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山があって海があって昔の灯台がある。
海辺には民家そして灯台周りの松の枝ぶりが素晴らしい!
海には船〜何とも平和な景色ですね。
この皿は明治のイゲ皿なんです。
良く行く骨董屋さんから、何かを買った時に頂いたものなんです。
最初は無視、それが何時の頃からか、この皿が気になってきました。
何故か?
この「イゲ皿」と言う本を手にしてからです。
著者名は大学講師の外国人〜印判が気に入って!日本中だけでなく外国までも探し回り、時にはトラックで持ち帰るほどのコレクターなんです。
その人が、こんな本を出しました。
その本の構成の最初が「珍品」、集めたイゲ皿から選び抜いて展示しています。
数えたら20点ありますが、その最後に、この灯台のイゲ皿を展示しています。
時代は明治〜大正頃に作られた印判でありふれた景色だと思っていたんですが
よく考えたら、それほど目につく景色ではないような気がしてきました。
それは和式灯台だからなんです。
見ての通り、洋式ではなくて和式で、屋根が入母屋作りになってます。
このタイプ、日本のどこに残っているのかと思って探して見ました。
最初は分からなかった。
何故か?
海辺ばかり探していたからなんです。
そこで頭を切り替えて川辺を探したら、美濃市と大垣市に有ることが分かりました。
美濃市の方は長良川沿いに、大垣市は揖斐川の支流にです。
さてどちらかな?
この印判の生まれは、多分美濃&瀬戸〜染付の本家は伊万里、印判になっても
流石にキリキリした感じなんですが、美濃瀬戸は一寸曖昧な所があるような気がします。
ですので灯台は美濃か大垣か?と考えたら美濃に傾くのですが、決め手がありました。 メガネをかけて良く見たら、この民家だと思ったのは城なんですね。
明治時代に、この様な民家が有るはずがないです。
これから行きますと大垣の可能性が大と思えてきました。
ネットの写真借用です。
ここから500m程離れて大垣城があるんです。
ついでに松尾芭蕉の「奥の細道」は、江戸を出発北陸をまわって、この地で終わりとなるんですね。
段々とイゲ皿と雰囲気が似てきました。
でもね!
この川、水門川と言って揖斐川に合流するんですが、見ての通り一寸小さいです。
と言いますのは↓
上の運河の様な川には、とてもこの船は入れそうもないです。
それに、この広い空間〜とても灯台下の川とは結び付きません!
松尾芭蕉はこの地点から船に乗って揖斐川を下り、桑名に出て長嶋経由で伊勢に行くとか!
芭蕉の時代から大垣ー桑名経路の交通の主流は船だったそうです。
こうなったら、その桑名まで行くしかない!
芭蕉は「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」と句を残し〜これが奥の細道の最後の句と
なりました。
桑名の焼き蛤は、当時からの名物だったんでしょうか?
親しい人と別れて・・・と言う解釈になるそうですが、padaは焼き蛤で一杯と期待を
込めてかと思いました。
最初は、桑名を出て伊勢に行く時に残した句かとも思いました。
桑名の焼き蛤〜美味しい、これに未練が残ったのかとも思ったんですが、大垣で
奥の細道は終わりますのであり得ない話です(汗)
ネットから借用の東海道53次の桑名宿、船着き場から見た景色です。
東海道の中にも海路があるんです。
これ最近ぶらタモリを見て初めて知った事なんですが熱田から桑名までは海路で行くんです。
これが7里の渡しと言います。
熱田から桑名まで陸路で行くと大変〜木曽川・揖斐川・長良川と大きな川を3本も
渡らなければなりません!
岐阜の大垣から桑名までは頻繁に揖斐川の海運が利用されました。
小型の蒸気船まで有ったみたいですから、凄い繁盛ぶりですね。
これを見てあっと驚きました。
此処に大垣の住吉灯台を運び張り付けたらどうなるか?
