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大津京を三井寺に向かって歩いていました。 途中には、色々な大津絵があって目を楽しませてくれます。 これは「弁慶の立ち往生」、矢を受けて立ったまま死んだ弁慶最後の姿ですが なぜか悲壮感がありません! この辺りは、牛若丸と出会う前の弁慶の話が良く残っています。 死んだ姿が絵になるのは弁慶ぐらいで、他に、多くはいませんね。 三井寺の駐車場のレストランにあった弁慶の人形 大津絵の中で、弁慶は人気者ですが、この釣鐘を担いだ弁慶は特に 人気があります。 もし牛若丸との出会いが無かったら弁慶も単なるならず者で終わったいたでしょうね? 弁慶は延暦寺の荒法師で、この延暦寺は 敵対していた同門の三井寺と紛争 を繰り返していました。 ある日、弁慶一行が三井寺にやってきて、ひと暴れした後、このお堂の釣鐘を 引っ張り出して 比叡山に持って帰りました。 これが、重文の「弁慶の引き摺り鐘」です。 この鐘は、俵籐太が琵琶湖の竜神の頼みで、百足を退治して、そのお礼に竜宮から 貰い、三井寺に寄付したと言伝えがあります。 三井寺に何か異変が起こりそうだと。この鐘は汗をかいて、叩いても鳴らない 不思議な鐘でもあります。 この鐘を弁慶が分捕って、比叡山に運ぶところの絵です。 これも大津絵で、図案は近世の作ですが、この図案が人気が有るようですね。 もう少し古い大津絵では、弁慶が軽々と頭の上に釣鐘を上げていて、とても 人間業ではありません! さすがの弁慶も簡単には持ち上がらず、引き摺っているのが、よくわかります。 それで、この鐘を「弁慶の引き摺り鐘」と言うようになりました。 鐘を拡大しました。 成るほど!成るほど、左下部を見てください。 弁慶はともかく、比叡山の荒法師が引き摺ったのでしょうか? ちゃんと摺った後が残っています。 この鐘を比叡山に運び、鐘をつくとゴーン、ゴーンと音がせず「イノー!イノー」と 言ったそうです。 イノーとは関西弁で帰りたいと言う事です。 愛媛でも子供がよく使っていて、私も父親にイノー、イノーと言った記憶があります。 非常に懐かしい気がして解説を何度も読み直し、またまた弁慶ファンになりました。 弁慶は怒って、鐘を谷に投げ込んだと言うことで、無事釣鐘は三井寺に帰って来ました。 目出度し!目出たし! お堂の壁に寄贈された大津絵が掛けられています。 この大津には、義仲寺と言う小さなお寺があり、そこに松尾芭蕉が眠っています。 芭蕉が「大津絵の筆のはじめは何佛」と詠んでいますが、その昔の大津絵は 仏画が多かったと言えます。 東海道の土産には軽い紙の絵が便利でした。 三井寺には山門が幾つかありますが、一番大津よりの 山門を降りたところに、大津絵の教室がありました。 |
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とってもおもしろいお話勉強になりました。
釣り鐘がひきずられた後というのがおもしろい。
弁慶と牛若丸の話の裏にお寺の話があったとは知りませんでした。
もうお話自体もすっかり忘れてしまっていました。
2011/5/27(金) 午後 8:42 [ 雲水 ]
[ taketyan ]さん
私も弁慶が鐘を担いでいるのは知っていましたが
力自慢をしているのかと思っていました。
三井寺と延暦寺は喧嘩ばかりしていたので、寺の鐘を
取り上げると言うことはしたかもしれませんね?
2011/5/27(金) 午後 8:44 [ pada ]
こんばんは(^^)/
弁慶が寺の鐘を、担いたのですか
弁慶て力持ちだという印象を持っていましたが・・
三井寺との関わりの、話しは知りませんでした
矢を背中に、死を遂げた話しは有名でしたが
比叡山の鐘、尽きした事あります一つき500円でした(-_-;)
楽しい、お話ありがとう〜 (。◕‿◕)ノ゚
”☆、ポチ〜
2011/5/28(土) 午前 0:03
何時も応援いただき有難う御座います。弁慶の釣鐘の話し聞いたことがあります。俵藤太は知りませんでした。
ポチ。
2011/5/28(土) 午前 2:08 [ O - ]
半泥子のこころ光悦さん
そう言えば、この頃、中国によく似ていますね!
