PANAの言いたい放題

クラシック音楽・時事・映画・ドラマの言いたい放題です。映画、ドラマは完全ネタバレです。

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インドへの道

1984年製作 英国

原題:A Passage to India
監督:デヴィッド・リーン
原作:E・M・フォースター
脚本:デヴィッド・リーン
音楽:モーリス・ジャール

出演:
アデラ・クエステッド:ジュディ・デーヴィス
アジズ医師:ヴィクター・バナージー
ムーア夫人:ペギー・アシュクロフト
リチャード・フィールディング:ジェームズ・フォックス
ゴッドボール教授:アレック・ギネス
ロニー:ナイジェル・ヘイヴァース 


WOWOW放送を視聴



第一次大戦後の英国の植民地インド。
英国女性アデラ(ジュディ・デイヴィス)はムーア夫人(ペギー・アシュクロフト)とともに、このインドにやって来た。
現地で判事を務めるロニー(ナイジェル・ヘイヴァース)に会うためである。
ムーア夫人の息子ロニーはアデラの結婚相手だった。

インド人への偏見のないムーア夫人は、優越意識を持つイギリス人がインド人に対して威圧的で壁を作っていることに違和感を持つ。
そんな彼女はすぐに人の良いインド人医師アジズ(ヴィクター・バナルジ)と仲良くなり、アデラとともに交流を深める。

普段から英国人教授フィールディング(ジェームズ・フォックス)に信頼を寄せるアジズ医師はフィールディングのサポートを前提に、ムーア夫人とアデラをマラバー洞窟への旅に誘った。
ところがフィールディングは駅の待ち合わせに遅刻。
3人だけの旅行となってしまった。

マラバー洞窟ではムーア夫人が老齢による疲れで、休息せざるを得なくなり、アジズとアデラの二人とガイドで洞窟に向かった。
ひょんなことからアデラは一人で洞窟に入ってしまい、異様に不気味な気配とこだまする響きにより意識がもうろうとなる。
気づいたときはアデラは体中、血だらけになって洞窟から飛び出し、逃げ出していた。
一方、アジズは姿が見えなくなったアデラを探していたが、逃げるアデラを見て追いかけるが、アデラは知人のカレンダー夫人の車に助けられて帰っていってしまった。

アジズとムーア夫人、あとから遅れて追いかけてきたフィールディングとともにすごすごと帰ると、町は大騒ぎになっていて、アジズはアデラへの暴行容疑で逮捕されてしまう。


裁判になる。イギリス人対インド人の様相。一触即発の状況だ。
イギリス人の中では、フィールディングだけがアジズの無罪を主張。
重要証言者となるはずのムーア夫人はこの異様な町の雰囲気に耐え切れず、帰国の船で出航してしまった。
彼女は帰航途中、心臓麻痺で死亡。

裁判とはいえ、イギリス人の権力によってアジズ弁護側は極めて不利の状態。
アジズは恐怖に慄いていた。
傷も癒え、精神的にも回復したアデラは事件の様子を思い出していくと、アジズに罪はなかったことが見えてくる。
彼女は告訴を取り下げた。アジズは解放され、インド人たちは歓喜した。暴動が起こりそうな盛り上がり。
アデラの身が危険な状況にフィールディングは彼女を守る。

怒りのアジズはアデラを敵視。アデラ側についたと見られるフィールディングさえも敵対するほど豹変した。


時が経ち、フィールディングがアデラと結婚したという噂を聞いたアジズはフィールディングを憎んだ。
その彼が突然アジズの目の前に現れた。
冷たく対応するアジズだったが、フィールディングが結婚した相手がムーア夫人の娘ステラだったことが分り、誤解が解ける。
怒りは無くなり、ステラに会ったアジズはアデラをも許す気持ちになった。
むしろ、告訴を取り下げた勇気に感謝する手紙をアデラに送るのだった。