灯台を切り取って張り付けてみようかと思ったのですがpadaにはその技術がありません。
最初見た時に海だと思ったのですが、やはりこれは海ですね。
左に見えるのは海からみた陸。
一番上に有るのは雲ですが、その下は桑名の船着き場から見た熱田?浮世絵にも薄らと残っています。
城は大垣城ではなくて桑名城、松は城の松です。
この印判は大垣+桑名と解釈すれば成り立ちますね。
何とて100年前〜わからぬことだらけ、適当に推測できる印判は実に面白い!
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> 古民家の田舎暮らし<山下亭>さん
おはようございます。
印判にはストリーがあって、これはこれで楽しいです。
この様な陶器〜お隣は?そのお隣は?どちらにもありません!
ヨーロッパには?一部は有るでしょうが日本ほどではありません。
日本では文明開化・時事なども印判になって世に広まっているんです。
面白い焼き物ですね。
2018/5/29(火) 午前 6:06 [ pada ]
> marikoさん
勿論現地に行ってみたいものです(笑)
でも、これだけで行くには一寸遠いですね。
美濃の長良川沿いの灯台も気になっているんですが、この皿一枚に
限定すれば城と海と灯台と考えれば桑名になってしまいます。
此処の焼き蛤〜ホンマに美味しい!
2018/5/29(火) 午前 6:14 [ pada ]
> kicoさん
おはようございます。
印判〜焼き物の中では一寸楽しみが違いますね。
それが価格にも表れているようで面白い。
この皿で普通の模様でしたら¥100程度でしょうね。
本を書いた人の購入価格は3500円〜なんと35倍の価格です(笑)
画によって、ここまで値段の変わる焼き物ありませんね。
2018/5/29(火) 午前 6:20 [ pada ]
> 越前屋平太さん
印判大皿のトラバありがとうございます。
しかし面白い!
珍品ですね。
コメントも面白い〜過去と現実の描写〜これ印判ならです。
もう一度じっくりと見せていただきます。
さて、この灯台にも過去と現実が描かれていると思うのですが、それは城なんです。
明治の最初に桑名城は取り壊されているんですね。
灯台が再登場したのが明治20年とか、印判は明治の中期以降〜かと思いますので、どうも時代があいません!
この点トラバされた印判とよく似てるので誠に面白いです。
2018/5/29(火) 午前 6:30 [ pada ]
> skipさん
近くて羨ましいです。
padaも検索してみたらTOPに出てきました。
いい加減な事は書けませんね(笑)
padaは瀬戸内生まれですので灯台は海と単純に考えているんですが
川にもそれなりに有るんですね。
岐阜県には海は無いと思ってたんですが、確かに海と川とでつながっています。
2018/5/29(火) 午前 6:39 [ pada ]
> 不あがりさん
オオ〜
思い出しました。
多分日英同盟の印判でしたね。
これ東京テレビに貸したのを思い出しました。
印判も出てからたっぷりと100年になります。
十分骨董品ですね。
日本では軽く扱われていますが、これが海外に出たらそれなりの
値段で売られているみたいです。
この本にも登場しますね。
ハワイで平凡なものが200ドルとか、日本では精々数百円だと思います。
2018/5/29(火) 午前 6:48 [ pada ]
> だいくのみなもとさん
なるほど方形と言うんですかありがとうございます。
揖斐川でしたら帆掛け船も通ると思いますが、この揖斐川から船着き場まで細い運河みたいな川なんです。
船着き場は町の中央部〜橋が随分と架かっているはずですからマストが邪魔ですよね。
倒せば通るとは思うのですが??
