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フリマでポン

本日フリマ初体験。手持ちエリアで参加料2000円。ピーカンでもなく過ごしやすい一日でした。

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さて売り上げはいくらだったでしょう。
知らんがな。

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「きんぽうげ」から二年。
念願のグレコ・レスポール EGF1200を月賦で買った私は特典の教則本「成毛茂のロックギター教室」で美味しいフレーズのみせっせとコピー修行に励み、ハイウエイスターを見事弾きこなせる(2倍スローで)までに成長した。

またこの頃からライブハウスに通いパンタ、ピンクラ、憂歌団などをバーボンハウスで観るにつけバンドへの憧憬を深めるのであった。
肝心の大学は引きこもりつつビヤガーデンのバイトに精を出す私だったが、ここで出会ったギタリストの男とバンドを組む事になった。

竹内まりやのコンサートもファンクラブ会員としてコンプリートしていた私はまりやのバックで三日月型のギター(カワイ・ムーンサルト)をド派手に弾きこなす青山徹というギタリストに注目していたのだが、男も吉田拓郎のバックで鈴木茂と共にギターを弾いてた青山徹に心酔しており意気投合したのだった。この男こそ今も活動を続ける吟遊詩人、竹村公成である。https://kosei-takemura.blog.so-net.ne.jp/


同時期(生涯唯一の)合コンで出会ったアンルイス的女性ヴォーカルを誘い、竹村友人のドラム、ベース、キーボードに加え私はサイドギターちゅうことで悲願のバンド「PULSE」を結成。
今からは想像つかんが竹村は(ブルーラグーンで大ブームの)高中正義を完コピする「リードギターしか興味ない」男であった。本来はパンタやARBに感化されていた私だったが当時は所謂シティポップが主流で女性で歌ものちゅうことでEPOの「ダウンタウン」が最初のコピー曲なのだった。

その後元々助っ人だったベースが脱退。ギターがどヘタで背が高いちゅう事で私がベースへ転身する事となった・・・その課題曲が当時大ブレイクしていた山下達郎の「ボンバー」である。


ボンバーといえばチョッパー。チョッパーといえばボンバー。(スラップってなに?)
この曲まん中のベースソロがキモである。ブラザージョンソンもラリーグラハムもスタンリークラークも1mmも聞いた事のないベース初心者の私がいきなりチョッパーを強いられるのであった。

耳コピとチョッパー養成ギブスによる自宅での猛特訓がはじまった。おかげで耳も手も二倍に巨大化。
ホームグランドだった阿倍野の「不思議の国のアリス」でデビューして半年ぐらいした頃、竹村のネットワークで華頂短期大学の学祭に出演出来る事になった。


なんでもメインゲスト、笑福亭鶴瓶のすぐ後の出番だと言う。
当時カーリーヘアで「ぬかるみの世界」だった鶴瓶師匠だが当然大人気。講堂は800人満員である。
この大観衆の前であのチョッパーソロをお披露目する事になるのである。楽屋の部室でファンタオレンジなどをすすりながらそれぞれ余裕を装うPULSEの5人であった。


鶴瓶師匠の大ウケのトークショーが終了。800人・・・は瞬時に霧散し多く見積もって30人ぐらいのお客様が残ってヒマを持て余している様子だった。
竹村先生の大音量のギター(リードのみ)が大空間に響き渡る。ヴォーカル のりぴーも頑張っとるな。何の曲演奏したかは忘れた。いよいよボンバーである。

確かメンバー紹介があり生涯初のスポットライトが私を捉えた・・・俺のチョッパーソロを聴け!


打率約5割のチョッパーソロが終了した。

レスポンスはなかったように思う。

人生いろいろ・・・


1年後PULSEはメンバーの音楽的志向の違いから解散(多分)。
俺はもう次はロックしかやらん。となんとなく心に誓い私は真の音楽へと業々たる大迷路に踏み入る事になるのだった。



山下達郎 - BOMBER


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自分でデザインした解散前のイベントチケット

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「あなたに抱かれるのも今夜限りね・・・」

そんな松尾嘉代がスクリーンで吐き捨てるような歌詞がドーテー心に突き刺さる甲斐バンドの名曲。
高校3年、ギターの基本コードをなんとかマスターした私はさっそくどヘタな友人二人(歌とドラム)とスタジオに入る事にした。ちなみに3人とも名字に「藤」がつく日本でも希有なバンドであった。

そこそこ楽器の弾ける連中が学祭でホテカリやオーナイローン(歌はどヘタ)をやっているのを体育館の後ろから羨望の眼差しで眺めていた私は、阪急百貨店で買ったフェンダーのレスポール(注1)を担いで初めて入るスタジオ(寺田町の楽器屋KEY)に「これで今日から俺もミュージシャン」と感慨もひとしおなのだった。

テレビ、ラジオでは歌謡曲、フォーク、ニューミュージック(絶滅)しか流れなかった当時フツーの高校生にとって日本のロックバンドは「甲斐バンド」しかなく、代表曲が全部入ってる3枚組のライブ「流民の歌」を私もよく聞いた。この中から「きんぽうげ」が一番カッコいいってことでやることになった。ところがこの曲は途中のソロで転調したり結構難易度の高い曲なのだった。


さっそくギターアンプにシールドを差し込んだがなんかレコードの音みたいな感じにならへんな。
ヴォリューム上げてもスカスカや。なんと私はディストーションやファズなどのエフェクターも知らなかったのだった。
ドラムはドラムで当然セッティングなどわからず、たるみきったヘッドを力任せに叩き付け忘れた頃にバスドラが遅れて入るのだった。ヴォーカルは音程の意味を理解していないようだった。

当然「きんぽうげ」は高嶺の花となり甲斐バンドは途中から非常階段のようなノイズバンドへと変貌を遂げ3人組「藤ロック」は2時間のスタジオを出ると同時に解散。その後2年間、私は部屋で独り黙々と「ヤングギター」を見ながらギター修行に勤しむ事になるのだった。



甲斐バンド「きんぽうげ」ライブ

(注1)
「フェンダーにレスポールなんかあるか!どあほ!!」・・・ごもっともです。
よく見るとヘッドのロゴは「Founder」となっておりマイクカバーを外すとハムバッカーではなくシングルのマイクが鎮座しているのであった。ネックは空洞です。28,000円ぐらいでした。

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Strange Day

10連休明けの一日。
私は引き続き連休中で消化試合的な編集を済ませ、夕方からちょっとした打合せ〜正直ロックスの練習で外出。

ミナミも人の往来は少なく正月や盆空けとも違った空気が漂っていた。
いつもはごった返す高島屋前も閑散としてどこかよそよそしい。練習も一人欠席であっさり解散。

駅からの帰り道も別世界をさ迷ってるみたいで不思議だった。悪くない。
こりゃ私が某アイドル以外で持っている唯一の写真集「真昼」的やな。


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この写真集は鈴木祥子のアルバムジャケに感化されて買った。日常の中の異空間を切り取っている。
今井智巳さん、これしか知りません。そんでちょっとマネして撮ったがぜーんぜん。

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レコーディング

仕事がないので時速30kmでダラダラ編集するガッデムウィーク。
令和一発目はトリオヤスキチとして第2弾のレコーディング。ライブ参加してくれてる木村さんのマンドリンや次回録音予定のアコーディオンも入れてワルツ。つまりアイリッシュなイメージでおます。ザ・バンドよりはチーフタンズな感じ。
18:00から6時間。ベーシックなトラックは完成。次回追加とリミックス。ビデオも追撮して夏までにはお披露目したいですな

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