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色々な波紋を生み出して本当に行う意味があるのか、はたまたこんな事でよいのか分からない。
もはや「聖火」と呼ぶ呼び名がふさわしいのかも分からないような聖火リレーがいよいよやってきました。
行動する国境無きジャーナリストさんや、ブルーのユニフォームも眩しい(?)聖火防衛隊の皆さん。
はたまた黄色いTシャツに中国旗とボールペンを支給された留学生の皆さん。
またまた●作さんの号令で変わりに聖火を守る(?)為に動員されるとの噂のS学会の皆さん。
チベット国旗片手に集合の皆さん。
更にチベットに同情的な市民の会の皆さん。
何故か何時も声高に人権を語る方々以外の方オールキャスト集合と言った感じです。
こんなにそろって何も起こらないはずは無いとお思いですが、実は何も起こらないのが日本という国だったりします。
まあ、きっとその日は朝から善光寺のチベット追悼会と、周囲の映像のまったく無い謎の聖火リレーの
模様の写されたTVが流れて、でもツマンナイからレンタルビデオやが繁盛する一日になるのでしょうか?
でも僕としてはそれでもいいと思います。
何かよく分からない今回の聖火リレー。
その異常さは海外からの映像やニュースよりももっとリアルに長野から届いてくるに違いないと思うのです。
そしてその事に気付く人が多いと思うのです。
そして初めて僕達は本当に僕達の隣人が同じ感覚を持って付き合える人達なのか、それともそうでなく
疑いを持って付き合わねばならないものなのかに気が付くと思うのです。
僕は隣人とは仲良くすべきだと思います。
しかしそれは一方がもう片方に一方的に譲歩し続け、あまつさえ土下座してまで付き合ってもらうような
物ではないと思うのです。
そろそろ主張するべきはしないと。
僕達の国は独立した主権国家なのですから、変に圧力を掛けて来る所にはガツンと言ってやりましょう。
「 我が家の事は我が家が決める事なので、なんで関係ないあなた方が口を挟むのか!」とね。
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