ペギー・アシュクロフトがアカデミー助演女優賞。そして作曲賞にも輝いたというもの。
というように77歳の彼女はムーア夫人を好演していました。


今回は3年ぶりの2度目の鑑賞でした。
ほとんど初回の印象と同じでした。

3年前の初回鑑賞では理解できていたかどうか覚えていないのですが、ちょっと細部の関連を整理すると・・・
ムーア夫人が2度結婚していて二人の夫はどちらも死別。
1度目の夫との間に生まれたのがロニー判事。
2度目の夫との間に生まれたのがステラで、英国にいた彼女をアデラがリチャード・フィールディングに紹介して、二人が結ばれたということでした。
ステラのお腹の中に子供が宿っていましたね。

フィールディングの家系が途絶えないことに、アジズ医師は我が事のように喜びました。しかもそれが好きだったムーア夫人の血筋なのですから。
ラストで”ムーア夫人!”と歓喜しましたね。

このあたりは3年前の初鑑賞では正しく理解できていなかったかもしれません。


イギリスの植民地だったインドの人たちの悲哀が描写されています。
そんなインドが今では核保有国だと思うと複雑な気持ちになったりします。


あとは前回と同様の感想ですので以下に当時の感想文を掲載します。




(2004年5月7日鑑賞。以下が当時の感想文。)


人の良いインド人医師アジズ(ヴィクター・バナルジ)と親密な人間的な交流を持った英国娘アデラ(ジュディ・デイヴィス)が、遠出をした先の洞窟で異様な恐怖心による誤解から、アデラはアジズに暴行されたと勘違いし、告訴した。
裁判中の証言で、結局、アデラは告訴を取り下げる。
インド人の暴動にまで発展したこの事件により、アジズはイギリス人に不信感を持ち、亀裂ができる。
何人かの友好的なイギリス人とも、心を閉ざしてしまったアジズ。
ラストは、元の人に優しいアジズに戻ろうと決意する。
インド人とイギリス人の人権問題をベースに人間としての交流の難しさがテーマとなっている。

しかし、この誤解となる冤罪にまで発展しかけた事件が、何故起こってしまったのか?がかなり分かりにくい。
傷まで負っていたアデラである。私は最後まで真犯人がいるものだと錯覚していた。

さらには、人の良かったアジズが無実として開放された後、仲の良かった英国人教授フィールディング(ジェームズ・フォックス)に対する豹変した態度は、少なからず違和感を持つ。性格が180度変化したからである。
そして、最後にまた元の心優しいアジズに戻るという。そのきっかけとなる事象も分かり難い。敵と思い込んでいたアデラに、陳謝するまで極端に変化する。
インド人が暴動する演出も極端に見えたりもする。
対比の仕方など、ある意味、少し表現が雑といえるかもしれない。

良かったのは、アデラの同行者ムーア夫人(ペギー・アシュクロフト)である。
イギリス人のインド人への横柄な態度に不快感を示し、自らはインド人に人間として接しようとするその演技は、観るものの心を打つ。自然な心情が爽やかに演じられていた。

インド人哲学者ゴッドボールがあのアレック・ギネスだったとは、全く分からなかった。驚くような別人である。上手いですね。

(当時の評価 3/5)


2007/6/29 ★★★☆☆ (評価:3 /5)

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作品は未見ですが、アカデミー賞作曲賞を受賞したモーリス・ジャールが、同年作品賞の『アマデウス』に対して「モーツァルト氏に候補資格がなくて良かった」と言ったエピソードは聞いたことがあります^^

2007/6/30(土) 午後 3:25 じゅり 返信する

劇場で観て以来ですから記憶が・・・笑 でもその都度感想を書かれているって素晴らしいですね、感服です^^

2007/6/30(土) 午後 5:48 [ - ] 返信する

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じゅりさん。
「アマデウス」と同じ年の作品だと知り、少し驚いています。
感覚的に本作品の方が古い映画だとばかり思い込んでいたものですから。
モーリス・ジャールのジョークはほのぼのとした人間性を感じます。(^^)

2007/6/30(土) 午後 11:05 [ PANA ] 返信する

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yaskazさん。
劇場で観られたんだとすると、私のようなテレビで観た印象と随分違うのではないでしょうか。
劇場だと観る集中力がテレビとは違いますよね。
感想は良くも悪くも印象に残ったものだけで、どうしてもほんの一部になってしまいます。
ありがとうございました。(^^)

2007/6/30(土) 午後 11:11 [ PANA ] 返信する

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