京都名所帖』『京都名勝』など、明治の写真帳を眺めていても、八坂神社、清水寺など、由緒ある古い寺社が目立つ。そのなかで明治23年(1890)完工のインクラインは、「新しい」京都名所として異彩を放っている。
「インクライン」は傾斜鉄道とも呼ばれ、運河や山腹など、傾斜となった路面で貨物を運搬するためのレールや機械を指す。この京都のインクラインも、水力発電を利用した、舟を運ぶための鉄道であった。
琵琶湖の水を京都に引き込む疏水工事(明治18〜23年)の一環としてつくられた。インクラインの全長は587m。
疏水工事以前、京都と大津の間の輸送は人馬に頼っており、大規模な輸送を行うことは難しかった。琵琶湖疏水工事によって水路を開き、舟運による輸送を可能にすることが、遷都後の京都を発展させる道であると期待されていた。
この疏水事業は、琵琶湖から京都市内まで、山々を貫いて20kmを水路で結ぶという壮大な工事であっただけでなく、舟運の向上、水道用水の確保、灌漑、発電などを目的とする総合開発事業でもあった。
疏水は、琵琶湖のある大津にはじまって、長等山などに掘られたトンネルを抜け、さらに山麓をめぐって蹴上に出る。この蹴上から、インクラインを利用して高さ35メートルの急勾配を下り、鴨川経由で京都市の中心部に入っていく。
舟は自力では急な傾斜を下れないから、この勾配を下るために舟を運ぶ鉄道(インクライン)が必要になったのである。
 


 
 
      開花情報によると、満開寸前。 やっぱり今日にしてよかったかな。
 
 


 
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