2018/5/29(火) 午前 6:53 [ pada ]
越前屋平太さんのトラバ、平戸を詳しく述べておいでですね。絵柄のなかに「がんぎ=階段式の船着場」もあるので、平戸に間違いないと思いました。常灯鼻という和式のチッコイ灯台とともに、現存してますし。ま、灯台は作り替えながら新しいものですけど。
2018/5/29(火) 午前 10:46 [ 海比古 ]
帆船があれば、絵はやはり海ですよね。
和式の灯台から、場所の推理楽しいですね〜。私もブラタモリ楽しく見ています。
桑名と熱田に確かに見えますね〜。(^^)
2018/5/29(火) 午後 0:42 [ don*uk*0624 ]
瀬戸内の沿岸には今でも和式灯台が沢山ありますが、誰もが日常の生活の中で見られる物では無く為りましたねえ、
此の印判皿を作った人は単に海と陸、船に灯台、城に松、遠くに雲を頂いた山々等普段見慣れた風景を描いただけだったかもしれませんが
今に至れば大袈裟に言えば史跡の証拠としての価値が出て来ます、
色々な意味で日本人は本当にマメだったんだなぁと思いますねぇ。
2018/5/29(火) 午後 8:49 [ 知人 ]
印判のデザインの解明は一筋縄ではいかないものですね。
しかし地道に調査すると少しづつ解明されてくるのが面白いですね。
そういう推理を検証するのも楽しみの内ですね。
2018/5/29(火) 午後 8:55 [ ことじ ]
> 海比古さん
おはようございます。
平戸のオランダ屋敷なかなかのものですね。
べロ藍は江戸後期からですが印判は明治、ですのでオランダ屋敷は取り壊された後に生まれた大皿だと思います。
padaの灯台に皿の城〜明治になって即桑名城は取り壊されますので
皿の生まれた頃には城は無かったはずですが、この様に書き加えられていますね。
廃城を叫ばれながら、一方では残したい!
この様な心が画になって生まれたんでしょうね。
2018/5/30(水) 午前 7:46 [ pada ]
> don*uk*0624さん
おはようございます。
芭蕉は、大垣で奥の細道を終わらせ〜船で川を下り桑名に出たとか!
揖斐川も大きい川ですが、海には勝てません!
大垣の灯台を桑名の城の横に持ってくる、コリャ良いアイデアです。
2018/5/30(水) 午前 7:50 [ pada ]
> 知人さん
おはようございます。
日本の印判は、探っていきますと必ずストーリーがあると思います。
そう言う意味では面白いですね。
おっしゃる通り、この印判は、そのあたりの景色を書いたにすぎません!
当時は平凡で全国区ではなく中部で気に入られた図柄かもしれませんね。
数も多くなさそうで、今では珍品になった、その様な考えに大賛成です。
早々〜釣瓶の「焼き物」のおっさんに展示を見たコメントを連絡しました。
店のスタッフともども喜んでいたことを連絡しておきます。
2018/5/30(水) 午前 8:01 [ pada ]
> don*uk*0624さん
おはようございます。
ぶらタモリは中々奥が深い、風景を単純にとらえず〜番組を見ながら一緒に推測していくのが面白いですね。
明治の印判もよく似ています。
同じ絵なら人気のある方が売れますから、作り手もあれこれ考えます。
これでしたら、岐阜・三重・愛知と人気が出るはずですし、和灯台の
有るところではそこに結びつきますね。
2018/5/30(水) 午前 8:07 [ pada ]
有難う御座います、陶器の部では俵をモチーフにして作った
照明器具が印象に残っております、
padaさんの「ウサギの花瓶」が直接見れなくて少し残念でした。
2018/5/30(水) 午前 11:04 [ 知人 ]
え、大垣近いです、水の都、和式灯台!面白いものありがとうございます!
2018/5/31(木) 午後 4:17
> 知人さん
おはようございます。
展示もあと二日となりました。
感覚的にはさっぱりわからない!こんな感じですね。
此方の田舎では、まず見かける事はありません(笑)
2018/6/1(金) 午前 6:43 [ pada ]
> hitomiさん
おはようございます。
ホンマ〜水の都とは、この事です。
此方の川を船が上ることは、ほとんどないので灯台は海とばかり思ってました。
2018/6/1(金) 午前 6:45 [ pada ]
参考に・・・
https://blogs.yahoo.co.jp/djbfgjh/43022102.html?vitality
2018/6/3(日) 午前 5:17 [ 森川天 ]