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7月6日
ホテルから新竹車站までタクシーで100元。
駅の窓口は混んでいて並んでいる。
自動券売機の前でモタモタしている私たち。
三義までいくらかも分からないし、複雑な機械。
そしたら、年配の女性が現れてパッパッパとやってくれて
三義154元とランプが点った。私たちは大喜びした。
100元札を2枚入れたら、切符が出てきて
お釣りの硬貨がでてきたら、その女性がそれを掴んだ。
私もお礼をするつもりだったけれど、何しろ謝!謝!しか分からないので
私と夫は吹き出した。でも無事切符が買えて一安心。
でも、手順が悪いというか気が回らないというか、飲み物を買ってくるのを忘れた。
自動販売機があるけれど、硬貨しか使えない。オッチャンは小銭入れを
ホテルに忘れてきたのだ。そして、そもそも電車に乗っている所要時間が
分からない。地図があるので、止まる駅は分かる。
結局1時間くらいの列車の旅となった。
乗っている人が、美味しそうなものを食べていて羨ましかった。
車窓は田園風景でのどかだ。
そして、車内では若い子が年配者に席を気持ちよく譲る姿を見かけて、日本も昔は
そうだったのにと、ちょっと淋しい思いをした。
優先席で寝たふりをしている若者の姿を思い出した。
三義駅は木彫で名高い三義の中心部に位置する。およそ半数の郷民が従事する木彫は三義郷の重要な産業であり、観光資源でもある。『木彫街』ともいわれる水美街には200軒以上の工芸専門店が並ぶ。三義の木彫は神像作りが起源であったが、その後、生活用品・工芸品が主となる。近年は創意を凝らした作家名義の創作も盛んである。三義には台湾で唯一木彫をテーマにした「木彫博物館」があり、各種作品を展示している。こうした特徴をもつ三義は2012年の「台湾十大観光町村」コンテストで「もっとも特色ある郷土」に選ばれた。
1998年に複線の新山線が開通すると、廃線となった。しかし、かつて蒸気機関車が汽笛をあげて走る様子は人々の記憶にまだ残っている。
三義地方の木彫りの発展の歴史は、郷民であった呉進寶氏が1918年に拾った枯木を加工し装飾品を製作したことから始まります。日本統治時代の日本人に芸術品として好まれ、呉氏は日本人とともに枯木で作る芸術品をいかにして大量生産するか再考を重ねました。 「三義木彫り博物館」は、台湾で唯一の木彫りをテーマにした公立の博物館です。館内では精巧な木彫り芸術品を中心に、各国の土着の民族木彫り作品と台湾の木彫り芸術品が展示されています。 ある1軒のお店で木彫りのお土産を買ったら、そこのおばあちゃんが日本で
手術を受けて、1年に3回くらい日本に行くということで、話が弾んでお茶をご馳走に
なることになって、中国茶を淹れてもらった。おばあちゃんは日本語が分かるのだ。
自分で漬けたという梅干し(日本の梅干しとは異なる)をご馳走になった。
往きはタクシーで木彫りの里まで行って、帰りはぼつぼつ店を覗きながら
歩いて、おまんじゅうを食べたり、お茶壺を買ったり、バナナの花を見たり
同じような仏像が並んでいるお店がつづいている。そこを大型バスが何台も
通って行った。
散々迷って、入ったお店で昼食。
オッチャンは、ビールだけ飲んでて、
私はキムチと野菜炒めのようなものだけ食べてて
真ん中の茶色いものは、レバーのようなんだけれど、臭いが無理!!
ご飯にかけると美味しいらしいんだけど。
無事、3時頃にはホテルに到着。
つづく・・・・・
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