刀も反りが有る方が上で、武器も似ています。
弁慶の七つ道具が、はじまりで「七つ道具」と言う言葉が
出来たみたいです。
2011/5/28(土) 午前 4:09 [ pada ]
[ kokolondon ]さん
昔話は矛盾だらけ、あまり考えず、其のままとる
ことにしています。
牛若と弁慶の出会いは、5条の橋ではなく、その上の橋
見たいですね、理由は当時は5条の橋は無かったそうです。
ここでの決闘は引き分け、後日、再試合でした。
勿論これも、言い伝えですが(笑)
2011/5/28(土) 午前 4:15 [ pada ]
めだかさん
めだかさんらしいですね(笑)
「三井の晩鐘」音色で有名ですね。
今は値下げで300円でしたが、ここに居た約4時間、音は
一度も聞こえませんでした。
2011/5/28(土) 午前 4:19 [ pada ]
おはようございます。
弁慶・・私も大河ドラマで、よく見ていました。
弁慶は、大男だったそうですね〜引きずった鐘、知りませんでした。
ポチ
2011/5/28(土) 午前 4:21 [ アリス ]
O-さん
私も俵藤太が龍神の依頼でムカデ退治をしたのは
知っていましたが、お礼に釣鐘をもらって、三井寺に
寄贈したとは知りませんでした。
それに弁慶が絡んでくるのですから面白いですね。
2011/5/28(土) 午前 4:23 [ pada ]
おじゃまします。
三井寺、なつかしいです。
ずいぶん前、三井寺で謡の会を開き、
宿坊で寝泊まりし、2日間、謡三昧でした。
三井寺という曲も歌い、鐘もつきました^^。
2011/5/28(土) 午前 10:49 [ 陶花 ]
確かに 弁慶だけでしょうね〜〜 (爆)
2011/5/28(土) 午前 11:49
日本の民画の代表作ですね!!!
以前は、興味を持ちましたが、今は身辺整理です。
2011/5/28(土) 午後 0:41 [ がらくた・おやじ ]
大津絵は、鬼の寒念仏が大すきでした。
この引きずり鐘もいいですね。
藤娘もいい。
2011/5/28(土) 午後 7:32
弁慶の引きずり鐘‥‥‥初めて知りましたよ。
牛若丸との出会いの前って、おもしろい話がありそうで、興味がわきます。
2011/5/28(土) 午後 11:05 [ 海比古 ]
[ 陶花 ]さん
そう言えば、三井寺に和服の方がいまして、歩いて
いて帯締めが落ちまして、拾って走りました。
入口の仁王門の所の受付の女性が着つけが出来るらしく
手伝うと申しこんでいました。
さすがですね。
さすがですね。
2011/5/29(日) 午前 9:25 [ pada ]
Nipponjim さん
死んだ姿が大津絵です。
弁慶の七つ道具、ここから七つ道具がはじまります。
大したものですね!
2011/5/29(日) 午前 9:27 [ pada ]
[ がらくた・おやじ ]さん
この大津絵がほしかったです。
一番欲しかったのが、鬼の念仏!今は見るだけで十分ですね。
2011/5/29(日) 午前 9:29 [ pada ]
みやまつりさん
そう言えば、大津絵の特徴は、娘さんが居ない事ですね。
その中で、異色が藤娘、何故この絵だけが、繰り返して
使われるのでしょうか?民画には理屈は無です(笑)
2011/5/29(日) 午前 9:32 [ pada ]
[ 海比古 ]さん
コンビを組ませたら、義経&弁慶の組み合わせは
日本では最強でしょうか?
五条の橋の運命の出会いは、十分楽しめますね。
2011/5/29(日) 午前 9:39 [ pada ]
弁慶の引き摺り鐘は少し奥まったお堂にありますでしょ。それで手前の三井の晩鐘の方を見て、「あ〜、これが弁慶の鐘だ!」と納得して帰られる方が結構おられるようです ^^;
大津絵の最初期の物が大津市歴史博物館に収められていますが、完全な仏画で、滑稽とか庶民的なんて感覚はまるでありません。いまや描き手も少なくなった貴重な民画ですが、地元民の関心は今ひとつのようで残念に思っています。。。
ポチ☆
2011/6/1(水) 午前 1:12