キヨシロー

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2019年5月2日

キヨシローが死んで10年

10年前はバンコクに住んでたから、仕事終わって
パソコン開けてヤフーニュースで知って、止まってしまったな・・・・・・・

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友だちの結婚式がインドネシアで控えていて、
休みを取っていたから、青山葬儀場のキヨシローの葬儀には
行けなかった・・・・・・・・・・。

10年経てど忘れられない強烈な日々だった・・・・・・・・

遠藤ミチロウも1週間前に冥府に旅だった。

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キヨシローとミチロウのセッションは
聞いたことないけど、冥府でもしかしたらしてるかもな。

それとも今年も開催されてる
キヨシロー命日ライブを上から観てるかもな。

今でもYouTubeでキヨシローの再生して
観まくってる!

自分が年を重ねて今の自分より若いキヨシローと会う。

自分がくたばる時まで再生し続けるだろうな。

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2017年10月25日

遠藤賢司(以下エンケン)が70歳で死んでしまった・・・・・

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エンケンファンとして好き勝手、超個人的な想いを書きます。

弔いのつもりだけど、自己満足だろうけど。

確か1992年だったか、西荻窪のライブハウス「アケタ」
という超狭い箱にリクオを観に行ったんだ。
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21歳当時の私はロックやブルース、音楽にどっぷり時間を費やしていた。

このときのゲストがエンケンだった。

確かいきなり長編の「輪島」をやった!

グレッチギターの歪みと語り口調であの横綱輪島が、
プロレスに転向したときの唄を唄った。
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1時間にも30分にも感じたその唄、その世界観を堂々と発信したエンケンに
イッキにハマった!(^0^)

なんだかスゲーのが居るんだな!と大発見した気持ちだった!
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しかしそのとき一緒にリクオ目当てで同席していたNちゃんは
「私は苦手〜・・・・・・」と煙たそうな顔をした。

当時はインターネットも携帯もないから、確かライブ告知のフライヤーか
「ぴあ」でエンケンの次のライブを見つけるしかなかった。

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エンケンのライブは比較的小さな箱で行われることが多かった。

しかし毎回コアなファンが来るので自然と、顔見知りになって話したり
彼らと飲みに行ったりもした。

当時はバイクの駐禁も皆無だったので、バイクで都内のエンケンのライブは
毎回行った(^−^)
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ソロでアコースティックスタイルより、遠藤賢司バンドの方が好きだった。

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1993年も1994年も1995年もほぼすべてのライブに足を運んだ。

エンケンが岡本太郎が好きなことも同調したし、

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なによりも
自分のやりたいこと表現したいことを堂々と発信している姿勢が
カッコイイ!男はこれだぜ!と狂酔したのだ(^0^)

好きな曲もたくさんあったが、正直そんなに好きじゃない曲もある。

ライブに行くと曲順は違えど、結構同じ曲をやることが多く、
それは多くの演者がそうだが、少し食べ過ぎておなかいっぱい感にも
見舞われてた。

1996年の11月の南青山マンダラでエンケンを観たのが最期だったろうか・・・・
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1997年4月からは仕事が変わり、生活スタイルも変わり・・・・・・・・・・・・・・・・
仕事に費やす時間も多くなり、ライブハウスに足を運ぶこともなくなっていった。

当時仕事は順調そのもので、多額の収入を得る代わりに
遊びに時間を空けなくなり、エンケンは変わらずやっているだろうくらいの熱量に
なっていった。

2003年からはインドへ行ったり、

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タイへ行ったりと海外に目を向けて

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関心はそっちに行き、エンケンの音源からも遠ざかっていた。

それでも時折、エンケンの好きな曲を回想したり思い出したりはしていた。

20代のときに影響を与えてくれたことは確かだからだ!

エンケンの「史上最長寿のロックンローラー」と言う曲がある!

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「百から一引きゃ、白寿の九十九」という歌詞のように、
エンケンは有言実行!!

99歳になってもヨボヨボのジジイになっても「不滅の男」で
ロックを奏でてくれると思っていた。

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だからなんだか勝手に安心していたんだ。

70歳なんかで死んじゃうなんて思ってなかった・・・・・・・・・・・・・・・

おい!エンケン!死ぬの30年早いじゃねーか!!

決して一般受けする歌い手、演者じゃなかった。

それでも自分が発信したいことを続けていたエンケンは
やっぱりカッコイイんだ!
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本当は大阪でライブの予定あったのに、治療に専念ってことで
中止にして、結局振替のライブは実現しなかった。

人でも猫でも動物はいつか死ぬ、当然なんだけど
エンケンの死も寝耳に水だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いっときでも夢中にしてくれた。

そして今でも心に残ってるし、これからも残っていく。

エンケンありがとう!
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決して器用じゃない人間でも力いっぱい生きていくお手本を
示してくれたと思う。

けなしてるのではなく、素直な俺の感想です。

エンケンも沢山の猫たちと過ごした。
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冥府でかつての里子、猫たちと再会したかな。

ありがとう。エンケン。




2016年4月2日(土)

キヨシローが65年前に生まれた。
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最近はアルバム「MARVY」のマニアックな曲が
リフレインする(^〜^)
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🎶 ぼーくに、始まる〜
チガウ毎日がぁ〜

ぼーくの、あの人・・・・・
遠いところへ〜
いってしまった〜
いってしまった〜


アルバム「OK」の1曲目「ドライブ・マイ・カー」の
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🎶 長い冬が終わるから、壊れかけたこの夢を〜
どうぞ暖めて、辿り着く僕だから〜・・・・・・・・

に、改めてシビれてる(^〜^)

富士夫の弔い酒@抱瓶

2013年8月15日(木)
 
富士夫が死んで、なんかモヤモヤしてたので
弔い酒を煽りに、高円寺の沖縄料理「抱瓶」へ。
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この店に勤務する、華村 灰太郎君に昔
富士夫のライブビデオを借りたりしてたので、
 
灰太郎君と富士夫のことを話したりしたかった(^−^)
 
しかし店に着くと彼は帰宅していたので、1人カウンターで
弔い酒。
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代わりに、与論島出身の方が話し相手になってくれて
久しぶりにこの店の沖縄料理を堪能させてもらった(^−^)
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富士夫、見た目は爺さんになっていたけど
ロックだったんだろうなぁ〜
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冥府で又キヨシローらとセッションして、
冥土からでも新譜をリリースしてくれ(^−^)

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